思い出 ウサギとカメの徒競走
僕にとってのゴール地点が、君にとってスタート地点ですら無い事に、ずっと気が付いていた。
君はどんなテストも100点を取った。君は天才だから。
「テストの点数だけが全てじゃないよ」君は悲しそうに呟いた。
君は誰よりも速く駆け抜けた。君は天才だから。
「誰よりも速く走れることに、別に意味なんて無いよ」君はぼんやりと空を見上げながら呟いた。
君の言葉全てが僕への嫌味に聞こえてならなかった。一着というものが既に決まっている出来レースに参加させられているような気がして。
僕は君に負けたくなかった。君への劣等感が僕を奮い立たせた。余暇の時間は全て、努力へと費やした。君も努力位はするだろう。僕が一やれば、君は十得るのかも知れない。僕が十やる内に、君は百得るのかもしれない。それでも追いつこうとしなければ永遠に追いつく事など出来ない。
そのうち、テストでは何時でも100点が取れ始めるようになる。君は酷く笑った。
そのうち、君の影を踏めるようになった。君は酷く笑った。
ある日、教室で僕等はふたりきりだった。
「最近、凄く嬉しいんだよ」
「何時も一人だったからさ、君が隣に居てくれるのが嬉しいんだ」
君は笑っている。
「だからさ、早く私の隣に並んでよ」
君の言葉が、僕の世界を一瞬のうちに止めた。
シャーペンを動かす手が止まる。君は僕の姿を不思議そうに見ている。
「何か君の手を煩わせる問題があったのかい?」どれどれと、君が僕の手元を覗き込む。「いや、別に問題ない」ノートをしまい込む。
「帰る」椅子と床が擦れた音が教室に響いた。
「そっか……また、明日会おうね」
僕はその日、ベットの上で泣いた。自分の愚かさを酷く恥じた。ずっと勘違いをしていたんだ。
君は、待っていたのだ。僕が追いつく事を。僕は、僕は君に天才であって欲しくて、越えられない壁であって欲しくて、追いつけない目標であって欲しかったんだ。
涙が止まらなかった。僕は君の単なる足枷でしかなかった。僕が君を天才から凡人に仕立て上げたんだ。君の笑顔が脳裏に浮かぶ。僕は別に、君に認めて貰いたかった訳ではなかったんだ。路傍の石とでも思っていて欲しかったんだ。
その日を境に、僕は努力を止めた。
君の背中はどんどん離れていく。これこそ、僕の望む世界だった筈だ。君は天才なのだから。振り返らないで欲しい。悲しそうに僕を見ないで欲しい。君の世界に、僕は必要無い。
君との関係が終わり、卒業の時期が来た。既に道は別れてしまっている。
君と僕の最後の日。そんな日に、君は僕に手紙を渡して去って行った。
『今日になっても、何故あなたが私のもとを去ったのか、私には分かりませんでした。それでもこれだけは伝えたいの。
今まで一緒に居てくれてありがとう』
僕の過ちは、きっと取り返しがつかない。
君はウサギで、昼寝もしないウサギだ。僕はカメだ。休む事のないカメだ。確かにズルをしようとしたけど、それはフェアではないと思ったからやってはいない。
それが僕の、唯一君に自慢できる事だ。
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