第22話 地上組『魔女』
スキル『魔女』
完全未知の職業スキルと思われる新スキル。全く情報がないと言うことは、すべてが手探りということになる。
「感覚が頼りですが、今のところどうでしょう」
「どうでしょう……魔法は使えるのと、薬関係はできる気がします。あと、なんだろう……呪いというか」
歩きながらの聞き取りに美里は首を傾げる。不思議な感覚ではあるが、スキルを意識するとぼんやりと感じ取れる。
「呪い、ですか」
「のろい、まじない?」
「……バフとデバフのような補助系でしょうか。あれは扱いがかなり難しいですが」
自己強化だけでなく、他者の支援系のスキルは存在する。けれど、かけている間だけ能力が上昇するというのはスキルを突然手に入れた時のように制御が難しくなる。
「掛ける側も掛けられる側も相当練習しないと戦闘中にはとても使えません。大体が戦闘前にかけて、それもできれば切れる前に戦いを終わらせたい。……ありましたね。現在持続時間の最高記録は51分……この人はほとんど支援だけを磨き上げて2年ですね」
「私の場合、攻撃に振った方が効率いいですよね」
「ただでさえ、戦闘と生産のどちらも可能な複合スキルのようですから」
確認はするが、今後どれだけ時間を割けるかはわからない。そう難しい空気になりながらたどり着いた部屋の前。その部屋の壁沿いには机が置かれて大量の道具が分けて置かれていた。
「道具や材料を手にするとわかりやすいので試してみてください」
「……いや、試してみてくださいって……」
嫌な予感がして、戸惑う。色んなものがある部屋の中。とりあえず一番に目にした『調合』や『調薬』の類は完全にできると感じる。とりあえず一回り、ゆっくりと確認して困った。
「……正直に言っていいですか?」
「はい。もちろん」
「できないって感覚が、ほぼないんですが……可笑しいですか?」
「「「………」」」
沈黙する。タブレットを手にした男性が無言で何かを入力している。
「では、出来なさそうなものを」
「……あそこの刺繍された布?ですかね。あれは無理な気がします」
「ああ、『錬金』系ですね。確認のために置いてありますが、あれは『魔術』系のようです。『魔法』で『錬金』を取得できた方は今のところいないので、『魔女』は『魔法』側でしょう。感覚で魔力を扱うタイプですね」
「さっき机とお皿が綺麗になったみたいに」
「はい。なので事故も起こりやすいですが、使いこなせれば自由度が高い」
『魔法』と『魔術』は別物だ。
『魔術』の方は使える魔法がゲームのコマンドのように最初から決められていて、必要な魔力があれば発動する。咄嗟の場合でも確実に同じ消費魔力と威力で発動するので狙いだけつければいい。
「便利ではありますが、『魔術』を覚えられる数には限りがあり、それは個人の才能に寄ります。ですので基本的に『魔術』を得た人は『本』を武器にします。外部にそれを刻んで、使いたい時に魔力を流し使用する。ただ、適当に刻むと暴発があり得ます。なにせ、魔力を注げば発動する。つまりは魔導具です。基本は白紙の魔術書をダンジョンで手に入れて利用します。あれは持ち主の魔力をおぼえますので」
「偶に、白紙じゃない本が凄い価格で出てますよね」
「はい。意思を持つことも多いので、扱いに困るドロップ品ですね」
『魔術』に対して、『魔法』は個人の才能だ。基本的には『火魔法』『水魔法』というように個人で使える属性が限られる。このスキルは単純に魔力を火や水に変換できるものでしかない。本人の努力で魔力を操り威力や形を変化させる。
「危機に陥った時に不発あるいは暴発が日常茶飯事。咄嗟に使うには相当な訓練が必要となります。最初の発動にも苦労し易い。武器は『杖』など、初心者用は補助具として放出魔力を安定させる効果のものが多いですね。『魔術』と違って魔力さえあれば最初から威力の高い攻撃が可能ですし、『生活魔法』がなくとも火種や水の確保ができます」
「『生活魔法』っていうのは……?」
