第5話:ユケル様の気遣い

  私たちが着くと敷布の上には、果実や簡単な軽食が用意されていた。


(それにしても、やっぱり私が好きなものばかりなのね。甘えちゃダメなのに)


 並べられている物を見て知らぬ間に頬が緩んでいたようだ。


「やっと、リリーらしい笑顔が久しぶりに見られた気がするよ。お帰りリリー」


「……ユケル様これ以上やめていただけないでしょうか。私は殿下の正妃なのですよ。わかっていますか?」


「リリーこそわかっているのかな? 俺の愛がどれほどのものか。まだまだ分かっていないようだね」


 そう言って私が好きな甘いチゴイの果実を口に放り込んだ。


「なんれ……ん、甘くて美味しい……悔しいけど」


「ほらね。ここハラルはリリーのために発展させたんだよ。他にもリリーが好きだったモフモフの生き物たちもたくさん飼っているよ」


「なんで……?」


「なんでってリリーを愛しているからに決まっているじゃないか。バカな質問だよ」


「なら……チンが迎えに来てくれたらよかったじゃない」


 思わず本音が出てしまい慌てて口を抑えた。

 

 そして、どこかで喜んでくれるかと勝手に期待していたのだけどそれは見当違いだったようだ。ユケル様は悲しそうな笑みを浮かべていただけで、その後は黙り込んでしまったのだった。


 その様子を見て私は動揺を隠せずに無意識で拳を握ってしまう。その沈黙を破ったのはサクだった。


「せっかくの美味しい軽食が台無しですよ」


「そうね……いただきます」


 私は何もなかったように軽食を取り始めたが、先ほどは甘く美味しく感じた果実ですら味がしなかった。自分が思っている以上にユケル様が何も言ってくれなかったことにショックを受けているようである。


サクはこの重い空気に耐えられなかったようで、話題を振った。


「ユケル様、妹のシェリア様はお元気なのでしょうか」


「シェリアは十分に働いてくれたからそろそろ回収するつもりだよ」


「ユケル様には、妹様がいらっしゃるのですか?」


「あぁ、4つ離れた妹だが少し変わっていてね。うちの親が女の子が欲しいと養子にもらったからリリーは知らなくて当然だよ。でも今回はよくやってくれたよ」


「妹様は今どちらに?」


「あー、リリーもたぶん会ったことあるはずだけど、気づかなくても仕方ないね」


「え?」


「王都にいるんだ。今度紹介するよ」


「はい……」


「風が冷たくなってきたね。リリーは冷え性だからこのブランケットを使って」


 ユケル様が私にブランケットを掛けてくれる。


(そんなことまで覚えてくれているんだ)


どんどん心の中が温かくなってくるのに、先ほどの悲しそうな顔が脳裏に浮かぶ。


「……ありがとうございます」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。今はまだ君には触れないから安心して。そのかわり妻になったらたくさん可愛がってあげるからね」


 そんな優しいユケル様の態度にとうとう本音が漏れてしまった。


「……私……どうしていいのかわかりません」


「あぁ、心配しないでいいよ。昔のリリーみたいに好きなことして笑って、美味しいもの食べたら美味しいって、辛いときには辛いってちゃんと吐き出して、たくさん泣いていいいんだよ」


ポロポロと知らぬ間に涙がこぼれていた。ユケル様が私の涙を拭いてくれようと頬に手を触れようとしたので慌てて顔を背ける。


「はい。ハンカチだよ」


「うっ……ん……昔みたいにちゃんとチンが拭いてくれなきゃやだぁ……」


 心が完全に崩壊していた今、心の声のままそう叫んでいた。


「もうこのわがまま姫は仕方ないな……ほら目をつぶって。今から触るのはサクだからね」


 おとなしく言われた通り目を閉じた。妃殿下たるもの男性に触れられてはいけないのだ。だからこそユケル様はそのように言ってくれたのだろう。さっきまでの距離感からやはり遠いのが悲しかった。


「あぁ、こんなになっちゃって……本当ならこの涙ごと俺のキスで吸い取ってあげたいのに。妻じゃないのが辛い」


「うっ……拭いてくれてるのはサクなんでしょ? なんでそんなこと言うの?」


「あーそういう設定だったね。サクが拭いているのを見ていてそう思っただけだよ」


「でも、手が冷たいし、なにかゴツゴツしているわ。サクの手はもっと柔らかいもの」


「リリー? 悪い子だね。君が気づかないふりをしてくれればこれは違法行為じゃなくなるだろ?」


「あっ……ごめんなさい」


「よしよし。いい子だね。わかったら静かにしてね」


そのまま目、鼻、頬に温かいものが降って来る。


(でも、さっき触れないって言ったばかりなのに……もしかしてこれって……)


 思わず目を開けてしまう。


「あっ、見つかっちゃった。今のは秘密ね」


 カアーと全身が熱くなるような感覚が体を襲う。


「そんなに頬を染めて可愛く上目遣いとか俺の理性を崩壊させるつもり?」


「いえ……そんな気では……」


「あーくそっ。抱きしめたい。このまま襲って俺のモノにしたい」


「あのーユケル様、一応アタイもいるのですがお忘れではないでしょうか……それに本音がダダ洩れすぎです」


「あー? 悪い。でもリリーが可愛すぎるから悪い。そろそろ手紙も届いた頃だろう」


「手紙ってどういうことなの?」


「リリーは知らなくていいよ。今夜からの住まいだけど俺の屋敷の2階で暮らしてね。リリー専用部屋を準備しているから。鍵もかかるし安心だよ?」


「いえ、殿下の妻たるもの男の人と同じ屋根の下で寝ることはできません」


「リリーはやらしいぃな。サクたちも住んでいるから2人きりじゃないよ? それともそんなに俺と2人が良かった」


「……違います」


 真っ赤な顔をしている私は恥ずかしくてこの場から消え去りたかった。


「リリアン様は可愛いです。恋する乙女ってこんなにかわいいのですね」


「サク、リリアンは昔から可愛いんだよ。覚えておきなさい」


「はいっ」


 2人のよくわからない会話を聞きつつ、ほだされてしまっていることすら嬉しく感じていたのだった。


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