第11話 三嶋和泉1-3

目が覚めて、ぼんやりとしたままいつも通りの動きをしようとして気付いた。見慣れない石造りの室内……殺風景な部屋。ここは住み慣れた自宅ではなかった。


「……はこにわ」

《“♪”おはようございます。現在時刻は8時37分。オーナーの健康状態は、オーナーの基準で疲労が強めに出ています。回復薬の服用をおすすめします》


朝から残念なお知らせであると和泉は布団の中でため息をつく。それでもどうにか体を起こして枕元に置いていたポーチから回復薬と水筒を取り出した。目が嫌なほど冷める草汁を飲み干して水を飲めば、すっと体が軽くなる。

生まれつき得た病からくるものは何一つ抜けないが、疲労や動いたことによる体のダメージが癒えれば随分と違った。


こだわって先によくした水回りを済ませて、昨日焼いたあれこれを取り出して朝食。箱庭の勧めに従って、簡単な汁物も作った。どこぞから出土しそうな壺?を調理道具の中から召喚して、ことこと。きのこ各種と塩だけの味でも温かいものは身に染みた。


「(……思ったより、きつい)」


田舎の奥地で一人暮らし。一週間人に会わないことなど普通だ。だが、ネットが繋がり、誰かと交流することができるとなると違う。ネットは祖父母の世代が言うほど早く安定などしていないが確かに繋がるし、ラジオだって聞けた。誰かの存在を感じられた。

魔物ではない、生き物の温もりがあった。


「箱庭」

《本日の活動予定を表示しますか?》

「……うん」


首を横に振って呼び掛ければすぐに返事が返ってくる。これだけでもまた違う。そう思って切り替える。


「早いうちに罠を確認して……水を汲んで戻る。お昼寝した後に中でできる作業」


獲物はかかっているだろうかと和泉は思う。

『罠』はダンジョンに巻き込まれて得るスキルとしてはハズレとされている。罠には道具がいる。自然型でなければ現地調達も難しい。しかも、罠はかかるのを待たねばならない。さらに人工的な設置物は三日で強制的に消えてしまう。設置し直せばいいが、一度魔法鞄に入れたりダンジョンの外に出る、あるいは一定時間持ち歩かなければ消えてしまう。


「(天秤の働きに期待する)」


実用するなら外で熟練度を上げてから。

罠は設置するだけである程度経験値がもらえる。捕まえれば大幅に、捕まえられなくとも発動したなら設置するだけより少し多く得られる。


「準備はいい?」

《装備に問題点はありません》


スキルに確認してから出る。まだ慣れない手順で出れば、昨日最後に見た場所。周囲に注意しながら、三箇所の罠の元へ。


一個目。

「おや、発動してる?」

《突破されたようです》


これは惜しいが経験値は不発より美味しい。和泉は満足して頷いて罠を回収する。そして二個目は不発。三個目は……


「え……マジですか」


思わず呆然とした。実地初めてしかけた罠の一つに間抜けなウサギが1匹。じたばたとまだ元気そうなので、かかったばかりかもしれない。


《“♪”罠の耐久値が限界です》

「あ」


慌てて歩み寄って捕獲する。暴れ方が激しくて逃しそうで怖かったが、逃げられる前に“きゅっ”とやった。本能的な嫌悪感のお陰か、手早くやってしまった。絶命の判断が早いらしく、手の中の温かなものが掻き消えて、替わりにシャボン玉に包まれた生肉が手元に浮いた。思わずおおと声を漏らして、それを回収する。中の生肉は“ラップのようなもの”に包まれていて、剥がすと気化して消えるのだと聞く。


「初ドロップ、生肉」

《おめでとうございます》


思わず掲げて言えば反応があって嬉しくなる。獲物をしまえば、あとは水場。ゆっくりと森の中を歩く。不思議とたまに風が吹く中、なるべくまっすぐ歩く。周囲を注意深く見回して、休みを挟みつつ、やがて端へ辿り着いた。


「妙な感じ」


視覚的にはずっと続いているように見える。だが、手を伸ばしてみればふわふわと抵抗があって進むことができない。端はそんな不思議なものになっていた。


「空も同じかな」

《同等です。ただし、さらに広い空間では平面移動の際反対側の端へと出るようになります》

「……ほー??」


初耳情報再び。それは開示できる情報だとして、どれほどの大きさからなのだろうと気になったが、答えはなかった。そのまま壁伝いにぐるりと歩きながら水場探しを続行。


「ない可能性は?」

《自然型ダンジョンにおいて生態系を形成するための環境が欠けていることはありません》


大きさはわからないが、必ずある。それを信じてどんどん進む。とはいえ、休み休みで通常の人の倍は移動に時間がかかる。


「水場がないよ、箱庭さん」


箱庭はポーンと肯定の音を響かせるが何も言わない。時間も考えて座り込んだ和泉は、初めてのダンジョンでの携帯食料ランチを行うことにした。携帯食料は棒状のクッキーのようなもので、もそもそと口の中の水分を持っていった。


「(まあ、今の間にも魔素をより多く取り込んでるんだろうし)」


ただただ徒労ということにはならないので構わないのだが、水というのは大切なものだ。ダンジョンでなくとも、サバイバルにおいてもそれは真っ先に見つけておくべきものとされる。それがここまで見えない。

次の層への階段も今の所なし。


《無理に動くよりは、少ない時間でも継続的な活動の方が得るものが大きいでしょう。近辺に罠を張って帰還することを提案します》

「(そうだね)」


水汲みクエストは断念だが、運良く1匹目を狩れたのだ。全て把握はしていないが、何かと報酬をくれるので、移動距離やダンジョンでの食事もあり得るのではないかと睨んで頷く。


「(しかし、うさぎさん平然と草食べてるんだが)」


もしゃもしゃと草を食みながら移動してきたダンジョンうさぎが一匹。ちらりと和泉を確認した後も平然と食事を続けていた。


《脅威判定は遠いようです》


とりあえず、常に隠れることを意識しているし、隠れられているということにしておこう。いや、もぐもぐ食べているし木に寄りかかって姿隠していないけれど。


「(私は植物です)」


石でもいいが、呼吸しているので植物で。うさぎに脅威判定されないような弱々しい生き物なので視界に入れる必要もないだろう。

食後には罠を一つだけ張って帰還。


「納品クエスト……」

《料理クエストとどちらを優先しますか?》


帰ってクエストを確認して、悩んだ。難しい問題である。初の獲物を自分で食べるか納品の肉三個に当てるか。料理の課題は沢山あって、どうせ肉一つではという思いが出る。


「……お肉欲はまだない」

《保存しておきますか?》

「余裕はある?」

《『ダンジョンうさぎ』の肉一つを収納していても支障はありません》


だよねと和泉は頷いて少しだけ取っておくことにした。そして、少し浮ついた気分のまま横になりお昼寝に入った和泉は、箱庭に起こされるまでぴくりともしなかった。

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