第3話:ユケル様の正体

  私は突然サクが噴き出したので心配してしまった。


「サク、大丈夫よ。心配しないでいいから。気を確かにして」

「ハハハ。リリアン様、守っていただきありがとうございます。ユケル様は私に嫉妬しているだけですよ」

「はぁ? どういうことなの?」

「サク、言わないでくれ。恥ずかしいじゃないか……」


 頬を真っ赤にしているユケル様。

 これはもしかするともしかしてなのだろうか……


「ユケル様、念のためご確認させていただきますがご結婚は」

「独身だよ。愛するのは君だけだ……っていやそうじゃなくてだな……なんでだ。こんなはずじゃなかった。もっとスマートに段取りを踏んでだな……あの神殿で花束を掲げてカッコよくプロポーズする予定が狂ってしまったじゃないか。一応とはいえ今は妃殿下だから、このようなことを言うだけでも不敬罪になるのか……あっ、でもリリアンのことで死ねるのなら本望かな……」

「あの……ユケル様? 心の声がダダ洩れなのですけど……」


 あまりの重い告白に恥ずかしさよりもドン引きしてしまった。

 ユケル様がなぜ私を?


 戸惑っている私のことなど関係がないようでユケル様は開き直ったのか急に態度が豹変した。


「あーそうか。ならバレたならもう隠す必要もないな。よしっ、なら正攻法でいこう」


 ユケル様はさっきのモジモジした態度が嘘のようにグイグイと弱者を追い詰めるようにいつの間にか私を壁へと追いやっていた。


「すみません……頭が追い付かないのでご説明いただいても? 間抜けなのか強引なのか分かりません」

「あー今まで悪かった。まどろっこしいことはやめだ。改めてユケルと呼んでくれ。これから君を、いやリリアンを俺の嫁にする」

「はい? 私これでもディアン王子の正妻なのですけど……」

「ならなぜここにいる?」

「それはですね……」


 嫌味な笑顔なのに容姿が良いと輝いて見えるのが悔しい。


「まぁ、妹から聞いて状況は知っているから安心しろ。これからはちゃんと正攻法でリリアンを妻にする方法を考える。だからそれまではハラルの美味しい食と便利なモノにたくさん触れてゆっくりこの地の生活を楽しんでくれ。あと、ご両親の商会でハラルの商品を扱えるようにしてやってもいいぞ。リリアンが俺の妻になるなら」


 なんだか騙されていたような気になるのは気のせいだろうか。

 この段取りの良さといい、うちの商会のことも熟知しているような態度。


 もしや、私は王子ではなくこの人の手のひらで転がされているの?


 困惑した頭でグルグル考えても答えなどでない。


「あの……もしかして、こちらが本来のユケル様なのですか?」

「そうだ。いやーリリアンがこちらの来ると思ったら嬉しくて夜も眠れてなくてだな。ボーっとする日が多くなってしまったよ。俺としたことが人生一番の汚点だよ。まぁ、リリアンのことでなら汚点が増えようと犯罪しようと全然問題ないんだけどね。君のためならなんだってするからね。なんでも言って」

「はぁ……もしかして、これは計算だったのですか……?」


 リリアンは怒りを抑えながら言ったが、声が低くなってしまう。


「まぁまぁ、怒ってもかわいい猫がひっかくくらいしにしか思わないよ。怒る顔もかわいいね。それにしても、サクがぶっちゃけてくれたから助かったよ」


 そこでサクがユケル様の元に駆け寄り背中をパしパシと叩きに行った。。


「よく言いますよ。こう言う流れにするからってアタイに台本渡して、練習させたくせに。私のせいにするなんてひどい」

「おいっ、それは言わない約束だろ? まぁいい。そういうことだ。これからは全身全霊で君に愛を囁いていくからな。覚悟しろよ」


 私はハラル地方特有の冗談か何かだと思うことにし、愛の告白はすべてなかったこと、聞かなかったことにした。さすがに、辺境伯の立場を預かる人が妃殿下を妻にするなど馬鹿げた告白などするはずがない。


 そんなことを考えている間にユケル様は何事もなかったように紅茶を入れ始めていた。


「どうぞ。リリアン。君は砂糖2杯とミルクを入れる派だったよね?」

「はい……」

「いつまで敬語のつもり? 普通に話してくれないとこうしちゃおうかな?」


 ゆっくりと紅茶を持つポットを私の手に近づける。


 このままポットの紅茶を手にでもかけるつもりかしら。


 思わず手を引っ込め、さりげなくテーブルの下に隠した。


「ほら、こんなにも手が冷たいじゃないか……早く紅茶を飲んであったまって」


 私は拍子抜けしてしまった。紅茶をぶっ掛けられると避難した手をなぜかユケル様が握っている。もしや、手を温めるために近づいてきただけなのかもしれない。


 しかし、男性に手を握られているわけにはいかない。


「お気遣いいただきありがとうございます。温かい紅茶を頂きたく思いますので、どうか手をお離しいただけますか」


にっこり微笑んで丁寧にお断りしてみたのだが、内心では暗にお前が手が離さないから飲めねぇだろうという意味を込めている。


「あーもう、だから嘘くさい笑顔はもうやめなよ。俺にだけは気楽に甘えたり頼ったりしていいんだよ? もう無理しなくていいんだよ。リリー」

「えっ……なんでその略称をあなたが知っているの?」

「リリー、俺はティンだよ? リリーは可愛くてティンって発言できていなかったから正式にはチンって言えばわかるよね?」

「チン……本当にチンなの?」

「あぁ、リリーずいぶん色々頑張ったみたいだけどもう頑張らなくていいし、我慢しなくていいよ。全部俺に任せて?」

「チンは、10歳の頃に引っ越したじゃない……お兄ちゃんのように慕って遊んでいたのに急にいなくなったじゃない」

「あー優秀だった俺の父が辺境伯に任命されちゃったからね……ごめんね? 寂しかった?」

「私は……ずっと……寂しかったに決まっているじゃない。両親はいつも仕事ばかりで私にかまってくれない。かまってくれたのはあなただけだったもの」


 私は思わぬ再会に嬉しくユケル様に抱き着いていた。


「あぁ、そんな不意打ちやめてよ。君が妃殿下とか法律違反だとか関係なく、今すぐ君を襲いたくなる」

「……ごめんなさい。今はもう子供じゃないものね」


 取り乱していたことに反省し、ユケル様から離れることにした。


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