第9話 三嶋和泉1-2

焼く。

ただそれだけが奥深い。状態が完璧にわかり、クエストの存在もある。材料に関しては、個人ではなく店の仕入れの単位だよねと言いたくなるほどある。携帯食糧も十分あるという贅沢さの中で、焼くだけに拘った。


夜ご飯はそうして頑張って作った焼き栗にきのこ、貝類に生食できる果物。


「……うん。十分おいしい」


手持ちで可能な最高品質を目指して作り過ぎたようだが、時間停止で保存が可能な『箱庭』だ。毎日毎食料理をする体力があるとも限らない身の上なので、ある程度調理済みで置いておきたくもある。但し、一度取りだして仕舞う先は元々の保存先とは違う。取り出すと限りある容量が圧迫されるので取り出しと保存は計画的にせねばならない。


「やるべきことは?」

《住居を整えましょう》

「このままでも寝れるけどね」

《回復に補正があった方が良いでしょう》


それはそうだと頷いて、今度は建築パー


《何よりこの空間に消灯の概念がありません》

「え?」


ちょっと意味がわからなかった。真っ白な世界は明るく見える。


「……太陽が照り続ける的な」


魔素・魔力的な何かで見えているだけ、見えてるように見えるだけ空間。屋根と壁で暗い場所を準備しましょう。改めて建築パートだが、残念ながら、そんな技術はない。しかし、スキルがあって、物資は充実。



『はじまりの小屋』

はじめて建てたボロボロな小屋。隙間風が酷く、辛うじて雨を凌ぎ眠ることができる。



ここ、雨降らないけどね。というつっこみはなしだった。家は高ランクまで解放済みのため、順番については飛ばせるが、段階的に上げる方が資材、報酬と経験値含めてお得らしい。

お小遣い程度の報酬を即座に受け取り、次に現れた『小屋』をタップ。

天候変化もなく気温も一定であるなら別にと言いたいが、己の体調の不安を考えれば、家に妥協はしていられなかった。

ボロボロだった四畳半から、隙間風などが入らない綺麗な六畳ほどの部屋へ。さらに『小屋(中)』『小屋(大)』とそう資材もEPも消費することなく広くできた。大まで行っても十畳ほど。中は家具などないので殺風景。


「次がようやく『小さな家』」


小屋は施設が取り付けられない仕様のようだ。調理設備がまず焚き火だったところからしてわかっていたが、ファンタジー世界観だ。地球産の持ち物はコストが重いので出来る限り使わない方向で行きたいが、あまりに不便だと考えなければならないだろう。


「……さて、分岐」


家の材質。木か石かだ。何かと日本の土地に関連したものだったのに、石の家?と思ったが、選択肢にあるのだから構わないだろう。

木の家が好きだ。しかし、石造なども憧れる。作り直すことももちろんできるし、なんならどちらも建てられる。しかし、無駄遣いしないならどちらかを選ぶべきで。


「台所に暖房が、暫く直火か……照明類も?」


木の家でもいいのだが、火事の心配などは圧倒的に木の方。スキル内部なら安全だと思うが気持ちもある。説明などを読み、質問などしてみる。どうも木組みよりは石の方がいい感じらしい。なぜだが資材効率などがいい。……石と木なら木の方が用途が多い。


どちらの家にしても内装はどうとでもなる。

暖炉など設置しやすく耐火性に優れるそちらを選択。ここはもう、住んだことのない家を極めよう。いつか、我が家も取り戻すのだから、城でも建てようではないか。



『石造の小さな家』

施設をひとつ設置することができる。



現在は所謂キッチンも何もないワンルーム。ここで家に施設というか役割を持たせられるようだ。しかしこれは保留する以外ない。『調理施設』『暖房施設』『トイレ』などの施設と『寝室』等役割を部屋に割り当ててそれぞれ効果を発揮。前者の施設群は外で前身となる施設を作りアップグレードさせてからでないと室内に入れるのは難しい。設定切り替えが即時できたらいいが、一度設定したら7日はそのままであり、こういう場合部屋の機能にそぐわない行動をとるとデメリットがある場合も考えられる。


「家具に効果つき……全部小数点幾らか下の微々たるものでも補正は補正……」


ホームだからこその効果らしく、初期の普通の家具ならば気のせい、気持ち程度のものである。


「まずは寝具か」


いっそ、キャンプセットの寝袋でもいいが、体のためにはベッドがいい。ここに妥協はできない。出してもいいが、とてもいいベッドはコストが馬鹿のように高い。見れば素材は揃っているので、普通のベッドをEP消費で作成がいいのだろう。慣れないのは仕方がない。


「せまい」


いや、シングルベッドはこんなものか。そう思いつつ、部屋の片隅へ置く。メニューピッピで模様替えができる手軽さは素晴らしい。


「………」


和泉は黙って室内を見つめる。シングルサイズのベッド一つ置くだけで狭く感じる室内。……徐にメニュー画面を操作して、ある項目を連打した。そして、気づけば家は少し広くなり、一部屋追加。所詮どっぽんまでは進んだ。


「破棄が簡単にしても、それにもEPがかかるのか……高性能の下水処理施設も早めにいる」


外に現れた新しいスペースのそれを土に還すまでは少し時間がかかる。……言い訳ではないが、上下水道は大事なのである。生きていくのに水回りは大事。

ここは箱庭の中。地面も土を入れて作るもの。水源は水専用空間の中。正直、ストレージがあるのだから問題ない。初心者冒険セットの竹水筒は箱庭の中に戻ると自動で飲用水がストレージから補充されるらしく困らない。


