第8話 三嶋和泉1-1
真っ白な世界が解けていく。
そう思った次の瞬間には、スキル発動前に少しだけ見た自然の中へと戻っていた。最大の警戒と緊張を持ちながら、すぐさま近くの木の影へと入る。周囲に壁は確認できず、その場所は完全な森だった。
「(森林……多分、自然型。大きな勾配はなさそう)」
ダンジョンには種類がある。それぞれに魔物が無から生じる数や速度、行動に変化が出る。
自然型は広い階層を持ち、自然環境をそのまま再現したものだ。魔物が生じる……湧く速度は最も遅い。魔物達は自然環境にそのまま暮らし、魔物同士で生態系を形成する。生き残った個体が繁殖することで能力が継承されていくので、放置すると危険だが発生直後は最も大人しいとされている。
「(魔物はいない……なら、警戒しながら罠設置)」
《“♪”サポートします》
知識はある程度あるが、未経験なためありがたいことである。警戒しながら脳内に響く音声を聞く。罠の設置に適した場所や、そもそもの罠の設置の仕方。丁寧な指示を受けて行動する中、和泉はその痕跡を見つけた。
「(足跡……これって……)」
《敵性存在の痕跡を発見しました》
「(……うさぎ?)」
地面に残る足跡を確認して、見たことのある形状にほんの少しだけ力を抜く。基本的に下層階は一種のみだ。兎の足跡があるなら兎だけのはずだ。
設置し終わった一つ目の罠から離れ、ゆっくりと痕跡を辿っていく。そうすれば、少し開けた先に……
《『ダンジョンうさぎ』を発見しました》
「(……魔物は見たらわかる。理解した)」
見た目は茶色い普通のノウサギだ。ただし、濁った赤い目はぼんやりと光っているようにも見えて……何より、明らかに嫌な感覚が背中を這う。怖いではなく、不快感だ。有害であると本能に訴えかけてくる存在だった。
《“♪”一定条件を満たしました。音を立ててみましょう》
「何を満たしたか知らないけども」
声を出した瞬間、草を食んでいた『ダンジョンうさぎ』がぱっと頭を上げる。此方を見たものの、逃げる様子はない。それを見て、片手で抜いた丈夫な短刀の鞘を近くの木に見えない角度でぶつけてみた。
「「「!!!」」」
カーンッ!と上手いこと鳴り響いた音に見えていたダンジョンうさぎが飛び上がる。そして、まさしく脱兎の如く逃げていくのだが、目の前のそれだけでなく、他にも数匹逃げる様子が和泉でも確認できた。わりと近くからだ。
「……おかしいなぁ……ダンジョンうさぎは、人の姿を見ただけ、気配を感じただけで逃げる生き物なのでは?」
《
「……まあ、目の前にいても捕まえられないだろうけども……でも、それは他の人でも大体がそうだと……狩る気とかが足りないとか?」
何にしても最弱の一角たるうさぎに完全に舐められていると知った和泉はため息と共に肩を落とした。とはいえ、そんなか弱い人間の和泉でも流石にただのうさぎに殺されることはないのでイーブンである。
《総合能力では勝っています》
「フォローありがとう。知力の差かな」
少し笑いながら、歩く。戦闘が起こらないならば、罠にかけて一羽ずつ絞めるのみ。予定通り、三箇所に罠を設置し終えれば、帰還を促す声に応えて『箱庭』を使用する。
「……ふぅ」
《回復薬の服用を推奨します》
「もったいない……」
飲むけどねと腰のポーチに手を伸ばす。約120ml、どろっとした水薬だ。報酬で手に入れたし、作れるしと己に言い聞かせながらぐびっといった。
「……ッ……まっず……!!草汁……ぅ」
間髪入れずに水筒を取り出してぐびぐび。120mlというのがまた絶妙にしんどい量だった。かけても使える傷薬のようなもの……疲労にも効く。とはいえ……
「……痛み止めの確保が急がれる」
疲労は軽減されても、体を蝕む痛みはそのままだった。
《クエストを進めます》
幾つかのクエスト達成報酬は一括受け取り。結果として特徴的なのは図鑑機能の解放。図鑑は複数あるようだが、その中の『道具図鑑』『魔物図鑑』は確か既出スキルとしてあったはずだ。全て国外の情報なので詳しいことはわからない。
解放されていない図鑑もあるのでそれも個別にスキルが存在するのだろう。……解放されたそれらに未読の印が並ぶ様子を見て、後日動けない日の暇潰しに回すことを決める。
【はじめての施設】焚き火を設置しよう。
焚き火は施設か?思う間に画面が一つ開く。ゲームと同じくワンタップで作れるらしい。ただ、経験値取得とEPの節約なら手作りすべき。これくらいならと手動を選ぶ。まずは……
「土入れ??」
《実行します。尚、EPは消費しません》
資材だけ消費だ。思う間に、真っ白だった世界に不自然に四角く土が現れた。なんとも言えない気持ちのまま、和泉は誘導に従って石を並べていく。置き場所を指定してぽん。重いものが持ち上げられなくても簡単設置である。この『箱庭』を使った物の移動も自力として認められる素晴らしさ。
【火を起こそう】【はじめての調理】
レシピが開く。何故か、材料は日本に自生、採集できるものばかり。こんなものがクエスト報酬にあったのかと驚いた。山菜、きのこ、木の実や貝。あくまでも原始的な感じである。他にもあるが、クエストの為にはそれらを使わなければならない。
「アク抜きがいるやつは、水が鬼門?いっぱいあるけど……ここで流水はなし」
火を通すだけならば焼き栗にきのこ、貝類だろう。そのままで美味しいのがいい。そして、そもそもその前に火起こしだ。EP消費で即着火であるが……
「火起こしに作業台の設置もクエスト」
設置した『最下級作業台』はただの大きな石でした。平め。これでいて作業台認識なので本当に微量ながら、作業に補正がかかるという。そして、作るのは摩擦式の火起こし器。火打ち石は許さないそうだ。
「まあ、基礎教養」
学校の必須科目の一つだ。現代日本では実習で一度火を自力で起こせないと小学校が卒業できない。道具作りについては不器用でもないため、スキルの指示があれば簡単だ。……但し、なるべく疲れないために、舞錐式まで行く。
手を動かしつつ、情報収集のためにスキルとの会話を試みる。
「物作りについて教えて」
《全ての物はEPを使用して作ることが可能です》
素材のない状態からでも登録されているものは作れる。品質については自分の手で作ったことがなければ素材の品質によって普通まで。自分の手で最高品質を作り上げると、複製ができる。素材を揃えればその分のEP節約。作るために必要なEPは作業施設のランクや私自身のスキルレベルで低くなる。突き詰めれば、利益が出るそうだ。
「条件が整えばトントンで最高品質を量産……つまり高品質品で利益……?やばくない?」
下手をしたら他の生産職を駆逐しかねないのでは?と疑問を投げ掛ければ問題なしだと即時断言された。
《『箱庭』は管理するためのスキルです。度を越した行為は損失につながります。全体の状況を見ながら行動してください》
「……ここでも、私は管理職……」
適性があるのだから構わないのだが。和泉は完成したばかりの少し不恰好な火起こし器を動かしながら、『箱庭』から齎される情報に耳を傾け続けた。
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