第2話:辺境地ハラル
馬車に揺られ、船で海を渡りハラルにたどり着くまでが長すぎて疲れてしまう。よくまぁ、こんなところに家族も連れて行けとか言うわね。信じられないわ。何の嫌がらせかしら。そもそも店があるから無理なことくらいわかっているでしょうに。思い返しただけでも腹立たしい。
違う。あれは遠回しの脅しだったんだと今さらながら気づく。
商会をつぶしたくなければ1人で行けと言う王子の策略だったのだ。まんまと騙されてしまった……やはり、若い頃から権力を握っている人は根本の考えが違う。
それなのに私は……
商会の娘ということに誇りだけで、愛想笑いや本音を隠して王子を心配する素振りのバカげたセリフを吐いたけど……私ってバカだった……ディアン王子の思う壺だったじゃないの。
イライラと後悔を繰り返している間にいつの間にかハラルに着いていたらしい。馬車の従者が声を掛ける。
「リリアン妃殿下、長旅ご苦労様です」
「ありがとう」
馬車から降りると、信じられない光景が目に入ってきた。
もっと古びて貧しい人ばかりが住んでいると勝手に思っていたが、どうやらそれは大きな勘違いだったようだ。
緑豊かな自然に囲まれ街中こそ小さいが活気があり街全体が栄えている。小売店や食べ物屋さんから商いの声が聞こえる。
「よーそこのお嬢ちゃん、このサメの肉焼きはどうだい?」
「いやいや、こっちの宝石の方がお嬢ちゃんには似合う」
私は見るものすべてが新し、興奮していた。うちの商会すら扱っていないレアな商品ばかりだった。これらを両親に買って送ればうちの店もかなり儲けることができる。商会の娘の血が騒いだが、今はまず挨拶が先である。いい匂いや綺麗な商品に後ろ髪引かれる思いで、街を後にした。
街全体の意外な事実に驚きつつも、長旅中の従者との話を思い出す。
「ここを管理しているユケル様はとても素敵な人なのです。自分の稼ぎも庶民に還元してらっしゃるそうですよ。だから、この地域のことを知らない人たちは前の荒廃した地方のままだと想像されるのでしょうけど、今は素晴らしい自慢できる町ハラルだと庶民の間ではなっているのですよ」
「なら、なぜ国にまで噂が入らないの?」
「それはですね……ここだけの話ですよ。ユケル様が情報操作をされているかららしいですよ」
「そんなのおかしいじゃない。ユケル様が地方発展させたなら、褒美をもらえるレベルの話をなぜ秘密に?」
「ユケル様はこの国がお好きなんでしょう。食べ物も美味しいし、人もいいので」
「そう……」
どうやら馬車の従者はハラル出身だったらしい。まぁ、話をまとめるとユケル様はとてもできる人ということなのだろう。ディオン王子からも着いたらまずは辺境伯のユケルに挨拶しろと言われていたから。
私は馬車を下ろされて街中を歩き、どちらに向かえばいいのかわからないことに気づき立ち止まっていた。
そのとき、知らない女性に話しかけられたので振り返ると、かわいらしい丸顔に頬のそばかすが印象的な10代の女の子だった。
「リリアン妃殿下でいらっしゃますか?」
「えぇ」
「あーよかった。ユケル様がオーラが違う。艶のある金髪に青の瞳でお人形のような女性だからすぐにわかるよって言ってたけど、本当にお人形さんみたい」
「……ありがとう。ユケル様の侍女かな?」
「あーいえ。失礼しました。侍女のサクと申します。お迎えに上がりました。今日付けでリリアン妃殿下の侍女ですので、何でもお申し付けください」
「あーありがとう」
私たちは歩いてユケル様のお屋敷に向かうことにした。
屋敷に着くと白い2階建ての建物はこじんまりとしており、男爵の私の家とさほど変わらなかった。辺境伯って結構身分が高いはずなのに本当にあの従者の言う通り、自分の稼ぎも分配しているのだろうか。
