第21話 地上組『反転』

健康に問題なし、魔素酔いもなくなった。柔軟や筋力に変化はなし。そして、外に出る。そこから、おかしなのが二人出た。


「馬鹿でないの?」

「そう言うな」


まず、歩行や走りに影響するからとただ垂直飛びをしたところ、1メートルほど跳んだのが一人。一番軽く本当にちょっとのつもりでその倍跳んで自分で驚き、はるか頭上で体制を崩し『跳躍』持ちの隊員に助けられたのが一人。


前者の一名はすぐに上がった跳躍力を理解して次の持久走に入ったものの、延々と走り続けている。


「ぎゃっ!またっ!!横ぉっ!!!ぐぇっ!」

「……お淑やかな義姉さんにあるまじき悲鳴」

「いや、ゲームで負けそうな時はあんな声出してるよ」


後者は最終的にスキル取得一日目で三階まで手を届かせ、一度だけならできそうだと空中を蹴っている。ただし地面と違って二段ジャンプの足場が安定しないらしく、真上だけのつもりが前や横に射出されては『跳躍』持ちの教官に捕獲されてくの字になっていた。


「響はそもそもエリートだからな。情報伝達速度重視の伝令としての資格も高レベルだったはずだし、道なき道をサバイバルして荷を運べる上級の運搬資格持ちは伊達じゃない」

「あー……今ぐらいの距離はスキル前でも走れるんだ」


体力測定でぐったりしながら話していれば、休憩終わりと言うように寄ってくる教官。


「ではそれぞれスキルの検証を進めましょう。美里さんは室内で生産から。そちらからの制御を学んだ方が効率がいいと思われますので」

「あ、はい。じゃ、あとでね」

「ああ」


どこでも構わない和樹はそのまま外に設置したテーブルに落ち着く。自衛隊員一人に加え、危険性が低いからか、戦闘はできなさそうな男性がパソコンを手に同席した。


「伝聞のみ、それも海外からのものなので確認しながら行きましょう。私、本来座学を担当させていただくはずでした……」

「あ、はい」


よろしくお願いしますと名乗りあって頭を下げる。


「まずは対象に触れて転がすことからはじめます。鍛えれば触れずともできるようになるそうなので、小さなものを遠隔でできるようになるまでとにかく訓練あるのみですね」


そうして置かれたのは小さなサイコロ。


「まずはスキル名を……」


コロン。人差し指で触れ、とりあえず転がそうとした。それだけで押してもいないのにサイコロが転がった。


「……転がりました」

「問題ありません。特殊系は最初の発動が難しくて、イメージの補強に言葉を使います。妹さんも無意識で魔法を使ったそうですし、三嶋さんは適応が早いですね」


使えなきゃ死ぬサバイバル経験者とは違い、予防接種からの取得者はスキルの初回発動まで手間取ることが多いらしい。スキル発動のエネルギー、魔素や魔力のようなものが足りていないのではと言われているが、真実はまだわかっていない。


「何度か転がして感覚が掴めたら、サイコロを1から順番に出してください」

「……3から4」

「はい」


ころころころ。1、2、3と転がして4。3までは簡単に転がったが、次もぱたりと転がって6が出た。3から4が出ないを三回繰り返した後、和樹は運動場の喧騒を忘れた。ただひたすらに指に乗るサイズのサイコロを転がす。そのうち指で直接触れずとも机の上をぱたぱたとサイコロが進み出した。


「3、から……4!!!!」

「おめでとうございます。3回連続で成功させた後、私がランダムで数字をいいますので素早く正確にお願いします」

「3回連続……」


2回目を成功させ、3回目を失敗。けれど、すぐに3回成功させた和樹はそこから本当に夢中になった。大きさや重さの違うサイコロをコロコロコロコロ。


「浮い、た!!!」

「「「おお!!」」」


情報はあれど、実際に確認されたことはないスキルだ。未知の検証は盛り上がり、盛大に遊んだ。いろんな意見を取り入れ、最終的には手のひらの上でサイコロが浮かんだ。


「『反転』とはって疑問はあるが」

「スキルの作用を応用するのは基本ですよ」

「あちらの『跳躍』も、衝撃緩和系を含むスキルですが、『跳躍』で緩和できるのは足から着地した時のみ」


足からの着地のみとはいえ、最初に衝撃を受ける部分が足であれば『跳躍』のスキルレベルに応じて衝撃が緩和される。突進してくる魔物相手にわざと蹴りに行けば攻撃の威力を減衰させた上で退避ができるし、吹っ飛ばされて壁や地面にぶつかりそうという時も足を最初にぶつければ緩和できる。


