第12話 三嶋和泉1-4

『箱庭』の中で自給自足を目指すのであれば、初期段階から農耕を行う必要がある。2日目の午後は、クエストで促されるままに空間内に土入れをした。ただ土を入れるだけでなく、周辺を整備を行うことでいい効果を得られると聞いて土を踏み固めただけの道を敷いて自宅と物置になる小屋などを繋いだ。


準備は万端。しかし、農業に不可欠なものがまだ見つかっていないため、種まきはせず。



「きた!!一階層なのに広すぎなんだよ……」


ダンジョン生活三日目。

最初に歩き出す方向が悪かったと地図を見て思う。しかし、ついに水場と、さらにその近くに階段を見つけた。自然の風景の中に存在する階段の異質さに和泉は苦笑する。気にはなるが、まずは池だ。


「(一番深くても太腿くらいかな?生き物はなし)」


水生植物は確認できる。今まで確認された限り、こういう水場は湧き水であり、飲用にできる。ただし、含有する魔力…魔素が階層が深いほど濃くなっていくため、一度沸騰させるなど処理をした方がいいらしい。


迷うことなく水際にしゃがみ込む。ざぼんと木製の手桶を水の中に沈めたら、一度持ち上げようとして断念。そのままストレージへと送り込む。再び手桶だけを取り出したら、またざぼん。それを何度か繰り返して、クエストを達成していく。疲れたらすぐ休憩だ。


《“♪”行動により、スキル『罠』を獲得しました》

「おお?」

《獲得したスキルはスキル『箱庭』に統合されました》

「了解です」


予め大規模複合スキルと聞いていたから驚きはない。しかし、どうして今のタイミングなのだろうと考えて、気づいた。現在張っている罠は、近場に一つ。仕掛けたばかりだった。ここは恐らくこのダンジョン唯一の水場であり、今の間にもたっと駆けてきたダンジョンうさぎが水を飲んで去っていく。


「大当たり!」


足を取られてジタバタする獲物の姿に笑って歩み寄り、逃げられる前に“きゅっ”。2匹目の討伐、ドロップはまたしても肉。


「肉と毛皮3つずつだっけ。結構早いか?」


それぞれ魔物ごとに討伐数とドロップの納品のクエストがある。箱庭の場合はそのドロップの加工にも細かくクエストを用意してくれているのだ。結構な数が必要になるだろう。


「今のところは罠の作成と設置・強度に少し補正」


育てれば偽装も上手くなっていく。箱罠などに移行していきたいので手早く育てていきたいところだ。しかし、正直、スキル『罠』の詳細情報を和泉は知らない。恐らく育てて情報を公開しているとは思うのだが、和泉は見ていなかった。見ていたとしても覚えていない。しかし、見ていた場合は……


《スキル『罠』の詳細をオーナーは目にしたことがありません》


こうなる。箱庭は和泉の履歴を詳細に把握しているため、忘れているだけなら情報開示を行ってくれるのだ。しかし、国が一般に広く情報を公開しているということは?


《日本国が公開している情報を表示します》

スキル『罠』上位スキルは『罠師』

成長すると生成と設置速度上昇、罠の強度上昇、隠蔽効果付与及び上昇。

『罠師』設置場所の選択に補正。自ら仕掛けた罠を遠距離から手動発動することが可能。罠にかかった獲物に対して攻撃力上昇、捕縛力上昇。


こうなる。とても優秀なスキルである。しかし、現在も地球への接続とテクノロジーの解析は続行中。量が多いのと擦り合わせに手がかかっているらしい。


「あれか、『狩猟』とかとすぐ統合されてなくなるやつだ。思い出した」


罠だけ張り続けるというのはなかなかない。『狩猟』は潜って活動していると大体得ることになるスキルとされていて、最終到達点は今の所『狩人』。ダンジョン活動において基礎的なもので、取れなかったり取っても育たない人はそもそも運動が向いていないとか、獲物を捌けないタイプだと言われている。ダンジョン生物はドロップ制で捌く必要ないだろうと思われるが、ダンジョン外で倒した場合は死体が残る。……そういうことだ。


「適性大事。私はどこまでかなぁ」

《外での活動は身体的には向いていませんが、素質については『箱庭』を習得できるだけのものを持っています》

「幅広く?」

《身体的に欠如していることで成長速度が遅くなる代わりに、戦闘生産に関わらず数多くの素質を持ち成長限界が高めになっていると思われます》

「ここでも通常運転の天秤でした」


何かを失う代わりに何かを得る。何かを得た代わりに何かを失う。生まれた頃から、物心ついた頃から当たり前だった和泉の世界の当たり前だ。


「戦闘は素質があってもこの体じゃ壊滅的だし、そこで釣り合い取ったか……あ。そうだ。天秤……特殊体質ってダンジョン、というか、魔素のせい?」

《違います》

「間髪入れず!……って、え。違う?」


まさかの返答に和泉はぽかんと口を開けた。そんな彼女に箱庭は淡々と説明を続ける。


《魔素であれば、デメリットでしかない能力は発現しません。そしてスキルについては自己意思で発動が停止できます》


例えば『毒耐性』とその先の『毒無効』。毒が無効になると薬やお酒なども弾いてしまう。しかし、スキルを使わないという選択ができるので、効かせたい時は止めればいい。スキルは謂わば、魔素を利用するための道具なのだ。


《ダンジョン発生の前から魔素の侵食は始まっています。元々存在した能力を強めた可能性は存在しますが、侵食が始まった時期などは特定できません》

「……ダンジョンができて、特異点の発生理由がこれだって話題になったのに違う……驚きの新事実」


この世界にも元々そういう力はあったのか。古来より何かと、霊が見えるだとかスピリチュアル的なものは存在し続けていたのだからあり得るのか。

驚きながら次の場所を決めて座り込む。本日二度目の罠作りだが、スキルのおかげか手早い気がする。


「しかし、そうか……スキルに不運系はないのか」

《存在させようとした場合、魔素を動力とするため侵食力が増します。取得者の心が塞ぐだけでも普段より魔素への耐性が落ちます》

「それは無理だね」

《詳しく開示できませんが、人間はスキルで体をどれだけ強化しても心を損なえば死んでしまいます》


詳しく開示できないのはどの辺だろうか。もしかしなくても、不死的な力が存在するのだろうか?


「最近生還した『勇者』のおじいちゃんがどうも若返ってるっていう噂ですが」


反応はないが、否定はされない。であれば、そういうことなのだろう。


「よし、じゃあ帰って休もう」

《展開します》


早くも慣れてきた感覚に任せる。石造の自宅前。装備から早々に体を解放し、クエスト報酬を一括受け取り横になった。午後は種まき、結構な面積に土入れをして畑に変えたので、かなりの作業になる予定だ。

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