第6話 城へ招かれる鬼


 要人用の立派な馬車に乗せられて、俺はサフラン王国の王都へと戻ることになった。


 他の馬車には、エリーゼと元帥も乗っている。


 俺としては自分で走ったほうが速いのだが、ここは招かれてやった身として、楽をさせてもらおう。


 戦場を離れて数時間後。何度か休憩を入れながら馬を走らせ、夕日の沈むころ、ようやく王都が見えてきた。


 王都へ入る前に、ふと、俺は窓の外へと視線を放る。


 馬車のなかから、雄大なサフラン山脈へ沈む太陽を眺めながら、幼い頃を思い出す。


 あの夕陽を何度眺めたろう。


 隠れ住んでいた山の頂上からこの夕陽を眺め、何度思ったろう。


 いつか、鬼族が安心して暮らせる時代は来るのかと。


 母さんに呼ばれて、山で獲った鹿や猪を担いで仲間のところへ戻って鍋を食べた。


 食事を済ませると、大人たちに槍術や剣術を教わって、年の近い鬼たちと技の冴えを競い合った。


 いかなる理由があろうと人殺しは許されない。


 非暴力不服従。


 戦うくらいなら名誉ある敗北と死を選ぼう。


 そう言って大陸中の人間たちを調子づかせ、無抵抗に殺され滅んだ鬼族。


 夕陽を見ただけで殺された家族のことを思い出すなんて、これも郷愁ってやつのひとつかな。


 らしくない、と被りを振ると、馬車の音と振動がその質を変える。

 どうやら王都へと入り、城へ続く大きな道を走っているらしい。


 石畳を蹴立てる馬蹄の音が、俺の意識を現実に引き戻す。


 通りの人々は、王族や要人用の豪奢な馬車に注目して、誰もが手足を止めている。


 とりあえず、こんな馬車に好きなだけ乗れる身分になれたら気分がいいだろうなぁ、と思い。俺は今後の立ち回りかたを思案した。


   ◆


 巨大な城門を抜け、広大な庭園のなかを走っていると、このサフラン王国の歴史と伝統の象徴、サフラン城を正面に望めた。


 石作りの白亜の城は、古色蒼然とした趣きと、王家の気品を兼ね備えた、美しい城だ。


 幼い頃、山の上から何度も見下ろしていた建物の前にいるのかと思うと、感慨深いものがある。けど、視界がぐいっと曲がる。


 どうやら、馬車はサフラン城ではなく、その隣の建物を目指しているらしい。


 いまは大陸歴一九〇〇年。


 大国では蒸気機関車や自動車が走り、電話なる通信機も普及しはじめた科学の時代だ。


 石造りの城は確かに立派だが、不便もある。


 時代に合わせて増改築を繰り返してはいるらしいが、ここ数十年、中小国家では王城とは別に、近代的なお屋敷を建築して、そちらを使うことも多いと聞く。


 道を曲がり、前方に見えて来たのは、レンガ作りの壁の表面を板で覆った、木造とレンガ造りの合わせ技で作られたお屋敷だった。


 城ではなく屋敷の方へ案内されたのは、歴史あるサフラン城に鬼族を入れたくないから、ではなく、出来るだけ設備の整ったところで歓待したいから、と思っておく。


 ちなみに、大国では鉄筋コンクリート製の建物が増えているらしい。


 サフランでそんな建物ができるのは、いつになることやら。


 大国との国力差が大きいなぁ、と溜息をついてしまう。


 この国を守るためには、カーディナルを追い払うだけじゃなくて、もっと国内の改革を行う必要があるな。


 鬼族は戦闘民族だが、同時に好奇心や探究心が強い人種でもある。人間の手から逃れるべく、大陸中を逃げ回っていたが、その道中、さまざまな国の在り方を勉強するのは数少ない楽しみでもあった。


 王政帝政、軍事国家に宗教国家、農業国家や工業国家。それぞれの国によって、経済の仕組みも少しずつ違った。


 サフランが俺のことを高く買ってくれても、カーディナルに滅ぼされたら元も子もない。


 ピンチの小国を助ければ優遇してもらえるかと思ったけど、いまさらながら、そう簡単にはいかない気がしてきた俺だった。

  

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