第17話 1ヶ月後、地上組
『天秤』が最大規模ダンジョンに呑まれて1ヶ月。
集合場所へと集まった4人の顔は、それぞれあまりにもげっそりと窶れていた。
「……あの……大丈夫ですか?」
思わず問いかけたのは迎えのために待っていた自衛隊所属の職員。その問いかけにそれぞれ大丈夫ですと答えた4人はしっかりと挨拶してから後部座席へと乗り込む。出発まで、とても静かだった。
「私が一番やばいはずだった。1ヶ月で足りない単位を大学のフルサポートで全部終わらせた私よりやばい1ヶ月を過ごした人はいないと思ってた。サバイバルしてる人は例外として」
「……は?全部?」
「いやー、大学で先生に相談したら、まず届いてる大量の申請をきっちり処理しろと叱られた」
言われるままに些細そうなものまでぽちぽちと処理し終わると、所属する大学からの大きな支援が受けられるという通知が届いた。それを事務室で設定するとあら不思議。
「やばいと思った1ヶ月のスケジュールが、さらにみっちみちでやばくなった。貴重な自衛隊での研修中に外でも受けられる講義やテストで時間を無駄にするなって」
「……スケジュール的に帰らないとは聞いてたけど、連絡が一つもなくて驚いたのよ。そんなことになってたとは」
「必要作業以外は電子機器に触らなかったからね」
朝から晩までみっちり座学と実習。本来なら問題だろうレベルの、本気の朝から晩までみっちりと勉強と試験を行った。美里1人のために特別につけられる講師に1人で受けるテスト、平時より厳しい監督官の鋭い視線。寮の部屋にたどり着けば倒れる生活。あまりの様子に友人に世話を焼かれた。1ヶ月で冒険者として研修に向かうと知れれば、先生やら学生やらから朝昼晩、ほぼ激励に奢られそうになるくらい全力支援だった。
「投げ銭は嬉しいけど、大量に貰うとびっくりするよね。『天秤』の妹で、二十歳間近とはいえ完全に扶養されてる学生だから……誇張なしで日本全国からあったみたい」
「ああ、個人にも入るんだったな。……家にも見舞いが送られるんだ。あと、冒険者になるってなるとあれも起業扱いで……」
「……兄夫婦が窶れてるのは事務作業のせいですか」
ぐったりと問いかけられて、若夫婦がそれぞれぐったりとする。やってもやっても終わらない山が今も積み上がっているのだと遠い目をしていた。
「そもそも、そういう面倒な事務作業全部やってくれてた家長がいなくなって……生きてるからこそ引き継ぎが難しい。家のもそうだけど、あいつの個人資産とかがまあ難しい」
「最初は家でやってたけど、本人確認が面倒くさくて毎日役所に缶詰。機材に貼り付け状態。和泉の友人ってなるとまず特異点の方々になるから、すぐに対応しなくていいって一言添えられてても、相手の立場と額を考えたらすぐ対応しないわけにもいかない。国から県、市に地区からも……有識者ばっかり。これまでの貢献が大きすぎる」
「そして、今後も三嶋家としては貢献しなければならない。まず所有する土地の管理……つまりあのクソ立地にできた巨大ダンジョンの周辺整備。あとついでにあの近くに家を建てて、これから俺たちがお世話になる訓練所とかの類いも準備する」
「和泉に万が一がない限り、ドロップ品収益がないダンジョンなのに。うふふ……周辺全部和泉の土地なのと、和泉がとちる可能性が低いと見られて投資しようと思う人が出ないっていう。国が防衛のために手を入れる以外はみんな二の足というか、遠慮なのかな?別に和泉はナワバリ意識とかないから手を入れられても怒らないのに。手続きは面倒だけど」
国や県、市、地区の代表と話し合いを重ねて、どう開発するか他今後について、この1ヶ月は怒涛の事務作業と会議が重なり、それをこれから一手に引き受けることになる彰子はこの後が恐ろしい気持ちだった。
「運営に人手を雇った方がいい感じ?私とかが手伝ってなんとかなる?」
「あくまで家の仕事になるから……暫くしたらうちの両親と祖父母に、必要なら叔父もこっちに引っ越してくれるって」
「あ?そういえば武内ひとりっ子で跡取りか。嫁入り3年経過で武内が三嶋の分家に入って家業を手伝う……。俺も籍を移した方がいいんじゃないかって母さんが言ってたような?」
忙しくて聞いていなかったと目を丸くした響に、和樹が全力で首を横に振った。
「今成人の働き盛りの男が増えると税金がさらにやばい。扶養が大学生の美里だけなのに、その美里が冒険者資格取って収益出たら完全社会人」
「子どもができたら楽だろうけど、すぐは無理だから……養子もこの忙しさだとね。私に弟妹ができる方が楽かな」
「三嶋の養子って養子になる子の方に相当覚悟いるしな。家格が少人数で上がり切ってて、分家になる武内も、完全にW一族だから」
Wとは、50年の間に変化し、高い能力を持つと同時に性的な身体機能が停止している人々の表現だ。彼らは相性がいい人と出会わなければ子どもが作れない。そのため、独身者がどうしても多い。適合する相手と恋愛関係になるよりも、結婚したいと思った時に自然と相手を思い浮かべるのが一般的だ。和樹もダンジョン発生という大事件を受けて結婚しようと彰子の元へ向かった口だった。彰子もWだったことで、とてもすんなり結婚に至った。
「
「……よく考えなくても、三嶋に武内に赤木ってなると地区コンプリートなんじゃ?」
