第5話 正体を明かすと


 サフラン陣営へ到着すると、すぐに俺は兵士たちの囲まれる。羨望の眼差しを送ってくる兵士たちは、口々に俺へ感謝を述べ、どこの誰なのかを聞いてくる。


 あえてそれらには答えずにいると、兵士たちの奥から大声が届いた。


「道を開けろぉ! 将軍様が到着された!」


 兵士たちは左右に分かれて道を作る。その奥から、馬に乗った軍人が進み出て来た。


 馬にまたがっていたのは、他の兵士たちと同じく軽装鎧姿だが、装飾性の高い、貴族が身につける鎧姿の中年男性だった。


 立派な口髭をたくわえ、いかにも頑固そうな顔立ちだ。


「此度の助力、感謝する。貴殿はいずこの騎士か?」


 馬上から偉そうに、居丈高に見下ろしてくる将軍に、俺はつとめて冷静に口を開く。


「出身はこの国だが、ずっと昔から俺は旅のものだ。流れ者の傭兵とでも思ってくれ」


 出身がこのサフラン王国。実のところを言うと、ここは俺の故郷、と言えなくもない。


「あれ程の力を持ちながら旅を? すると貴殿は、この乱世を旅し使える主を探す勇者か?」


 明確な定義があるわけではないが、人智を超えた力を持ち、諸国を旅し、武勇伝を残すものを一般的に『勇者』と呼ぶ。


 対して、これまた明確な定義があるわけではないが、同じく人智を超えた力を持ち、だが軍などの組織に所属し、祖国を守り、祖国の命令で戦い、歴史に名を残すものを『英雄』と呼ぶ傾向がある。


 ただし、各地で伝説を残してからどこぞの王様に仕えた場合は、継続して『勇者』と呼ばれることが多いらしい。


「どうでしょうね。俺の名前はあまり売れていないみたいだし、勇者は大げさですよ」

「む、そうか? と、そう言えばまだ名を名乗っていなかったな」


 中年男性は、どうやらサフラン王国軍の元帥、つまり、軍隊で一番偉い人、らしい。


 偉そうに胸を張るが、俺はかしずかない。その様子にややムッとした様子で、元帥は俺に尋ねる。


「それで、貴殿の名は?」

「ああ、俺は」


 フードを脱ぎ、黒い髪を晒して、


「鬼族最後の生き残り。ナオタカだ」


 茶髪の人間たちはざわめき、俺から一歩、二歩と退いていく。


「髪が黒いぞ……」

「黒い髪……人間じゃないのか?」


 この世界に生きる全ての人族は、人種ごとに髪の色が明確に分かれている。


 人間は、必ず全員茶髪で、茶髪の亜人は存在しない。


 他にもエルフは金髪。ドワーフはオレンジ髪。ホビットは栗髪。オーガは赤髪。トロールはピンク髪、と言った具合だ。同じ髪の色の人種はひとつとして存在しない。


 そして黒い髪を持つ人種は、俺ら鬼族しかいない。


 すでに滅んだ人種だが、黒髪黒目は鬼族の特徴として有名だ。


 元帥の顔にも驚きの色が浮かび、息を呑む。


「鬼族……だと? 馬鹿な、鬼族はすでに滅んだはずでは?」


「だからいま言っただろ? 俺が最後の生き残りだ。つっても、一〇年前だって大陸全体で数十人しかいない少数民族だし、ほとんどの国じゃ滅んだと思われているらしいな」


 飄々とした口調の俺に、元帥は押し黙り、喉を唸らせた。


 悩んでいる。


 鬼族に限らず、この世界ではすべてお亜人種は迫害の対象だ。


 自分たちを救ってくれた恩人が亜人と知り、対応に困っているのだろう。


 ここで手の平を返すようなら――。


「待て!」


 俺の思考を遮ったのは美しく、そして気丈な声だった。


「ひ、姫様!?」


 兵士たちが口々に騒ぎ、道を開ける。


 今度は中年のおっさんではなく、若く美しい少女だった。


 美しい白銀のドレスアーマーを身につけ、腰には豪奢の宝剣を挿している。やや時代錯誤な格好だが、味方の士気を上げるためなら、これぐらいのほうが効果的かもしれない。


 姫様の登場に、元帥は慌てて馬から降りた。


「私はサフラン王国の王、エドワード・サフランが一子、エリーゼ・サフランだ。此度の救援、深く感謝する」


 そう言って、エリーゼは俺に頭を下げた。


 どうやら、この姫様は元帥よりはみどころがあるようだ。


「姫様、頭を上げてください。この者は見ての通り鬼族ですぞ!」


 元帥のひとことで、俺は不信感で自然と眉間にしわが寄った。でも、


「鬼族だろうと関係ない。我らはこの者に救われたのだ。それに」


 エリーゼは元帥を見上げ、ハッキリと告げる。


「我らサフランが生き残るには、この者の助力が必要なのだ」

「そ、それは……」


 言葉に詰まる元帥から視線を外して、エリーゼは俺と向き合う。


「ナオタカ、貴方と話がしたい。私の城へ来てくれるだろうか?」


 その真剣な瞳に、俺はやや警戒しながらも、冷静を装い頷いた。


「ああ、いいぜ」


 姫様へのタメ口で、元帥と何人かの兵士の表情が険しくなる。

 でも俺は、あえて気づかないふりをした。

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