「スキルになると力が安定するので、恐らく日常生活で魔法を使ってなれれば『魔術』のように安定して使えるようになるのだと思います。『火種』や『飲水』、『掃除』と意識せずとも固定される。――『魔法』は自由に魔力が引き出せるようになったら、『魔術』を見て真似る訓練になるので、魔術の名前を口にして放つ魔法使いが多いです」
『生活魔法』のように固定されることはないが、慣れれば人が歩き走るように自然と扱うようになる。よくわからずとも、できるという感覚が身につくようだ。
「そもそも、『生活魔法』の保持者は魔力が戦闘には使えない程度の方ですからね。能力的に複数属性前提の魔法でもあるので『魔法』系で複数属性でその全てを日常生活に自然と使えるほど熟達した使い手となると」
話を聞きながら、美里はさらに嫌な予感がした。自分のスキルとどう向き合っても、『魔女』というスキルは『魔法』が使えるとしか感じられない。
「スキルは安定した力……無属性で『魔法』ってなると?」
「残念ながら、記録上ただの『魔法』というスキルは出ていません。各種属性を纏めて『魔法』スキルと呼んでいます。複数属性は日本では3、世界では中国に6が最高だと言われています。複合スキルで取得の方もいれば、イメージによる努力で取得した方も」
「成る程。まず、最初から努力強制」
「『生活魔法』がきっと助けになるでしょう」
いよいよ、響の暴走を笑えなくなってきた。戦えるようになるまでどれだけかかるか。長い説明はここまででと、中央の敷物の上、並べられる道具を見ながら考える。
「薬の確認もしますが、統合の方も確認したいですね。とりたいスキルがありますか?既に単位を取得済みのものだと早いですが」
「料理と裁縫は選択しました。でも、初歩ですし、家で内職を頑張るような生まれでもなかったので……介護や農作業の方を優先してたし……魔女って畑仕事もするのか、知らなかった。気持ち的には『料理』を取りたいですね。腹ペコ狼がいるので、食料の調達と加工はかなり重要に」
「いいですね。『料理』でバフもかけられますからね」
疲労回復や治療に似た効果、体を温めたり冷やしたり、食べ物が持つ本来の効果を強める支援能力に発展する。戦う体を作るためにも必要なものだろう。
「さて、感じられますか?」
全ての用意ができて問いかけられる。隣には『調薬』持ちらしい若い女性も並んだ。
「そうですね……下級回復薬が作れる材料が揃ったことだけがわかりました」
「魔法と同じですよ。生産職も実力が伴えば材料が揃うと感じられるようになれます。便利ですよね」
「……分量は」
「分量も手順も手探りです。けど、魔法と違って先駆者達が3年かけて見つけ出したレシピがあります。とりあえず、私の真似をしてくださいね。簡単ですから」
「よかったです」
ダンジョンからレシピが手に入ることもある。ただし、そちらはそちらで語学系のスキル保持者が必要だった。何か書いてあるのに、スキルがないと読めもしないというのが基本なのだ。
「先程の『魔術書』の件も、研究して解明するか、とりあえず魔力を流してみるかの二択です。ただし、先程の『魔法』と『魔術』の違いの一つになりますが……『魔法使い』は無意識でも自分の魔力で怪我をしません。自分を中心に発動しても本人は無傷。得意属性を極めれば味方を傷つけず、敵からの攻撃も無効化しはじめるそうです」
「あー……つまり『魔術』は……絶対大事故起きてる」
「薬は研究施設でのみ実験してますよ。身を守れる人だけが日夜、毒を生成したり爆発させたり。私は怖くて嫌ですけど、同期に元々防御系を引き当てて趣味のスパイス調合からスキル会得してそっちに行った猛者が。毎日が命懸けだって楽しそうです」
どうでしょうと隣から微笑まれて、全力で首を横に振った。基本的に解読してからがいいだろう。
「日本にも『図鑑』系や『鑑定』系の情報が得られるスキル持ちが増えてくれればいいんですが」
