第10話 反省しない人間


「貴方がたは何故自分の名誉のことしか考えられない? かつての勇者英雄たちの武勇がねつ造だったか、そのようなことはいまは関係ない。大事なのは、かつて人間と鬼族のあいだに遺恨があったということではないのか」


 テーブルを囲んで連中はハッとして、会議室が神妙な空気に包まれる。


 全員の瞳に映る警戒心。


 言われなくてもわかる。こいつらは恐れているんだ。


 この鬼は、自分たちに復讐をしにきたのでは? と。


「あーあー、何か勘違いしているみたいだから言っておくけど、別に俺はあんたらに復讐する気とかないぞ。もしそうならカーディナル軍と戦うわけねぇし」

「ですが……」


 エリーゼが視線を落とすと、俺は顔の前で手を横に振る。


「確かに俺ら鬼族は迫害されたぜ。不吉な地獄の使者だって言われて何百年も前からずっと討伐対象だったし、一方的にあんたら人間に殺され続けた。でもな、だからって人間に復讐しようとは思わねぇよ。そこの爺さんだって鬼族を殺したのは爺さんの爺さんで、爺さん自身は鬼族を殺してねぇんだろ?」


 さっきまで激昂していた爺さんは、何か言いたそうな目で俺を睨んでくるが、沈黙で応える。


「何より大陸中の人間を殺そうと思ったら毎日一〇〇人殺しても一万年以上かかる計算だぜ? ていうか俺にだって俺の人生があるし、復讐で人生を浪費する気はねぇよ。俺だって人だ。やりたいことはいくらでもあるしな。それで、俺の自己紹介はこんなもんだけど、俺の処遇はどうなるんだ? 褒美でもくれるのか?」


 雇ってくれるのか? とは言わない。こちらからお願いしては、弱みを作る。


 俺はこのサフラン王国を助けるつもりだ。


 でも、それはあくまでも、向こう側から力を貸して下さいと頼んできて、それに応える、という形にしておきたい。


 俺がエリーゼたちの出方をうかがっていると、ためらいがちに、


「ナオタカ。我々は、貴方の力を借りたいと思っている」


 凜とした表情で、エリーゼはそう告げた。


「昨年、名君と謳われた私の父、サフラン王が崩御して以来、カーディナル軍の侵攻はその激しさを増すばかり……」

「カーディナルめ、なんと卑劣な」

「強者は何をしても許される、それが奴らのやり方だ」

「考え方が蛮族そのものじゃないか」


 エリーゼが視線を落とすと、周囲から悲しみの声が漏れる。それから、エリーゼは顔を上げて俺と真摯に向かい合う。


「これまでは精強なる我が騎士たちがその毒牙を食い止めてきたが、それももう限界……しかし、先日貴方が見せたあの神がかった力。貴方がいれば、この国は救われるだろう」


 どうやらエリーゼ姫は、俺のことを高く評価しているらしい。俺は腰に手を当てて、軽く答える。


「あんたらが俺を討伐せず、好待遇で召し抱えてくれるなら、力を貸してやってもいいぜ」


 エリーゼはやや興奮気味に、腰を浮かせる。


「そうか、ならば――」

「お待ちください姫様」


 エリーゼの言葉を遮って、初老の男が立ち上がる。


「姫様は、この男をどのような待遇で迎えるつもりですか?」

「それは、当然、最高戦力として、然るべき待遇です」

「ですが、突然流れ者の鬼が英雄として祭り上げられれば、そのことを快く思わない兵もいるでしょう。軍全体の士気に関わります」


 続けて、何人かの要人たちが険しい表情を作り援護する。


「そもそも不吉の象徴である鬼族を軍に迎えるなどおぞましい!」

「名の知れた勇者や傭兵ならともかく、鬼族を我が栄えあるサフラン軍に入れるなど承服しかねますな」


 対して、比較的若い軍人、見たところ、なかなか腕が立ちそうな男が負けじと反論する。


「これだからはあんたら老臣は困る。いまは生きるか死ぬかの瀬戸際ですよ! 鬼族だろうと誰であろうと、彼ほどの戦力が戦列に加わってくれるならこんなありがたいことはないでしょう!」


「囀るなよ青二才」


 低く、重たい声に視線が集まる。


 声の主は、室内でも黒い軽装鎧姿の中年男性だった。この態度、それに全身に漲る闘志と、鍛えこまれた首筋を見ればわかる。たぶん、こいつがサフランでも一、二を争う騎士なのだろう。


「元帥殿。いままでは本陣の守りに徹していましたが、サフラン最強の騎士である某を温存するのは得策ではない。このような、亜人に頼りカーディナル勝利したとあっては王家一生の恥。次の戦からは、私が前線に出ます。異論はありませんな?」


 黒騎士の力強い眼差しに、さっきの若い軍人だけでなく、元帥までもが息を呑んだ。


「あんた随分強気だな」

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