そんな聖人君主な伯爵家とか今まで私の知る中では出会ったことがない。まったくどんなお方なのか想像つかないまま、サクが扉を開いた。
「ユケル様、リリアン妃殿下をお連れしました」
「あぁ……」
という声が聞こえたかと思うと、階段から転がり落ちてくる人の姿が……
「えっ?」
思わず声を上げてしまって助けることもできずにいるとサクはその人に駆け寄った。
「大丈夫ですか。ユケル様」
「イテテテッ。大丈夫だ。少し浮かれすぎていたようだ」
頭を抑えながらその銀髪のふんわりヘアに黒目が特徴的な20代の男性だった。この人がユケル様?辺境伯って言われているくらいだから、40代もしくは50代を想像していたので驚いてしまった。
「リリアン妃殿下、相変わらず見目麗しゅうございます」
今までこんなお世辞のような言葉を言われたことがなかった。そういえば、男爵令嬢だからってみんなが私を蔑んで略式の礼すら取らないことが多かった気がするわ。ランド王子が横にいる時ですらこんな容姿を褒めるようなことはなかったわね。そんなことを考えていたら、挨拶が遅れてしまった。
「……ごきげんよう。この度お世話になることになりました、リリアン・ルワンナでございます」
「妃殿下よりそのような丁寧なご挨拶していただけるなんて、幸せすぎる……あっ、わたくしはこのハラルを管理しているユケル・ティンガハルと申します」
何か思っていたイメージとは違いすぎてどのように話を進めていけばいいのかわからない。とりあえず愛想笑いでごまかしておいた。
「あーその胡散臭い笑顔すら愛おしい。とりあえずお茶でも入れて今後のことについてお話させていただきます。サクご案内を」
「はい、。妃殿下こちらです」
そういえば、階段から落ちてきた出来事のせいで玄関先で話し込んでいたということを忘れていた。私はサクについていく。それにしても愛想笑いを胡散臭いと言われたのは初めてだったので少しムッとしてしまっていた。
「リリアン妃殿下……申し訳ありません。ユケル様の名誉のために申し上げておきますが、階段から落ちることなど今まで一度もありませんでした。それに今のようにお相手を傷つけるような話し方をするようなお方ではないのです。寛大なお心でお許しいただければと思います」
「……そうよね。私も従者より聞いていた話と違いすぎて驚いているの」
サクは一度後ろを向いて何か紙を見ていた。まだ、新米侍女なのだろうか。
「ありがとうございます。さすがは聖女のようにお優しいと評判の妃殿下です」
「あのね、その妃殿下って呼ばれるのもあまり慣れていないのよ。公式の場以外はリリアンでいいわよ」
「そんなの恐れ多くて無理です」
「私はここで一人だし、寂しいから話し相手も欲しいのよ」
「さようでございましたか。それではアタイはリリアン様とお呼びさせていただきますね」
「ありがとう。そうね。そのアタイって砕けた話し方も親しみがあっていいわね」
「あっ、すみません。思わず嬉しくなってしまって、アタイって言っちゃいました。テヘ」
可愛く舌を出しながらおどける姿はまさに少女らしい雰囲気だった。
「リリアン様、ここがリビングです。こちらにお座りください」
「おいっ、サクその言葉遣いはなんだ!!」
すごい形相でやってくるユケル様。どうやらすでにリビング横の厨房にて自分で紅茶を入れてくれていたらしい。とことん規格外の人だと思う。
サクは怯えているのか下を向き震えていた。
「ユケル様。私がサクに無礼講でいいと、敬称はいらないとお願いしました。責めないで上げてください」
「いや……違うんだっ……これには理由が……」
先程まで威圧的な態度とは真逆にモジモジとしだすユケル様。なんだかイライラするわね。
「ハハハ。もう堪えられない」
噴出したのはサクだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます