夜は明けて

 次に目覚めた時はもう完全に明るくなってから、だった。でも何だろう。朝日を浴びて起きるだなんて生まれてから殆どしてなかったし、何より逃げて生き延びたということでとても爽やかな気持ちになれた。

 

「よう、ぐっすりだったな」

 

 地面の焚き火はすでに消されていたが、スティーグさんも寝る前と変わらない場所に座っていた。多分寝ずに見ててくれたんじゃないかな。そんな気がする。

 

「改めて、ありがとうございました。スティーグさん」

「さんはいらねぇよ。俺は目の前の事にできる事をしただけだ。運が良かったとだけ思っとけ」

 

 僕の言葉にちょっと視線を逸らして答えるあたり、もしかしてちょっと照れているのかもしれない。ああでも、この感謝は何物にも変え難いね。

 

「起きたばっかで悪いが、早々に移動しねぇとな。これでも腹に入れてろ」

 

 放り投げられたのは普通の、そう普通のパンだった。硬いけど、カビが生えてたりしない普通のパン。

 

「ちっ、一々飯で泣くなよ…… 街に行ったらもっとマシなもん食えんだから」

 

 そうは言ってもやっぱり、人生最高のパンだもんね。泣きたくもなるってもんさ。

 

「あとこれを履け。サイズは合わんだろうが、裸足よかナンボも良い」

 

 パンを必死で頬張る僕の足元に茶色の何かが放り出される。うーん…… ああ、革のサンダル? かな。靴底に紐だけって感じの簡素なものだ。

 

「足が痛くなったら言え。背負うぐらいはしてやる。それまでは何とか自分で歩いてくれよ」

 

 それくらい、頑張って当たり前だ。しかし本当スティーグって見た目にそぐわない優しさだよね。僕が女って事も気付いてなかったって事はそれこそ打算なんて何もなしで助けてくれたんじゃないだろうか。これは何とかしてでも恩は返さないと。

 

「こっから行くのは寝る前に言ったが、クラーンの街に行く。大体、 そうだな俺の足で日が登り切る頃に着くくらいの場所だ。まぁ日が暮れそうなら、お前を担いでいくさ。スキル石クラフトシュタイン、後何個だっけな……」

 

 スキル石クラフトシュタイン? 何か聞き覚えのない単語がでてきた。名前からしてファンタジーっぽいよね。やっぱり魔法とかすぎるとかってあるのかな?

 

「何不思議そうな顔してんだ、スキル石クラフトシュタインなんて…… ああそうだったよな。下手すりゃ何もしらねぇか。ほれ」

 

 そういって彼は小さな袋から手のひらにジャラジャラと小石を出して見せてくれた。どれも赤や青の色とりどりの半透明な小石だ。これで何か魔法どかーんとかするのだろうか。

 

「何期待した目で見てるのかは知らんが、こりゃただの低級よ。ガキが期待する様な石何ざ高くて買えやしねぇ」

「そうなんだ。でも綺麗だね」

「それぞれスキルが対応する神様の色を表してるらしいぜ、俺も使うしか能がねぇから詳しくしらねぇけどよ」

 

 出した小石が袋に戻されてしまう。ちぇー、一個くらい欲しかったのになー。

 

「物欲しそうな目で見てもやんねーよ。それこそ飯の種だからな。つーか、こんなの普通に農家だろうが使ってるだろ」

「僕ってぶっちゃけて、要らない売られる用の子供だったからね。そういうの見るも何も、さっき言ったみたいに牛小屋くらしだからね」

「……くそっ、そういうのはそんな明るく言う事じゃねぇんだよ」

 

 僕の答えに不満があったのか、ブツクサ言いながら頭を搔くスティーグ。明るく言おうが暗く言おうが売られる予定だったのは間違いないけどね。脱走したけど。いやー、何だかんだで成功すると本っ当にすっきりするよね!

 

「売り物が逃げたって事は追っ手がかかる可能性だってある。夜の間にそういうのが来た様子はなかったが、食ったらさっさと靴履いて逃げねぇとな」

「そこまで本気で追いかけられると、ちょっと怖いなぁ…… でも、銀貨30枚ってそんな本腰入れないとだめな金額?」

「ああ? 30枚だぁ? そりゃえらく安く買い叩かれてるじゃねぇか。だけどよ問題はそこじゃねぇ。買い取る前に商品が逃げたってなると、人買いは売り主にその金額を払えって言うんだよ。お前の親、親か? そいつにすりゃあ銀貨30枚手に入れるどころか逆に取られる立場になるんだ。そりゃケツに火ぃついたみたいに探し回るだろうよ」

 

 まさかの−銀貨30枚ってなると、うん間違いないね。鬼のような目をして探すに違いない。あ、でも若干ざまぁみろって思っちゃう。そそくさとパンをねじ込んで、靴を履く。たしかにサイズは合ってないけど、紐できつく締めとけば違和感はそこまでないし、何より素足に比べたらかなり楽だ。

 

「ここらに狼が出るって事は昨日でわかってるだろ。日が暮れるまでに街に行くぞ」

 

 彼の言葉に僕は頷くと、伸ばされた手を取って立ち上がる。昨夜も思ったけど、怪我をしていたところに包帯が巻かれているものの、痛みはーーない。足や手を動かして確認している僕にスティーグが声を掛ける。

 

「ほら、行くぞ」

 

 この声が、僕にとってこの世界での人生の始まりだった。

 

 道中、彼は僕と手を繋いで色々な事を話してくれた。スティーグは冒険者だったらしい。冒険譚だったり、出会った人との話だったり。この世界の事をなにも知らない僕にはそれがとても煌びやかな世界に感じた。でもーー

 

「こんだけ言って何だがな。冒険者になろうとか思うんじゃねぇぞ。この仕事はな、簡単に命が消えてく仕事だ。それこそさっき話してやった剣使いの奴だって、もう死んでる。名前だけが派手で、運が悪けりゃそれこそ銀貨1枚で死ぬのが冒険者だ。」

「じゃあなんだってスティーグはそんな仕事をしてるの?」

「そりゃぁ生きる為と、自分の後悔の尻拭いさ。これ以上は詮索はなしだ。何にせよ、冒険者にだけはなろうとするなよ」

 

 でも僕の心は既に決まってしまっていた。彼が何と言おうとも、何れは冒険者に、彼みたいな冒険者になるって。それを口に出すのは野暮だからね、黙ってるけど。

 

 それからも彼は歩きながら様々なこと、本当は知ってるはずの事を教えてくれた。街のこと、生き物や植物のこと。そしてーー出会わない方が良い、魔物のこととかも。魔物の話にやっぱりいるんだなーって期待の目で見てしまった僕を彼は嗜めてきたけどね。

 

 やがて僕が歩き疲れてしまった時には、なんて事ないかのように僕を背負って歩いてくれた。その背中はとても大きくて、いつか絶対にたどり着いてみせる、そう思わせてくれる背中だった。

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