(6)
「わざわざすみません、家まで送ってもらうなんて」
植物園が閉園の時間を迎えたので、今日はこの辺でという事になったのだけど。通学時に送り迎えしてもらっているなら今回もその方がいいだろう、と言って雪人さんが家まで送ってくれる事になった。
彼は私が普段使う駅よりも数個手前の駅のところに住んでいるらしく、私を自宅まで送り届けるとなると彼にとっては結構な遠回りになってしまう。それは申し訳ないなという気持ちと、ほんの、ほんの少し……自宅の場所が知られるのはまずいのでは、という警戒心があったのだけど。小さい頃に何度かお邪魔させてもらった事があるから場所は覚えているし、春妃に何かある方が大変だと言われたので今更だと思って厚意に甘えさせてもらう事にしたのだ。
「良いんだよ。これくらいは、させてくれ」
「これくらいって……結構な遠回りじゃないですか」
「俺の歩く距離が長くなるだけで春妃の安全が保障されるなら、安いものだ」
そんな言葉に、そんな大げさなと笑って見せようと思ったのだけど。彼は、至極真面目な表情でその台詞を言っていた。
(どうしてそこまで……)
そう思わなくもないが、彼の真意が分からない以上考えても仕方がない。なので、取り敢えずありがとうございます、とお礼を伝えるだけに留めた。
しばらく並んで歩いていると、見慣れた我が家が見えてきた。ああ、あの家だったよねと確認されたので、首を縦に振って肯定する。門の前に来て、門を開けてくぐろうとしたところで、雪人さんに呼び止められた。
「今日は誘ってくれて本当にありがとう。春妃からのお誘いというだけでも嬉しかったのに、こうやって一日一緒に居られて最高の気分だったよ」
「そう、ですか」
「……春妃はつまらなかったかな。植物園で植物眺めながらお弁当食べただけだったもんね」
「いえ! そんな事は! ないですけど!」
つまらなかった訳ではない。私にとっても、今日はとても楽しいものだった。メールとか電話でのやりとりもしてたけど、やっぱり、こうやって顔を合わせた方が何倍も楽しかったし……嬉しかった。彼が思っているよりもずっと、私は、彼と一緒にいたいと思っているし一緒にいるのが楽しいと思っているのだ。
だけど、時折感じる息苦しさがどうしても拭えない。どうして、そこまで、と。どうして、そこまで……気遣ってくれるのだ、という疑問が胸の奥で燻っているのだ。
「……門の前で、何をやっているんだ」
何となく煮詰まっていた空気を切り裂くような、鋭い声が聞こえてきた。はっとして振り仰ぐと、不機嫌そうに顔を歪めている父さんが仁王立ちになっている。
「お騒がせしてすみません。日が沈み始めた時分にお嬢さんを一人で帰すのも危ないと思って、こちらまでお送りしたところでした」
「それは感謝申し上げるが、ここまで送り届けたのならばもう用は済んだだろう。この時期はまだ冷える。娘が風邪を引いたらどうするんだ」
「申し訳ありません。そこまで気が回りませんでした」
妙に緊迫した雰囲気の中で、父さんと雪人さんが会話している。下手に口を挟んだりするのも身じろぎしたりするのも憚られて、ずっと息を殺して動かないでいた。
「それじゃあね、春妃」
ふいに名前を呼ばれて、驚きで体をびくりと震わせた後で彼を見上げた。彼がこちらに向けている顔は、もういつもの柔和なものに戻っている。
「今日はありがとう。またメールするね」
「は、はい……こちらこそ、ありがとうございました」
何とか言葉を絞り出し、彼へ何度目かのお礼を告げる。それを聞いた雪人さんは、ふわりと笑いながらこちらに手を振り、来た道を戻っていった。
「……もう入るぞ。これ以上外にいたら本当に風邪を引いてしまう」
私たちのやり取りをじっと眺めていた父さんに促されるままに、門をくぐって玄関へと向かった。
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