第7話 三嶋和樹
特異点『天秤』
影響力:特大 制御:可(不完全)
すべての損益、収支の均衡が保たれる特殊体質。
不運に対して等価の幸運を得る。
基本被った損害を幸運で補填する。但し、堅実に利益を積み上げた場合もそれに応じた損失を受ける。
溜め込むことなく正しく支出を続け均衡を保てば周囲への影響を最小限にでき、理想的な環境を維持管理できる。
世界が滅ぶ、人間が絶滅する。そう騒がれた災害の最中、人間には大きな変化が幾つか起きた。その中の一つが、一部の女性の体の変化と、稀に産まれた高い能力を持った強い子ども。
人より頭がいい、運動神経がいい。それまでもいた、何か飛び抜けた才能を持った子どもの増加。そしてそこからさらに生まれた、科学的に説明不可能な特殊体質の持ち主達。
和樹の一つ下、難病を持って生まれた妹はその1人であり、特異点と呼ばれ“字”を授与される程の力を持っていた。
「三嶋さん……お辛いでしょうが」
「……いえ」
覚悟はしていたのだ。沢山考え、話し合い、せめて何かあっても周りを巻き込まぬようにと準備を進めた。圧倒的にダンジョンが少ない……まだダンジョンが現れていない空白地帯の一つが、三嶋家が代々住んできた土地に……否、“特異点『天秤』三嶋和泉”が暮らしていた場所にあった。
些細な災いはその体質で跳ね除けてきた。けれど、ダンジョンの発生は世界の災害。いつかかならず均衡は崩れる。その時、誰をどれだけ巻き込むか。多くを失うくらいなら自分1人を贄にと望んだのは和泉だった。
覚悟も準備もしてあった。
それでも、ここまでの規模の災厄を身一つで受けるなどとは思わなかった。いっそ、乾いた笑いが溢れる。
電子画面を確認して、掌を翳せば手続きは終わり。なんともあっさりとしたものだ。
「……確認しました。最後に会われた方がまだおられますが」
「!赤木さんが?」
「はい。彼は……」
「かーくん」
背後からかけられた声に振り返る。自衛官二人に付き添われて現れた小柄な少女。ほんの少し涙の気配がある年の離れた妹は、午後の講義を抜けてしまったらしい。
「その……どう?」
「999。1人だ」
「……世界最大級のダンジョンの9倍以上……代わりに得るものはなんだろうね」
目を見開いた後、そちらを見て泣き笑いの表情を見せた。遅くに生まれたため、ただでさえ少なかった親族、祖父母は一桁の間に失った。それだけでなく事故で10代前半に両親を亡くすことになった妹は、残った家族にべったりなところがあった。大学を卒業したら姉のいる実家に戻って暮らすといつも言っていた。だから、卒業まで無事でいるようにと何度も何度も繰り返していたものだ。
「響がまだいるらしい。挨拶しとこう」
「赤木さん?」
「ああ」
飲み込まれて更地になった不安定な地面。少しふらつく様子に手を差し出して繋ぎ、案内されるまま入り口の近くへと慎重に進む。
「体調に変化はありませんか」
「「大丈夫です」」
魔素やら魔力といわれるものは人体に影響があるという。スキル取得後はある程度耐性がつくが、酷いと倒れるほどだという。和樹も美里も特に体調の変化は感じなかった。
「……999……デカすぎない?」
「カンストじゃないかって」
「……そんな気がするねぇ」
天を衝くように渦を巻く入り口。宇宙空間のようなその不思議な入り口。2人とも、近所というには遠くにあるそれの外観を見たことはあった。しかし、その大きさはまるで違う。1人ずつ入るのがやっとだった一番近くのダンジョンとは比べ物にならないそれは、一度に何十人と触れて入り込むことができそうだった。
「……いたな。響!」
遠目に見ても大きなそれの近くに立つ人。自衛隊の中に浮く制服の青年がはっとしたように振り向いた。
「和樹さん」
そう呼んで、あからさまにしょんぼりと落ち込んだ様子を見せた妹の同期に首を横に振って見せる。一緒に巻き込まれたらよかったなどと、そんなことは思わない。
「無事でよかったよ。折角ご近所さんの避難が完了したのに、たまたまいたから巻き込みました、なんて申し訳なさ過ぎる。仕事でお得意様とはいえ、毎度こんな奥まで……和泉の生活を支えてくれてありがとう」
気に病まないようにと、知っているだろうが覚悟していたことを強調する。しかし、落ち込んだ気配は消えなかった。思わず隣の妹を見れば、そちらも戸惑った様子でこちらを見る。どうしようと思えば、人が近づいてきた。
「すみません。赤木さん」
「あ、はい」
「先程のお話ですが、今すぐに申し込みできますよ」
「「……申し込み」」
自衛隊員ながら事務官のような雰囲気の女性が頭を下げて断りを入れてから響に告げた言葉を、思わず反芻した。同じ反応をした妹と見つめれば、響が僅かに戸惑った後頷いた。
「……えっと……その、さっき……退職しまして?」
「なるほど」
「理解」
その一言で理解できた。それから、それであればと妹を見れば頷き返された。
「家族には?」
「連絡受けたのが叔母で」
「ああ、同時報告か」
妹は首を傾げているが、赤木は今でこそグループ会社の支部となっている運送会社だが、男手が多く昔から地元の物流を担った家だ。職場に電話をかければ親族が高確率で対応することになる。
「うち、親族多くて。俺の兄貴も姉貴ももう結婚してて兄貴には子どもも生まれたし、親父もお袋も兄弟多くて。だから多分……というか、そもそもみんな好き勝手自由に生きてるし……!」
その主張が焦りからか強くなってくるのに、この様子であればやはりと心を決める。1人で行かせては後悔することになる。気持ちはそれぞれのものであり、同じ存在との再会を求めるのであれば、いい仲間になるだろう。
「響、俺達と同時申請にしないか?名前足すだけだぞ」
「!」
「志望動機、目標は三嶋和泉との再会。俺と美里は巻き込まれた人間の親族だから、サポートがかなり受けられる」
やる気があるかないか。全員に同じ教育は今の状態では不可能だ。だから、明確な目標がある者を優先して育てる制度がある。
「作戦は“いのちだいじに”で、のんびりになりますけど」
「……和泉は、知って?」
「ああ」
変わってしまったこの世界で、生きていくため。いずれ必ず日本でも起こるだろう氾濫。それを思えば予防接種以上に自己防衛力がいる。取得したスキルを腐らせず、育てることで意見は一致していたのだ。
『この体でダンジョンに突撃する無謀を犯せば、レアなスキルやらドロップやらうはうはだね、きっと。みんなに手間はかけるけど、損はさせないから付き合ってね』
妹はそう笑っていた。そして、もし誰かがダンジョンに呑まれたら、再会するために危険に身を投じることを止めないと約束した。
「……そっか……」
「「??」」
「いえ、よろしくお願いします。和泉と今日…さっき、約束したばかりなんで。一緒に行きます」
妹は何やら特大のフラグを立てていたらしい。真っ直ぐな眼差しは先ほどまでと違って輝いていて胸を撫で下ろす。此方を見てにこにことしていた自衛官の女性にそれではと促されて、改めて申請をすることとなった。
三嶋和樹は振り仰ぐ。
あまりにも巨大なダンジョン。
999階層に棲むボスはどんな魔物であろうか。
いつかそれを倒して階層を下り妹と再会する。
そんな非現実的な目標を臆すことなく掲げた。
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