第5話 三嶋和泉0-3

全部、一つ一つ確認するのは無理だ。

和泉は早々に匙を投げる。ご丁寧にも存在する[全て取得]ボタンを押したい。しかし、確認した方がいい気もするのだ。順番に改めてこの空間でやっていくべきなのだ。それに、『クエスト』は受け取りをすると現実にドサッと報酬が出てくるので必要な時にだけ取得するようにと注意喚起があった。取得しなければ劣化もしない四次元収納の中である。


《“♪”『箱庭』内部に発展クエストが存在する為、進行に問題は起きません》

《受け取った報酬は専用空間に保存されます。劣化はしません》

「よしきた」


迷いなく押した。結果。


「――箱庭さんや」


呼びかけても反応がない。クエスト報酬受け取り画面はぐるぐるしていた。受け取り中表示である。なんとなく画面の前で手を振った。


「箱庭さーん?」

《“♪”復元作業を一時停止します。少々お待ちください》

「はい」


やはり処理が重過ぎて応答できなかったらしい。復元を停止したことで少し処理が速くなったようだ。深刻な動力不足中に重い処理が重なれば仕方ないだろう。


「……報酬は魔素で作ってるの?辛いなら答えなくて良いよ。後でね」

《基本的にスキル内の資源を優先して利用します》


『クエスト』の納品物や『出荷』されたもの。スキルの効果で消えたそれらが集められている空間から捻出されるらしい。


《スキル内部の商品不足が深刻な為、物価が高騰しています。空間の状態は最低です》

「どういうこと?」

《売買系スキルの成長及び、やりとりされる商品品質に影響が出ています》


今は色んなものが高く売れているように思われているが、手数料的なもので取得経験値も下げられているらしい。『クエスト』などのスキルは魔素・箱庭で言うEPで無理矢理報酬などを精製しているが、その魔素は市場と呼ぶべき空間から調達されているらしい。経験値取得量の減衰と、納められた物資の品質低下……高品質の品をいくら納めても普通にまで落ちる状態らしい。

直接店頭販売すれば品質は保たれるがその分取得経験値が削られる。まだ、世界の誰も納めた品物の品質が落ちているなど気付きもしていないが、知らぬうちに相当な損をしているようだ。


「つまり、私の一括受け取りが市場に追い討ちかけたことになるのでは」

《問題ありません。スキル上に存在する異空間は『箱庭』の管轄です》

「ん?」

《他の誰かに迷惑をかけてはいません。オーナーが報酬を得ると同時に別角度で同じだけの不利益を被りました》

「………」


市場の状態は元々悪い状態だ。そこも『箱庭』が起動したことで補正対象である。他のスキル保持者たちはこれまでと状況が変わらない。和泉は相変わらずの動力不足に喘ぐだけ。気になるのなら得た報酬で早々に『箱庭』を成長発展させればいいのだ。


「いつものことだけどね。注意事項として、先に知りたかったよね」


前か後かでは精神的に受ける衝撃が違う。ぼやく間に、受け取りが完了して復元作業が再開される。そして現れる一覧。復元中含めた元々の財産と合わせて、反転サバイバル中と言うには相当にリッチであった。復元されたものとは違い、報酬は魔素からの精製で自由に取り出せるので安心感も違う。


《推奨クエストを表示します》


【冒険の準備】【魔物と初遭遇】【はじめての罠】等の一覧を見て頷く。ダンジョンに巻き込まれたのが14時頃。現在、恐らくは一時間近く……経っているようだ。内部のものよりまず、外を一度確認したい。『箱庭』もすぐに戻る前提で予定を出してきている。


「【冒険の準備】……これは、必要なもの……えーっと」


物資一覧をスワイプして……


「出して?」


初侵入クエストの報酬らしい必要なものを望めば、何も言わずにぽんと目の前に現れる一式。凄まじい量の物資一覧から一つずつ探す手間が省かれてほっとした。


『初心者冒険セット』

はじめてダンジョンに挑戦する者のための不思議で便利な冒険セット。最低限の物資。


「これが噂の」


装備だ。下着セットにシャツ、レザーのパンツとベスト、ブーツに短刀。ベルトにつけるタイプの小さなポーチの中には携帯食料3に水の入った竹筒1、回復薬5。片手を広げて掴める大きさのポーチにである。若干の容量の増加と重量軽減……つまりは見事な“魔法鞄”であった。


「短剣と革袋だったはず。これが地域、国の差か」


革袋で水を飲んだことなどないし、瓢箪でも良かったが、やはり竹筒が飲み易いだろうとそこは納得。それにしても、実際に目にしても驚くほどゲームでよくある初心者装備……破壊不可。

効果は普段着と変わらず、強化・譲渡が不可能な代わりに『不変の呪い』がかけられた装備らしい。

サバイバル中は本当にありがたい品物で、汚れることさえない。粗い着心地にさえ目を瞑れば、作業着としてこれほど有用なものはなかった。『不変の呪い』というのも気になるところだが、それは後回しだ。


「目指せ罠師?」

《罠及び、遠距離攻撃手段を持って、気配を殺し暗殺することが推奨されます》

「狩人兼暗殺者か。がんばります」


出る前に行動を確認する。脳内シュミレーションは3回行って、深く息を吐く。最も魔物が弱い最下層に落ちたのは確定。『箱庭』に魔素を吸い上げられている今のダンジョンは魔物が生じる速度が低い。危険度は低いはずだ。


「敵を視認、罠をできれば3つ仕掛けて戻る」


敵性存在の把握と、捕まえられなくてもいいので罠設置のクエストをクリアする。ダンジョンである以上外は危険地帯であるが、できるだけ丁寧に罠を作り経験値をより得られるようにする。捕獲も成功したら素晴らしい。


「欲張りすぎか」

《問題ありません》

「……うん。よし、行こう」


箱庭が大丈夫だと言っている。ならきっと大丈夫だろう。そうに違いない。そう信じながら、早鐘を打つ心臓を押さえてダンジョン内部へと道を開いた。

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