それでも難しいのは、どのスキルもまずは対象を手に取らなければならないこと。せめて直接見なければならず、『鑑定』は習熟度によって見られない情報も出てくる。相手の力がスキルの持ち主を上回っていてもいけない。
「非戦闘スキルはどうしても戦闘スキルよりスキル自体の成長が遅くなってしまうので、上位スキルは見抜けないことが多いそうです」
「どう足掻いても手探りですか」
「戦闘もできる『魔女』には期待してますからね!たまに護衛ありで毒を撒きに行く程度の私とは全体的な成長度合いが違う。スキルでの生産活動は体力や魔力量が作れる数や作業時間に影響して……薬の材料だとわかっていても、扱えないドロップ品も多くて」
「それも、頭の痛い問題ですね。保存が効かないものはスキルで『出荷』して処理するしかない。虚空に消えては買い戻しもできません」
特定のスキル持ちは就職に有利だ。美里も大学で最後のひと推しと予防接種を行う先輩を何人も見た。ここにくるまでの車内でも、国が雇用したいスキル群が掲載されていたのを見ていた。
「『調薬』は高級取り確定でしたよね」
「それはもう、就職活動でスキル手に入れた時は叫びましたよ。まあ、人が揃えばだんだん下がるわけですけど、走りから頑張れば将来安泰」
「……あ、初期の勝ち組の方でしたか」
「『調合』は得られても『調薬』はなかなか。スキルなくてもできますけど、品質が……問題なんですけど……」
「……なんでしょう?」
くるくると鍋の中身をかき混ぜる美里。その手元が何かおかしいことに気づいた周囲が取り囲む。当人は言われた変化を見逃すまいと話しながらも集中しているので気づかない。
「いえ……続けてください。多分大丈夫」
「多分?」
「すみません。結界を張ろうと思ったんですが……美里さんに張れません。どうしましょうか」
隅にいた女性職員が一人困った様子でそう言った。
「回復薬の準備と、私たち以外への防御で」
「え?私も薬被る感じですか?」
「美里さんだけでは不安になるでしょう」
「いや、既に不安なんですが??」
何がダメ?できたけど??と完成した感覚に任せて瓶に移す。そうして完成したそれと、見本を並べて美里も気づいた。
「何か……変では?」
「恐らく『最下級回復薬』なのに、なんでそれより上の風格なんでしょう?『下級回復薬』のレシピだし、手順、手際からして。今まで見た職業スキルによるバフ効果とも違うような」
「???」
全員で覗き込む。薬関係の上級者を、いや、商売系でもいい。そんな声が飛ぶ中で、美里はよくわからないままひたすらにじぃーっと薬を見て……
「……『魔女見習いの最下級回復薬』?」
「……薬関係への鑑定効果追加。あと、輸送準備。東京速達」
「魔女見習いって階級でしょうか」
もうよくわからんと美里は唇を尖らせつつ、全ての液体を瓶に分けていく。そして、気づいた。
「一本の分量が多いってスキルが文句言ってます」
「……その量だと5本きっかりできるはずなのに、なんで6本目を求めた上で分量が多い??いや、そもそも」
「感覚で分量がわかるのは相当熟練の上位スキル持ち。それも一回目でわかるのはおかしい」
「最早おかしいところしかない」
専門職系だと簡単な鑑定能力が付随していることはよくある。薬の出来上がりが確実におかしいのは、例がない。感覚のままに薬を分けなおしてから、とりあえず他に何かわかるかやって見てほしいと言われて集中する。
「これよりは回復量が多そうとしか」
「そうですか」
唸りながらそうしていれば、不意に無線が置かれる。何かアイコンタクトが行われたと思えば、ザザと無線が繋がった。
「12時だ。手を止めて食事にするぞ。ランチミーティング込み。もう大量に準備済みとのことだから、話が頭に入らなそうな腹ペコ狼は先にある程度補給を終わらせろ」
それに時計を見るともう12時に近い。薬作りで小一時間は使ったと自覚して立ち上がる。やることが多過ぎるので、ミーティングでどれを優先するか相談しようと決めたのだった。
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