「いや、川上もだな。もう四十近い息子さんだけど、どれだけ顔合わせしても相手が見つからないんだと」
「はっ!じいちゃん先生のお家か!……医者の一族となると惜しいよね。そういえば、嫁が見つからないとか、本人にその気が薄いとか聞いたような」
Wだったかと、全然知らなかったと言う美里も確認を受けているのだが、全く意識がなかったようだ。
「とにかくいろいろ負担が大きくなるからダメだ。ただでさえ、資産的にデカい三嶋と、人数的にデカい赤木だから……今のところ、響は雇う形で。そもそも、移すのも時間かかるし、移したら移したでそう簡単に戻せないからな」
例えば、響が三嶋に婿入りすればまた違うのだが。和樹は言葉を飲み込む。和樹だけでなく、他2人も沈黙する。
「それで、赤木さん?は?」
「響でいいよ。家が臨時繁忙期で、最後のひと稼ぎを。重要物資搬送とかになると、上級免許持ちは引っ張り凧。依頼主は国か三嶋かだった」
言ってからぐったりした響に、全員が納得の頷きをする。最も肉体労働による窶れ方だった。普段から鍛えた彼でも窶れる激務とは恐ろしい話だ。
「1ヶ月で半年分とは言わないけど、それくらいの収入になった」
「そんなに?」
「そんなに。一応退職済みだし、ダンジョンの危険手当とかも上乗せがそこそこ。……本当なら、今日同伴でみんな予防接種できたらよかったんですけど、あれは暫く無理。耐性が低い嫁さんとか子供から順番に近場で、仕事の合間に素早く済ませないと、滞ると俺の活動にも影響しそうだしってことで」
とても、車で1時間半はかかる位置にある自衛隊の駐屯地に出向く余裕はなかった。
「あと、狐はなしだって」
「
「わかる……私、狐の写真見ちゃった。赤い目の狐。姿だけ見たら可愛いって思っちゃうから。他の県には刈り取ればいい植物系で、攻撃力も軽いビンタくらいの魔物がいるらしいよ?羨ましいね」
「よく鬼の日程でそんな情報仕入れたな?」
「……友達とか先生からのご厚意?で」
疲労とはまた違う意味でどんよりした4人の気配。それにバックミラー越しに運転手が苦笑した。
「では、少し説明を宜しいですか?」
その言葉に全員がハッとする。必須ではありませんが、道中長いのでと微笑んで、タブレットを確認してくださいと告げる。
「今向かっているのは、かの有名な、運動場のど真ん中にダンジョンが出現した駐屯地です。到着しましたら、入り口で本人確認を行い、今回皆さんを支援する部隊の案内ですぐにスキル取得を行なっていただきます」
怪我をした場合に備えて、回復薬を人数分揃えており、費用はかからない。そう説明されて驚くが、注釈があった。
「支援を行うのは若手であり、ダンジョンにおいて現場で任務を行うのは初めてになります」
自衛隊側も試練だった。ベテランの戦闘スキル持ちの監督がつくし、本当に心配はない。空気が試験に対する緊張を孕むかもしれないし、大きなミスを犯すとその場で雷が落ちる可能性もある。その辺を了承してほしいと言われて4人とも問題ないと頷いた。
「スキルは個人情報です。必ず報告しなければならない物ではありませんが、未発見スキルについては情報提供をしていただきたく思います」
スキル取得までの流れを説明した後、タブレットのスキル一覧を見るようにと促される。
「ただし、特に注意が必要なレッドスキル及びイエロースキルが存在します。魔物だけでなく人や動物にも影響が出る『誘引』系から、うっかりが多いため制御の確認が必須の身体能力の大幅向上系、勝手に利用すると法律に触れることになる商売系などです」
未発見のものであっても、この系統は申告を。と、そう説明しはするが、彰子以外は国による支援で訓練を受けるのでどんなスキルであっても申告して教えを受けることになる。ただ、レッドは即時申告を強く言われた。
「スキルを取得しましたら、健康診断を受けていただきます。体調の方に問題なければ、スキルの報告と少々の座学の後、昼休憩。その後は体力測定から時間があればスキル別の簡単な指導に続きます。レッドスキルを引かれた場合は順序が変動しますが、内容は同じです」
事故が起こるだけあって、スキルを獲得するだけで運動能力が飛躍的に変動する者も多い。現在の能力を正確に把握して、合宿中の指導方針を決めるようだ。
「……とりあえず、レッドの内容が酷い」
「暴走しやすいスキル群ってのには納得するな」
事故事例が簡単にでも書かれていると警戒心も増す。特に変身系で理性消失、本能のままに行動してしまうだとか、周囲を巻き込む系は酷い。自分たちがこれから魔物とはいえ狐を倒して手に入れる力は何になるのかと、レッド以外のリストにも目を通しながら仲良く車は走る。
「昨日の鶏の感覚が残る手で、今度は狐か」
「「……昨日!?」」
「あ。美里ちゃん、回避世代か……辛かったろ。俺ははじめてのあと1週間は引きずった」
「間隔をあけないほうがいいし、背水が一番いいって聞いてそうした」
教師と監督官と元気な鶏。気合いの言葉は会いたいだった。
「目的がはっきりしてればいけるよ。生きて会う、そのためなら。いっちゃんはもう、沢山命をいただいてるだろうし」
「そうだな」
今頃幾つのスキルを手に入れたことだろう。しんみりとした空気の中、一向は目的地へと到着した。
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