第23話 地上組『魔女』午後
約一名が尻尾を振りながら食べ続けるテーブルで行われたランチミーティング。現状を共有して、これからの勉強方針を決めた一同は現実がとても厳しいことを知った。
そして、午後。
「目指せ、生産で稼ぎ頭!」
外に出た三嶋美里は精一杯腕を伸ばしてそう叫んだ。
「割と本気で頑張ってくれ。よく考えなくても、補助期間の二ヶ月を過ぎたらここでの研修費がやばい」
「まず今後の食費が上がるのは確定だしね。私も二ヶ月でちゃんと出るぞ!!」
補助はある。しかし、三嶋は財力がある家である。即座に支払う必要はなくとも、ある程度返済の必要があり、その返済額は最高値。響がほぼ間違いなく二ヶ月を過ぎ施設利用の研修費を増額。さらに三人の戦闘用の装備だけでなく、生産関連の道具も複数揃えなければならなさそうな美里。
「暫く貯金でどうにかなるって響さんは言ってたけど」
「個人でなくチームとして経費計算がな。……慰謝料が発生しないといいが」
これから万が一がぶっとやったら、一般人にやったらとんでもないことになる。そう言われた食事中の響は、食事への興奮で消せないと悩んでいた耳と尻尾が一瞬で消えるくらいびびっていた。『空歩』で上がったテンションが落ち着いて現実が見えた彰子はそれは切羽詰まった様相だったのだ。
「ということで、よろしくお願いします!」
「はい。まずは『生活魔法』から確認して、『呪い』と『魔法』に移ります」
一緒に歩いてきた響は元のテーブルに座り、座学を一足先に始める様子だ。その手の中でずっと回り続ける何かについては誰も指摘する気はなさそうだ。同時進行でいくらしい。
「これについては使っているのでわかるでしょう」
「皿洗いと机拭き?は食べながら練習しました!」
申し訳なかったので!この特別棟の食堂と厨房は戦場だった。生産でもエネルギーを消費する。特に響の求める魔物肉の調理には。さらに、魔物肉の加工に使う道具も相応のものがいる。限界を迎え倒れる人に、壊れる道具。何度も悲鳴が上がっている様子にせめてもの償いと綺麗にできるものはしておいたのだ。
「魔法はすべてイメージです。美里さんのように無意識で発動される方も多いですが、大体加減ができず魔力が枯渇して倒れます」
「……今のところ体調に変化はありません」
「『魔女』はそもそもの魔力量が多くなければなれないのでしょう。魔力を保持できる量と、回復速度や効率も違うのかもしれません」
魔力の回復は呼吸でできる。魔素が濃いところにいれば回復が早く、薄いところでは遅い。ここはダンジョンのそばなので地上ではとても多い場所。回復も早い。
「『洗浄』は問題なく使えますね」
「あ、スキルにありますよね。生活系……魔法とは扱い別なんだ」
「はい。スキルを集めたら派生できるかもしれませんが不明ですね。まずは、飲み水の確保をお願いします」
差し出されたのはコップ。それだけ渡されて、満たせと言われて困った。
「流石に無理ですか。ピッチャーやポットもありますよ。手桶と柄杓の方とどちらが身近ですかね」
成る程、確かにイメージなのだろうと考える。なんとなく全部手にする。ああ、喉乾いた状態にしておけばよかったと思って、自然な動作で手元を見ずに、地面に打ち水。
「うぉ、重いっ」
「……一気に水が補給されましたね」
「理想的な打ち水でしたね」
水を掬って放てた。つまり、手桶の中に水があるのは当然だ。そんな意識ができた途端に手桶が一気に重くなった。
「水量が予想外ですが……自由に水が出せるようにしてみてください」
「はい」
つまり水遊びと理解した。美里は柄杓で地面に置いた手桶の中をかき混ぜる。気になって手のひらに掬って飲んでみれば、とても美味しい水だった。
「水増える増える。不思議。コップもいける。手が洗いたい。水で」
これはもしや本当に便利なやつだ。『洗浄』ではなく、手を水洗いする気で擦ればどぼどぼと虚空から水が流れ出る。
「うわっ……出た水を操作はできないんですね」
「それは『水魔法』の領域ですね」
「成る程」
「さて、水が自由に出せるなら、火を起こしましょうか」
すぐ近くに用意された薪。渡されたのはマッチの箱。ただし、中にはただの木の棒。つまれた薪を前に何をすればいいかはすぐに理解できた。薬剤のない先を意識せず、擦れば棒の先に火がついた。
「よしきた、火。……燃えろよ、燃えろよ、炎よ燃、違う違う。今からつけるのにそっち発火したらこれどう……ていっ」
焚き火なんて久しぶりだと、定番の歌を歌いながらマッチ?から点火しようとした美里は慌てた。小枝に火を近づけたところで薪全体がぶわっと発火したのだ。
「制御をしっかりしてください。ちなみに、『消火』も『生活魔法』で可能です」
「水かけるとか砂かけるとかでなく?」
「はい」
これには少し手間取った。しかし、燃焼に必要な燃料の供給を止めるイメージで鎮火した。その後は水に濡れた布を乾かしてみたり、火ではない灯りを灯してみたり。
「……妹が怠惰になる未来しか見えない」
「普通に家事をするより高度で消耗の激しい行為……のはずなのですが」
