第3話 初陣
爆音が戦場を割り、カーディナル軍は一斉に振り返る。
なんのことはない。
ただ、カーディナル軍の左翼に突っ込み、密集陣形を取っていた兵に向かって十文字槍をひと振るいしただけだ。
穂先に触れた兵士は、軍服ごと胴体を切断され、柄に触れた兵士は胴体をもぎ取られた。
火薬も、火炎魔法も使っていないが、それは人体が爆ぜる、まぎれもない爆音だった。
最初の一撃で止まってやる義理はない。間髪いれず、俺は次々手近な兵士の横を走り抜け、通り過ぎざまに槍で両断していく。
戦場では止まったら負けだ。
常に走り、常に動き続けることこそが肝要だ。
だからこそ、カーディナル兵は俺に気づくのが遅れる。
鬼族の足は、世界一足が速いと言われる獣、チーターと並走できる。
そして世界一体力のある獣、狼と同じく、全力疾走を維持したまま二〇分間も走れる。
必然的に、カーディナル兵の認識は次のようになる。
自陣内で悲鳴と爆音が鳴り続ける。異常に気付いて振り返る。近くの兵士が急に爆散。そして何かが走り去る音だけが残り、見えない存在に恐怖する。
うってかわり、遠目に俺のことを目にする兵士はそれ以上の恐怖があったことだろう。
赤い影が、風よりも速く戦場を吹き抜け、延長上のカーディナル兵が片っ端から蹴散らされていくのだ。
そんなもの、悪夢以外の何ものでもない。
俺を止めたければ、それこそ偽物ではない、本物の勇者英傑を連れてこなければ不可能だ。人間のなかにも、時折人知を超えた強さを持った奴はいる。
ひとりでドラゴンを殺したり、一軍を滅ぼすような規格外はいる。
鬼族のなかには、そういう奴に討ち取られた奴もいる。
ただ、こんな小国を攻め落とすために、そんな最強戦力を投入してくるとは思えない。
この場にいるのは、常識の範囲内に収まる、規格内の連中ばかりだろう。
俺の活躍で、カーディナル軍の前衛が俺に、背後に気を取られる。そこをサフラン軍が突いて、カーディナル軍を押しはじめる。
カーディナル軍は前方のサフラン軍と戦いながら、自陣内の俺を殺そうとするが、同士撃ちの危険性があるので、肝心のライフル銃を効果的に使えないようだ。
もっとも、ライフル銃なんて喰らっても俺は兵器だけどな。
「放てぇ!」
同士撃ち覚悟で、カーディナル軍が一斉射撃を敢行。背後から弾が何発か当たるが、俺の当世具足はビクともしない。
「悪いな。俺の鎧と額当ては神の金属、日緋色金製だ。鉛玉なんて通さッ――」
鉛弾が喉に直撃。せっかく喋っていたのに、俺は声を閉ざされた。
「あのなぁ、鬼族の皮膚と筋肉は鋼の七倍の強度があるって言われる蜘蛛糸と同じなんだぜ? テメェらの通常兵器が利くと」
俺は左手を頭上に掲げると、魔力を手の平に集め、片っ端から炎に変換しながら球状に圧縮していく。火炎魔法を放つとき、普通に放てば熱が無駄に逃げる。でも、こうして球状に圧縮すれば、エネルギー効率は驚くほど向上する。つまり。
「思ってんのかぁあああああああああああああ!」
火球を、家一軒は呑みこめそうなほどのサイズにしてから投擲。密集陣形で俺にライフル銃を構えていたカーディナル兵を呑み込んだ瞬間、火球は大爆発を起こした。
空気が振動しながら熱波が周辺を襲う。
一〇〇人以上のカーディナル兵が一度に炭化して、一〇〇人以上のカーディナル兵がヤケドに苦しみのたうちまわっている。
「あーもうめんどくせぇ! テメェら全員ブッ殺してやるから全員前に出ろゴルァッ!」
鬼の怒号は、ライオンの咆哮と同じで、六キロ先まで伝わる轟音だ。
たぶんいまので、カーディナル軍の大半が状況を把握したことだろう。
俺はカーディナル軍の奥へ、奥へと構わず斬り込む。
十文字槍を巧みに回転させ、全身に斬撃をまといながら進行方向上の敵を全て斬り伏せ、密集陣形を見つけると特大の攻撃魔法をぶちこんで皆殺し。
するとそこへ、こんな精密射撃ができるはずもないので偶然だろう。
大砲の弾が飛んできた。
かわす。防ぐ。受け流す。いや、興奮状態だった俺は、迷わず槍でブッ叩いた。
「ホォオオオオオオオオムラン!」
カーディナルで流行っている、野球、という球技になぞらえて、そう叫んだ。
砲弾はカーディナル陣営の奥へ落花。爆音が聞こえてくるので、よしとしよう。
流石にいまのは腕に響いたが、槍も俺も無事だった。
まぁ、俺の十文字槍は自己修復の魔法がかかっているから、仮に痛んでも勝手に直るんだけどな。
戦闘開始から約一時間。
カーディナル兵は恐慌状態に陥って、勝手に敗走をはじめる兵士と、逃げるなと叫びながら逃げる指揮官の二種類しかいなかった。
「これで終わりか?」
振り返り、ちらりとサフラン軍の様子を確認する。歓声が上がり、すっかり勝利ムードだ。問題はここからだ、突如現れた救国の英雄様が、人間の勇者じゃなくて鬼族だと知ったサフラン人がどう出るか。
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