第4話 鬼無双


 振り返り、ちらりとサフラン軍の様子を確認する。歓声が上がり、すっかり勝利ムードだ。問題はここからだ、突如現れた救国の英雄様が、人間の勇者じゃなくて鬼族だと知ったサフラン人がどう出るか。


 個人的には『鬼族が人間を助けるはずがない。助けるフリをして我々を騙す気だろう』はやめて欲しいかな。


 頭をかきながら唸ると、俺の耳が聞き慣れない音を捉えた。


 背後、カーディナル陣営の方へ振り返ると、サフラン軍の歓声がやむ。


 遠目にもわかるその異様には見覚えがある。


 馬もないのに走る四輪車。工業大国ゼラニウムで発明され、大国のあいだで一気に広まった、自動車ってやつだ。蒸気機関車と違って、レールの上以外でも走れるソレはすぐに軍用化された。いま、俺の方に向かってくるのは、装甲が厚く、後ろの荷台に大砲を取り付けた装甲砲車が六台。それと、見慣れない車両が三台。


 ソレは普通の自動車の倍以上は大きくて、前後の車輪が帯状のもので連結されていた。大砲がついているのは装甲砲車と同じだが、荷台ではなく、車の天井に付いているし、窓が小さすぎてなかに乗っているやつが見えない。代わりに、天井の穴から兵士が顔を出して、俺に向かって何か叫んでいる。


「味方の退避を確認! 放てぇ!」


 砲車と、その車が一斉に大砲を放った。黒い弾丸の姿に一泊遅れて響く砲音。そして弾丸は頭上からではなく、水平に飛んでくる。


 なかなかの発射速度だ。けど。


「当たってやる義理はねぇし」


 鬼の動体視力は、弾道でも問題なく捉えられる。


 俺は当り前のように大砲の弾をかわし、計一〇台の自動車に向かって駆けた。


 あのデッケェのは、カーディナルの新兵器だろう。


 前にカーディナルで、タンク(貯水槽)という名前の新兵器の噂を聞いたことがある。


 きっと、あれがそうだ。


「人間共の作った新兵器と鬼の肉体。どっちが強いか勝負だゴルァ!」


 狙いを定められないよう、俺は戦場をジグザグに駆け回り、大砲の弾を避けながら疾走。


 時速一〇〇キロ以上のスピードをそのままに、タンクの一台へ左肩から激突した。


 けたたましい金属の破砕音と肩から胸へ響く衝撃を無視して大地を踏みしめる。砲車は前部装甲をひしゃげさせながら、車輪が空回りしてわだちを作りながら戦場を後ろへと滑った。俺は口角が、自然と上がってしまう。


「俺の勝ちぃいいいいいいいいいいい!」


 地面にかかとを打ち下ろす。大地に魔力を伝えて、地面属性の魔法を発動。ブレーキで止まっていた周辺の砲車六台の真下から、岩の柱を出現させてひっくり返した。


 自動車って奴は馬車と同じで、機動力はある反面、ひっくり返せばすぐには立て直せないのが弱点だ。それは砲車も変わらない。


「そんで装甲はどうだ!」


 二台目のタンクへ十文字の突きを一発。タンク側面に突き刺した十文字槍はあっさり貫通して、肉と骨を貫く感触を俺の手に伝えてくれる。


「装甲は普通の鉄か。流石にこんな馬鹿デカイもんをまるごとダマスカス鋼で作るのは無理だったらしいな」


 ダマスカス鋼は、人工的に作り出せる金属としては最高の部類に入る金属だ。素材は鉄らしいが、鉄をとある製法で鍛えると、ダマスカス鋼に変わるらしい。


 ミスリルやアダマントといった伝説の金属にはやや劣るが、そういった例外的な金属を除けば、最強の金属と言っていい。

昔は一部の最高級品の剣や盾、鎧に使われ、いまでも軍用ナイフの刀身に使われる。


「でだ」


 俺は、最後のタンクの視線を巡らせた。

 天井の穴から顔を出している兵は顔を凍りつかせ、隠れることもできないようだ。


「タンクも砲車も、近づいちまえば攻め手なしか? それとも、その巨体で俺をひき殺す、とか?」

「ッッ」


 俺が意地悪な顔で指摘すると、兵士は歯を食いしばってからタンクのなかに引っ込んだ。


「前進だ! あいつを押し潰せぇえええ!」

「それ無理」


 頭上に火球を作ったときのように、俺は頭上で魔法を発動させていた。


 発動させていたのは金属魔法。お喋りのあいだに、戦車の頭上には城の柱と見間違うようなサイズの、鋼の杭を生成していた。


 それを、走りだそうとするタンクの上に落とす。


 圧倒的な重量を鋭角部分に乗せて、鋼の杭はタンクを貫通。タンクは一歩も動かず停止した。


「ん?」


 そのとき、視界の端に映ったのは、ゆっくりと逃げようとするタンクだった。最初に俺と正面衝突して、装甲がひしゃげたアレだ。


 ガタガタとうるさい音を鳴らしながら後退していくタンクの姿に、俺は興が悪ノリした。


「まだ動けるのか。じゃあ、サフラン軍も見ていることだし、最後は派手に」


 両手で槍を構えると、全身にみなぎる魔力を槍に乗せ、火炎魔法へ変換する準備を整える。力が十分に溜まったところで、地面めがけて十文字槍を真横に一線。槍から解放された灼熱の衝撃波が大地を駆ける。


 俺が生み出したのは火球ではなく、灼熱の津波だった。


 高さ五メートル以上、幅、二〇〇メートル以上を誇る紅蓮の津波が、疾風の速さでカーディナル軍を呑みこみ押し流す。


 その光景は、圧巻のひとことに尽きるだろう。


 馬鹿みたいな体積の火炎を生み出さなくてはいけないし、進行方向上のものすべてを焼き尽くすので熱効率も悪い。


 そのかわり、この技はとにかく派手で、敵味方を畏怖させる効果がある。


 一対一の戦いとは違い、戦場という場では、こういう技は最大の威力を発揮する。


 案の定、戦場を焦土と化しながら止まることのない赤い災いに、カーディナル軍はもろ手をあげて敗走。


 サフラン軍からは歓喜の声が湧いて止まらない。


 これで今日の戦いは終わりだろうが、戦いを続けたとしても、両軍の士気には雲泥の差がある。


 士気の力は凄い。事実、決死の覚悟を固めた寡兵が、慢心した大軍を打ち負かした例は、歴史上枚挙にいとまがない。


 サフラン軍からは、あちらこちらから『真紅の騎士』という単語が聞こえる。


 王都で俺も観賞した、いま流行りの舞台演目、紺碧の騎士になぞらえているのかもしれない。


 あとは……サフラン軍が俺をどう扱うかだな。


 俺は十文字槍を収納空間に放り込むと、再びマントとフードを身につけ、サフラン軍の方へ向かって駆け足になった。

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