兄が誰かと何か言っていたが、美里は楽しくて色々と試した。流石にちょっと体力か何かを使っている感覚があったが、息を吐いて吸ったらわからなくなるような誤差だった。
「灯りもハンズフリーで、鍵も掛けられて。なんて素晴らしい」
「素晴らしいのはおそらく魔力量、回復力だと思います」
『生活魔法』の確認も全て終わらず休憩及び座学に移る予定などまるでなかった。一度座って、バフデバフ系の既出能力一覧を眺める。
「さて、『呪い』ですね。とりあえず、彼を妨害してください」
言われて前に出てきた隊員。準備されるのは的とボール、ミットもつけていた。軽い感覚で投げられたボールが綺麗にど真ん中に当たって跳ね返る。
「結構な音がしますね」
「『投擲』系スキル用の特別性ですから。測定の準備もできているので」
成る程と納得する。そこからは、『生活魔法』の手軽さが嘘のように難航した。『魔法』の方も息抜きに試してみたのだが、どちらも不発。
「最大種がいい!!」
「いや、いいと言われましても……」
庭でかけまわる犬が何か吠えている。身体能力の確認をしながら、自分が変化する対象を意識させようと原寸大パネルが周辺に置かれているらしい。小型種の大きさが大型犬と変わらないのが不満のようだ。
「魔力……魔力ねぇ……」
確かに使えているはずなのだ。只管に飲料水をタンクに注ぎ入れながら悩む。今確かに魔法を使っているはずなのだが、イメージとしては蛇口を捻ったりスイッチを入れたりと違いがない手軽さだ。暴発しそうにもない。
「気合い入れて洪水を起こそうと思っても水量の最大が固定されてる感じでダメだ……!!行き詰まりました!」
普通の魔法使いは掌にそれぞれの属性の魔法を出現させるところからする。しかし、無属性の魔力のみでは感覚がうまく掴めなかった。
「気合いが足りないんだよ、お前は。ほら」
「なにこれ?」
「アニメ。亀の波動とかは無属性でよくないかと」
「ああ、あったね。でも私、有名ワードしか知らないよ?……え、おじいちゃんすごっ」
休憩だと笑って差し出されたタブレット。よく見て楽しむ。走って合流した響も一緒にそのシーンに合わせて遊びでポーズを決め、なんとなく気合を入れて--ドンッ!!
「「「………」」」
破壊音の後には、沈黙が落ちた。
「的の方に誰もいなくてよかったな。彰子が懸念した慰謝料が響じゃなくてお前から発生するとこだった。……あと、あの的は幾らする?」
「……なんか、ぞわってした。今のが魔力ってやつなのか?」
割と大事である。自分の手からなにか出てしまった美里としては血の気の引く思いだ。
「……遊びのノリで出るってヤバくない?」
「だからコントロールしろと。魔法も一応イエローすれすれというか」
「鍛えなければ威力が出ないのでスキルのオンオフさえ確認できれば、あとは使用制限で済みます。……が、これは……」
近くにいた指導員が顔を引き攣らせながらある方向を見る。騒ぎを見ていた、明らかに階級が上の装いの自衛隊員がとても厳しい顔をして近付いてきていた。
「監督者判断により、『魔女』は要観察が必要として……イエローでは足りないか」
「レッドカードきた!」
「喜ぶな。……あと、お前ちょっとテンションおかしいぞ。落ち着け」
飛び跳ねて喜び、ぱしんと背を叩かれた響と同じ扱いになって美里は震えた。
「なにがやばいの?『魔女』がやばいの?それとも私のそもそもの魔力量がやばいの?参考文献が悪いの??」
「せめて、この後のシーン見せた方が良かったか」
「全部だと思うな。でもイメージは大事だ。俺も頑張らないと」
アニメ、沢山見ようかな。ゲームの技でもいいかもしれないと二人の会話を聞きながら美里は思う。
「ちゃんとタメをつくれと。具体的にわからなくても、魔力は確かに体の中にあって、高めて集めて、狙いをつけて放つ。完全にモーションがよかった。かーくんファインプレー」
「魔法使いが打つ技かっていうと違うけどな。魔法使いで無属性のイメージしやすい必殺技に心当たりがなかった」
「必殺技じゃなくていいから」
準備と覚悟をして、もう一度同じモーションで魔力を放つ。何度か同じように体を動かして放ち、感覚を掴んだらモーションをなくしていく。
「おお!もやもや見えるようになってきた!確かにあるね!響さん!」
「だろ!なんかあるんだよ!」
命中率はかなり良い。どころか、ノーモーション目視不能の攻撃はかなりの脅威だった。
「……全くわからん」
「『魔力感知』と『魔力視』とは、また希少なスキルを……」
「最初に得るスキルではハズレな方でしたよね」
「そうですね。それでも、自然取得は難しいので複合で得られるのはお得です」
雀さんが『危機感知』のようなものを持っているので、感知系の能力は付随するのだろう。見えるようになった美里がぽんぽんと魔法を放ち始め、感じられる響が楽しそうにそれを追いかける。日が暮れるのはあっという間だった。
「お前らやらかしすぎだぞ」
「姉のやらかしよりきっとマシ!!」
「まだ何もできてない……あと、和泉はもう落ち着いて活動してると思う」
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