第2話 鬼の野望


 大陸の暦でちょうど一九〇〇年の現在、小国サフラン王国は窮地に立たされていた。


 半年前から、軍事大国カーディナルの大軍勢に攻め込まれ、少数のサフラン軍は獅子奮迅の働きでそれを食い止めていた。


 それでも圧倒的な兵力、物量差に押され、戦線はじりじりと後退。そして兵の少ないサフラン軍は、とうとう戦線を維持するだけの兵を失いつつあった。


 起死回生の一手がなければ、近い将来、サフラン王国は滅ぶだろう。

 

 俺が王都を発った次の日の午前。太陽の傾き具合から一〇時頃。俺は小高い丘の上から、鷹の目と言われる鬼の視力で戦況を見守る。


 荒れ果てた荒野に粉じんを巻き上げ、ぶつかり合う両雄。


 軍服に身を包み、ライフル銃を構え突撃を敢行するのが軍事大国カーディナル。


 未だ鎧に身を包み、盾に身を隠しながら防衛戦を展開するのがサフラン王国軍だ。


 カーディナル陣営から砲声が響くと、サフラン陣営の一角が轟音を上げて爆発。鎧の騎士たちが吹き飛び、周辺の騎士たちもよろけて体勢を崩す。


 その隙に乗じて、カーディナル軍は一気に攻勢にでる。サフラン軍はすぐさま態勢を立て直し、怒号をあげて前進する。


 サフランは小国だが、弱いわけではない。


 戦で機動力が重視される昨今は、兵の軽装化が顕著だ。


 サフラン兵の多くは動きやすい軽装鎧だし、軍馬にまたがる騎兵の数も多い。


 最近、新たに登場した飛び道具、鉄砲も、そこそこ持っている。


 ただ、あくまでもそこそこでしかない。


 対する軍事大国カーディナルは、この鉄砲を改良。高性能なライフル銃を開発、量産化して、兵の大半が所持するに至っている。


 鎧を捨て、防刃防弾を追及した、丈夫な布で作った軽い軍服を兵に支給し、その機動力は大陸でも一、二を争うと言われている。


 カーディナルの軍事力が異常なのだ。さすがは、大陸一の軍事大国を自称するだけのことはある。


 兵の数も、装備の質も、サフラン軍のはるか上。逆に、全てにおいて劣る小国を、大国が圧倒的な暴力で蹂躙していく様は、見ていて気持ちの良いものではない。


「はいはい。強者様が弱者へ一方的に宣戦布告。逆らう奴は虐殺皆殺して占領支配。町を落とせば逃げ惑う無抵抗な民も虐待拷問して搾取強姦し放題と。俺ら亜人も冷遇されてっけど、乱世だと小国の人間も変わらねぇなぁ」


 重たい溜息を吐きながら、俺はへの字口を作り下唇を噛んだ。


「……やっぱ、もう助けてやるか」


 いくら俺が鬼族でも、ピンチを救ってやれば迫害してこないだろう。むしろ、特例として人間と同等の地位をくれてもおかしくないだろう。


 そのためには、できるだけサフラン軍がピンチになってから助けた方が都合いいのだが、俺はちょっとした気まぐれで、予定より早く参戦することにした。


 俺はマントを脱ぐと、鬼族伝統の戦装束、赤い当世具足姿を太陽の下に晒す。


 そして収納空間魔法を展開。目の前の空間に幾何学模様を内包した光の円が浮かび上がると、そのなかへマントを握った手を突っ込むと、マントの代わりに得物である槍を引き抜いた。


 魔法。人が持つ魔力というエネルギーを消費した行う超自然的な技術で、いま俺が使ったのは、鬼族のあいだでは使えて当然の収納空間魔法だ。


 名前の通り、魔法で作りだした異空間に物を収納しておける魔法だ。これがあれば、長旅でも大荷物を持ち歩かなくて済む。


 普通の魔法は、魔力を炎や水、雷に変換して撃ち出す、攻撃魔法ってのが一般的らしい。


 実際、人間でこの収納空間魔法を使える奴はほとんど見たことがない。


 見たことがないと言えば、この槍もだ。



 鬼族伝統の十文字槍。


 槍の穂先が、上と左右の三方向へ伸び、槍が十字架の形をしている十字槍なら、宗教国家の兵が使っている。


 でも俺の十文字槍は、左右へ伸びた刃が、やや上へ反り、突いたときに敵の首を刈り取りやすくしているし、引くときに引っ掛ければ効率よく斬り裂ける。


 ちなみに、真紅の柄はダマスカス鋼より硬い木材、神黒檀に神の金属、日緋色金でメッキを施し、穂先は伝説の金属である金剛、青生生魂の合金製だ。


 大人たちの話だと、昔なんとかカリバーっていう聖剣より強い巨人族のマルミアドワーズっていう大剣と千度打ちあっても、傷ひとつつかなかったらしい。


 最後に、二本のツノが生えた鉢金――一般には額当て――で頭を守り、戦支度は整う。


 当世具足に十文字槍、そして双角面。


 鬼族が怪物退治や、鬼同士による試合のときにとる姿だ。


「さてと、いままでいろいろな戦場に参戦したけど、互角の戦いだったせいで恩を売れなかったからなぁ……今度は、上手くやるとするか」


 丘の上から跳躍。一度の跳躍で二〇メートル以上先の斜面へ着地すると、俺はカーディナル軍目がけて疾走した。


 右手には一族伝来の十文字槍を閃かせ、俺は叫んだ。


「我こそは鬼族最後の生き残り! ナオタカ! いざ参る!」

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