が、今後の為だ。



『水瓶(小)』水を貯めておく瓶。



箱庭に促された勢いもあって召喚。ランクアップするといずれ井戸などになるらしい。水筒に補充されるようにストレージに直接繋がるそうだ。

しかし、その仕組みになるには解放条件をクリアしていない。私は水道の蛇口を捻ったことはあるが、水汲みをしたことがないのだ。クエストがあるため、外から一度は汲んで来なければならない。重労働だが、何か器に入れさえすればそのままストレージに格納で済む。問題はダンジョン内部の水源がどこか。


ごろんと転んで画面を眺める。最早、自宅でよくある状態だった。


「あ、地図……歩いたところだけか。そういえば、音声聞こえたし、メニューは開いてたけど」

《基本的に『箱庭』は内側で使用するスキルです。外では機能が大幅に制限されます》


外側で活動する力は、和泉自身が得なければならない。例えば、『地図』を取得すれば、複合スキルの『箱庭』に吸収されるが、『箱庭』の外で『地図』が使えるようになる。

外で使えるのは相当に制限されたステータス画面。ステータスの確認とそれを通したストレージへの物の出し入れ。これらは戦闘中に使えない。音声はいつでもサポートしてくれるらしい。外に出る前に確認すべきだった。反省。


「よし……ところで、今何時かな」

《日本時間、21時31分です》

「ありがとう。時間感覚狂うね」

《昼夜の再現は膨大なEPが必要となります》

「ですよね」


寝るのは少々不自由な身だ。元気な日は、いつも大体22時頃からベッドに入っている。起きる時間は実際に眠れた時間と体の状態による。眠れない夜などよくあるし、寝られたとしてその質がいいものかどうかはわからない。


「(多分興奮して自覚がないだけで疲れてるだろうし、もう休むかな)」

《本日の活動を以上としますか?》

「……ん?うん?」

《本日の記録を作成します》


……セーブ?と思えば新しい画面が出た。つらつらと履歴が並ぶだけ。そういえば、ランダムで取得するスキルの中には記録するだけのものがあったと思い出す。なんのためにあるのかわからない事務系スキル群。便利ではあるが、態々スキルとなる意味があるのか。サバイバルには向かないので基本ハズレ扱いだった。


「読み辛い……」

《手動でまとめを作成しますか?》


であればする。自分の振り返りといつか誰かへの報告のためにわかりやすく。どうまとめようかと思えば、ファンファーレが思考を遮った。


《外への情報伝達手段を発見》

「!」

《商売系スキルを使用した手段です》


画面が開き、出てきたのはある道具の画面だった。



『出荷箱(小)』

納めた物品を売りEPに変換することができる箱。

中身を詰めて出荷すると18時間後に戻ってくる。

入れられる品は加工していない生産・採集品に限られる。



「ん?」

《出荷を続けランクが上がると出店が可能になります。一定以上の価値を有する書籍であれば、販売に出すことが可能です》


必需品か奢侈品か的なものだ。紙は売れるが、その紙に何かを書き込んで使ってしまうと一般的には価値がなくなる。書かれた中身に価値を見出すかどうかは人による。その物の価値、それを誰もが興味を示して欲するかどうか。それが一般の商人系スキルが扱う範囲。特殊派生で『画商』などを得ればまた違う規則の中で売買することになるようだ。


「……って、それでいくとどうなの?本……内容か」

《書籍の扱いは複雑ですが、オーナーの目的のものを販売することは可能です》


日本及び世界はダンジョンとスキルの情報提供に懸賞金をかけている。未登録の情報の種別で一律の懸賞金が支払われる。現在、和泉は未発見スキル『箱庭』を得て、さらにダンジョンについてや魔素についてなど、知られていなかった情報が今日一日だけで凄まじい。多くの情報が最高等級……つまりお高い。


《内容が出品可能枠であれば、本そのものの素材に拘ることで相対的に本の価値を上げることができます》

「……なるほど、なら、現状私しか入れないだろう未知の最大級ダンジョンの中で獲った最上級の素材で最高品質の本を作ろう」

《目標に設定します》


しかし、紙か……


「紙の素材……植物か……羊皮紙?作るの大変って聞くけど」


どうせ作るのなら一冊一年。拘るなら、できる限りその年で得た材料で……難しいだろうが、クエストなどと違う目標が存在するとまた気持ちが入る。


「皮は色々使い道あるしなぁ」


そもそも、私は戦えるのか。うまく罠にかかってくれていればいい……いや、徒労というのはないのだが……罠以外に戦闘手段が得られなければ足止めになるのが目に見えている。

とはいえなるようにしかならないかと、価値のつく本のためのまとめ作業に入る。


「あ。国の認識とか諸々の疑問が残ってた」

《簡単に説明すると、すべては人間の認識に依ります》


人が当然のようにそうであると認識していること。認識した上でしっかりと法が存在し、それを元に国が運営されていること。そして、国の証があること。


《王家や建国に由来する品物など、多くの人間がそうであると認識した上で確かな形ある証が立てられることがスキルが国と認識する条件です》


それが国の証……象徴だと考えられ、認識されてきた年数。それも、例えば王族をそうであるとした場合、その血が続く限りをそうだとする。経歴、系譜も認識するものの、切り替わった新たなものとして数える。


《現在地球で認識される国の中で日本国は最長の歴史を有します》

《しかし、国としてその恩恵を受けるには条件が整っていません》

「条件はなに?」

《開示されていません》


無理だった。だが、確かなことは、上位スキルを得た時のように、国もまたその力を発揮するには動力が足りていないらしいこと。


「あと気になるのは……」

《もうすぐ22時となります》

「………」


夜ふかしをスキルに咎められた和泉は、手早く作業を終えて横になる。室内はましとはいえ、外は相変わらず真っ白でカーテンも窓もない


「……ちょっと話」

《おやすみなさい》


にべもなかった。

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