第9話 処遇 会議
俺が呼ばれたのは、次の日の昼過ぎだった。
ハロウィーとノエルが部屋に運んでくれた豪華な昼食を食べて、三人でカードゲームをやっているとき、使いの近衛兵が部屋のドアをノックした。
そのままハロウィーとノエルに別れを告げて、俺はお屋敷の最上階へと案内された。
妙に大きくて立派な、両開きの扉が見えてくると、一度待つように言われる。
俺を残して、近衛兵は会議室と思われる部屋へ向かう。そしてその間にも、蝙蝠並
の聴力を持つ俺の耳は、会議室のなかの声を拾ってしまう。
「奴がいればカーディナルなどものの数ではない。失った国土を回復し、一気にカーディナル本国へ攻め込むべきです!」
「しかしまだ信じられませんなぁ。本当にその男は鬼族なのか、そして本当にひとりでカーディナル軍を撃退したのか……」
「彼の強さは本物です。私もこの目で、しかと見ました」
「姫様が言うのです。本当でしょう」
「ですが、いくらなんでもひとりで一軍勢を撃退するなど、まるで勇者や英雄のような強さですな。亜人の勇者や英雄など聞いたことがないぞ」
「ミノタウロスやトロールなど、人間より強い亜人族はいます。しかしながら、奴らは水準こそ高いものの、潜在能力は人間が一番。これは常識です」
「鬼族とはそこまで強いのか? 反旗を翻されたら厄介だぞ」
「他国へ加担されるよりはマシだろう」
「皆さま、ナオタカ殿が到着されました」
近衛のひとことで、会議室から聞こえていた声はやんだ。
しばらくして、近衛が俺の名前を呼び、俺は会議室へと足を運んだ。
会議室の中央には、大理石でできた長いテーブルが鎮座している。偉そうなおっさんたちがそのまわりをぐるりと取り囲んで、俺から見て左側の中央にはエリーゼ姫がドレス姿で座っていた。
エリーゼ姫以外のおっさんたちは、みんな仕立てのよい、贅沢な衣装に身を包んでいた。それだけではなく、装飾品として、金や銀の飾りまであしらっているのだから、身分は一目で想像できる。
サフラン王国のお偉いさん方、と思われる連中の視線が、一斉に俺へと注がれる。
その視線は、当然ながら俺の黒い髪と瞳に注がれていた。
最初は皆、俺にどう接していいのかわからない様子だったが、そのうち、初老の男が口火を切った。
「君が、鬼族のナオタカ、かね?」
「ああ。俺が鬼族最後の生き残り。ナオタカだ」
言い淀んだ言い方に、俺は気兼ねすることなく、きっぱりと言った。
こっちは救国の英雄、と言っても過言じゃないんだ。変にへりくだる必要はない。
そんな態度が気に障ったのか、いかつい目付の何人かが、眉間にしわを寄せる。
「そうか、ナオタカ、我々は君のことを良く知らない。君の、詳しい自己紹介をしてくれたまえ。包み隠さず、すべてをだ」
別のおっさんにそう言われて、俺は親指で自分の胸を差す。
「さっきも言ったが、鬼族最後の生き残り、ナオタカだ。生まれはこの国で、幼い頃は山奥で暮らしていた。でも人間たちが攻め込んできて、ガキの頃に国を出た。それからは平和な土地を探して民族大移動の旅だ。割と最近までは大陸中を逃げ回っていたけど、何年か前に俺以外の鬼は全員死んじまってな。いまは気ままな傭兵稼業中だ。それで、久しぶりに戻ってきたらサフラン軍がカーディナル軍に負けそうだったんで、ちょいと力を貸してやったまでだ」
「待ってくれナオタカ。人間たちが攻め込んできた? 大陸中を逃げ回っていたとは、本当の話なのか?」
ためらいがちにエリーゼが訪ねてくる。その問いに、俺は小さく頷いた。
「ああ、本当だぜ。俺ら鬼族は強いけど、非暴力不服従を貫く絶対平和至上主義だからな。無抵抗に殺される鬼族は、あんたら人間にとって楽して武勇を誇れるカモだったんだよ」
エリーゼの顔が青ざめる。
「元帥、それは誠か?」
「い、いえ! 確かに我が国の歴史上、鬼族を討ち取り武勇を馳せた者はいますが、私の知る限り、軍として鬼族狩りを指示したことなどありません。そもそも私とて、鬼族はとっくに絶滅した種族だとばかり……」
とりみだす元帥があまりにもぶざまだったので、俺は気まぐれで助け舟を出す。
「元帥って軍で一番偉い人のことだろ? じゃあ知らなくてもしょうがねぇよ。俺の仲間を襲ったのも、たぶん傭兵や旅の冒険者とか勇者一行が中心だったと思う」
「だが、いまの話は聞き捨ておけないな。いままで鬼退治で武勇を誇り、高額な俸給で王家に召し抱えられた騎士たちがいたようだが、彼の言うことが本当ならば、彼らの手柄はすべてねつ造されたものではないか」
「そうだ! 貴様、我が祖父を侮辱する気か!」
そう言ってテーブルを叩いたのは、いかにも軍人然とした白髪の老人だった。どうやら、こいつの爺さんは鬼退治で有名な人らしい。
「何が平和主義者だこの汚らわしい地獄の番人め! 貴様など我が家に伝わる名剣で叩っ斬ってくれるわ!」
「待て」
激昂する家臣を、エリーゼは手で制する。
「貴方がたは何故自分の名誉のことしか考えられない? かつての勇者英雄たちの武勇がねつ造だったか、そのようなことはいまは関係ない。大事なのは、かつて人間と鬼族のあいだに遺恨があったということではないのか」
テーブルを囲んで連中はハッとして、会議室が神妙な空気に包まれる。
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