「……つまり、あの真横吹っ飛びの頭からは」

「危険です。『跳躍』持ちが誤って壁に激突して重体という事件を、私は目の前で見ました」

「同じ件からわかりませんが、後から現場見ましたよ……壁のシミが生々しくて」

「うわぁ……」


しっかり制御してもらいたい。空中でキャッチされ慣れてきたらしい嫁が教官と一緒に空中で足を下にするよう体勢を整える。そしてふんわりと着地。


「……赤木さんの方は、終わりませんね」

「最早鬼ごっこ。それも身体能力が高すぎて引く」

「訓練と同じようなものですね」


優秀だと褒められる和樹の手の中では先ほどのよりも大きく重いサイコロがまた浮かび上がる。これが何か今後使えるかと言うと微妙な気もするが、訓練には丁度いい。スキルを使い続けることが何より大事だと言うのだから、話しながらでも使えるのはいいことだ。


「こうなったら室内の『魔女』の進捗も気になるものですね」

「彼方もリアルタイム更新の筈ですから、見てみましょう……か」


『魔女』

内包スキル:『生活魔法』、『調合』及び『調薬』、

未確認:『魔法』『呪い』(仮称)

備考:生産スキルほぼ全てへの適合感覚あり


「……検証が長引きそうですね」


調薬生産品への特殊バフ

生産物『魔女見習いの最下級回復薬』通常の回復薬より回復量が上昇(『鑑定』を申請)

薬関係への『鑑定』系能力確認


話している間にも次々新情報が増える。纏まっていない情報が次々と追加されては、自動整理なのか手動なのか、見やすいように整理されていく。


「和樹さんについては、制御は問題ありませんし、今後は訓練あるのみ。可能性を探るのは個人で問題ないでしょう」

「はい。……私くらいは通常の研修が受けたいなと」

「他二人が能力の把握と制御で手一杯そうですしね。和樹さんは通常の棟で他の訓練生と座学や訓練を受けて問題ないですね」

「あ……上から通達がありましたね」


ふと、通知が届く。それは和樹個人にも届いており……


「狼と魔女が問題児扱いされたせいで、家長代理兼チームリーダーの負担が増えた……」

「かなり詰め込んでも、2ヶ月後の資格取得の頃に完全に自由行動できるかどうか怪しくなりましたね」

「響が完全制御で隔離が解かれるのが先か、俺が制御能力を得て緩和が先か。同時進行だな。やれます。対面授業は最低限で飛びます。伊達に18で大学まで出てない」

「……それをされてきたから、学生時代の班長経験が最低限になられたのでは?」


なんとも物悲しい空気が満ちる。管理などの勉強は全て和泉に任せて好きな勉強して就職した。妻も同じく飛び級で補佐系統。自分がやるしかないと和樹は覚悟を決め……


「12時だ。手を止めて食事にするぞ。ランチミーティング込み。もう大量に準備済みとのことだから、話が頭に入らなそうな腹ペコ狼は先にある程度補給を終わらせろ」


ぽんと差し出された無線機で指示を飛ばす。運動場の方でばびゅんと大きく跳ねた響が教官について棟内に駆け込んでいく。


「……犬の訓練士の資格もとろうかな」

「警察と災害は此方でも受けられますが……その場合、パートナーの犬は赤木さんが務めるのでしょうか?」

「「「………」」」


ちょっとそれはどうだろう。だが、知識だけは何か役に立つのではないか。響にとっても狼としての能力を伸ばすのに犬の訓練は役に立つのではないか。微妙な空気になった周囲に合流してきた彰子とその教官達が首を傾げた。


AM11:47

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