第16話 三嶋和泉1-8

ダンジョンで罠を張り、採取を。『箱庭』の中では料理と調合、木工で主にお皿などの小物を作り、畑の手入れをする。一人で何でもやらなければならないとなると、あれもこれもと忙しい。最高品質で作り出せたならあとは自動化できるという反則技がなければとても手が回らなかっただろう。


「で、最高品質を作り出すのも大変だっていうのにまた新しいものに手を伸ばすっていうね」


取り出すのはダンジョンうさぎの毛皮。ドロップ品は品質にもよるが、大体同じくらいの厚さで肉がついた状態で落ちている。その肉を削いで、言われるがままに処理していく。


これがとても難しかった。


「羊皮紙はやばい……絶対やばい……紙……コウゾ、ミツマタ……ガンピ?」


植物を使った紙作りに思い巡らせるくらいには大変だった。どのみちそっちもそっちで大変だと思いつつ、目前の難作業に現実逃避。ふわふわの毛皮のついたままと剥いだそれとはまた違うだろう。毛を一本残らず排除するという作業もまた大変だろう。そう思いながらそりそりそりそりと肉を削ぐ。狩りの方法のお陰で、全体的に毛皮の品質が良いことだけが救いだった。


「まあ……無事なところを小物とかにすれば、ね、うん。つぎはぎとかでも別にいいわけで」


言い訳を口にするぐらいには穴を開けた。穴は開けるし、肝心の毛は抜けるし。ストレージに入れれば時間停止、なんて裏技がなければ疲れたので中断を何度も挟んだ毛皮は使い物にならなかっただろう。


今のところ、ものづくり系では木工で柔らかい木を加工するのが一番良いと思われた。タスクが溜まりすぎて、正直辛い。


「(和紙はまだ、葉書サイズを手作りした経験あるけど……羊皮紙はなぁ……)」


和泉はあまり肌が強い方でもない。あっという間に荒れる手も、最早常飲する魔法薬を飲むだけでなく、毎夜ハンドクリームのように手に擦り込んで治していた。あまりの薬漬けで中毒が怖いが、まだその予兆はない。和泉の体は1日2本を毎日飲むまでは許容範囲のようだった。


肉を削いで、クエスト報酬などで手に入れた手作り天然薬剤につけて、揉んで伸ばして。手間がかかればかかるほど、ありがたい思いが増す。うさぎはなかったが、鹿と熊の毛皮と、牛、馬、猪の革ならば手に取ったことがあった。今まで上質なそれを手にできたのは、職人の努力があったからこそ。


「できればずっと専門家に頼みたかった。正直、毛皮よりは……糸なんだ」


毛皮関連は全くの未経験だが、紡績の方はかなりの経験があった。というより、和泉の本職はPCを使った諸々の管理と、自宅での機織りだった。

学生時代、外仕事・肉体労働系の職業科目の単位を取れないため、内職で補った。家庭科で裁縫系は網羅した。糸紡ぎ、機織り、服の仕立てに刺繍など。和泉に一番向いていたのが機織りで、PC作業の他元気な時は布を織っていた。今の時代、布関連で動力を必要とする機械が使われるのは安全な作業などにどうしても必要な化学繊維関連のものだけに絞られている。


《毛皮の数が足りません》

「あ。うん、そうなんだよねぇ」


スキルのレベルも考えればと意識を飛ばしすぎたのだろう。現実に引き戻す『箱庭』の声に和泉ははっとして頷き返す。納品を行って、毛皮のまま利用するだけでなく、毛を糸にとなれば相当な数の『ダンジョンうさぎ』を狩らなければならない。たとえどれだけ広くとも、第一層を狩り尽くしても到底足りない。


「うさぎ1羽が確率で肉か毛皮に……」


肉も骨も皮も毛もどれも使い道がある。あり過ぎて足りない。うさぎだけで賄うならば。『ダンジョンうさぎ』を狩り尽くし、『箱庭』の中で繁殖させれば。そもそも、進めばうさぎなどより効率的な家畜魔物がいるはずだ。いて欲しい。


「……動物」


たとえ魔物でも触れ合えたならあたたかいだろうか。少し考えてしまってはっとする。ずっと考えないようにしていたことを、考えてしまいそうになる。


「(……山からおろすべきだった)」


人だけでなく、せめて飼われた生き物は。けれど、愛猫はいつ儚くなっても不思議ではない老齢。除草部隊の山羊たちだって、周辺管理のためにもゼロにするのは問題があった。だから、繁殖を引退した個体だけを残していた。それでも、やはり巻き込むべきではなかったと思う。


ダンジョンに巻き込まれた生命体は、人間以外消えてしまう。人間もまた、ダンジョンに飲み込まれた際に耐えられないと消えてしまうという話がある。一緒に飲み込まれて隣にいたはずの人がいなくなっていたという話が最近になって増えた。

動物たちはダンジョンに入ることを拒絶する。その代わり、ダンジョンから出てきた魔物には積極的に襲いかかる。その際、恐らくはスキルを獲得していると言われている。


せめてダンジョン発生から逃れてくれていればと思う。だが、一瞬で山一つ軽く呑むような規模のそれから逃れられるはずもない。


「(余裕ができたら、お墓を作ろう)」


供養、慰霊……まあ、なんでもいい。巻き込まれ消えた全ての命に。和泉がその手で倒し、利用する魔物達すべての命に。その魂がせめて……


《マスターが飼育する生き物はマスターの所有物、財産として認識されます》

「……ん?」


手を動かしながら、静かに命に想いを馳せていれば、唐突に『箱庭』が話し始めた。


《人間以外の生物はダンジョンに取り込まれてしまうため消失していますが、その魂は保存されています》

「魂は保存……魂は??」


『猫の魂(グレイス)』

『山羊の魂(ギムレット)』

『山羊の魂(メイリン)』

『山羊の魂(ヤックル)』


 表示されたのは所持品。分類は『魂』。


「……グレイスはともかく、ヤーさんギーさんメーさんの正式名称とか書類にしかないって。そして、今代のギーさんの名前がやっぱりかっこいい」


10年以上の古株で、残った三頭が奇跡的に長年三嶋家周辺で生まれてきた世襲制ヤーさんギーさんメーさんの後継者たちだったのは運命だったのか。平和な時代に除草部隊ペットとして飼われていた初代たちから50年以上……巻き込んだ上に魂を保存など数奇な運命である。


「……魂保存してどうするの?何ができる?」

《不明です》


現在何もできない。いや、未来で何ができるのかとても知りたい。まさかとは思うが、死者蘇生なんてそんな。


「……あったらだめでしょ」


困惑の問いかけに返答はない。完全に作業の手が止まってしまっていた和泉だが、乾いた笑いを溢して頭を振る。


「いや、ないない……流石に……復活させてどうするの」


若く復活したとして、他に同種もいない『箱庭』の中でどうするというか。たとえできたとして、己の慰めのためだけに復活させるなんてそんなこと……


「毛皮毛皮。うさぎの毛皮で色々作る」


そのために状態よくなめすのだ。先のことなど気にしてはいられない。和泉はどうにもならない問題を忘れるため、目の前の現実と向き合った。

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