第5話:変えられない過去は未来を変えられる

「今回、皆に集まってもらったのは言うまでもない。アルト・ショーイの両親である『フェース』・『ラン』両名についてだ。本件は、21歳の青年が親に金を要求され犯罪に手を染めたという許しがたい事案。また、アルトには弟の『ノール』がおり、養育環境から彼への虐待の可能性も否定できない。よって、今夜両名に任意同行を要請し、なおかつノールの安否確認を行う。そこで、一度フェースと関わり、ノールと思われる人物を視認したこともある生安相談係にも協力をお願いした」


 会議室一杯に捜査員が集まる中、指揮官から概要が説明される。横で座っているニーナは先程から顔を青くして必死に聞いている。


(そうだよな。ほんの一瞬でも言葉を交わした人にもしものことがあればと考えたら)


 みんなが助けたい思いを一つにしている。だからこそ、冷静に動かなければならない。感情に判断が支配されないよう、俺自身に言い聞かせる。


「説明は以上だ。それぞれ所定の配置につけ!」


 いよいよ始まる。フェースと会ったことのある俺らは前線である彼との交渉部隊の一員に加えられている。動揺を見せてはいけない配置だ。


「……警部補。フェースさんは虐待なんてしてないですよね」


 ニーナが俯きながら小声でつぶやく。


「分からない。だけど、アルトは犯罪に走ってしまっている。そんな養育状況じゃ、否定できないよ」


「でも!今まで泣き声とかの通報はなかったんですよ!」


「隣のドラゴンさんの爪とぎでかき消されていたのかもしれない」


「そうなら、フェースさんは相談しない方が得なんじゃないですか!」


「彼は町内会役員だ。付近の住民から相談するように頼まれたかもしれない。こういう犯罪をする人は、外面が良い人が多いんだよ……」


 たくさん見てきたんだ。被害者を、加害者を。だから、ここで引き下がるわけには行かない。


「でも……」


「警察官は疑うことが仕事だ!!ニーナ巡査部長が疑うことで、救われる人がいるかもしれない!私情を捨てて、疑え!」


 過去は変えられない。だから、過去になる前に、僕らが鬼になってでも止めるしかない。



「これより、ショーイを呼び出す。各員、警戒を怠るな」


 ドアが指揮官によってノックされる。家の中を歩く足音が近づいてくる。ドアノブが回る。


「こんばんは、イハリス警察です。今日我々がきた理由に心当たりは?」


「えっ、警察?さあ、最近関わったことといえば騒音の相談くらいですけど」


「……実は、息子さんのアルトさんが逮捕されましてね。そのことについて事情をお聞きしたい」


「アルトが?そうですか……。実家を飛び出してから何をしていたのか……。分かりました。協力いたします」


 息を吸うように、アルトの供述と異なることを話した。しかし任意同行は承諾する。


「あの、フェースさん!ニーナです。ノールくんはいますか?」


「あっ!ニーナさん。お久しぶりです。ノールなら奥で寝ていますよ」


「その、ノールくんに……一度会わせてもらえませんか?」


 フェースの目が細くなる。


「……なんでですか?アルトと関係ないじゃないですか。ニーナさん!」


 ニーナの顔が引き攣る。これはまずいかもしれない。


「フェースさん。コーイです。正直に申し上げます。アルトくんの状況から、我々はノールくんへの虐待を危惧しています。だから、そうではないという証明をしてくれませんか」


「アルトの状況がノールと繋がるとは思えない!」


「あなたが言ったじゃないですか。と。十分我々としては心配になる要因ですよ?」


 大声で怒鳴り合う。すでにフェースの仮面は剥がれてしまっている。


「あ、……警部補、あそこに!!」


 その時ニーナが叫んだ。きっとこの大声が功を奏した。

 廊下の奥に小さな影が見えた。


「ノールくん!!」


ニーナが叫ぶ。


「中に戻っていろ!ノール!」


 ノールが徐々に走り出す。顔が見える。身体が見える。玄関ドアに足がつく。

 そして、ニーナの胸に、飛び込んだ。


「警部補!ノールくん、痩せています……。それにアザも……」


 顔を歪ませながらノールが叫ぶ。


「……お母さん、ありがとう。お母さん!ありがとう!」


 何か違和感を感じる。その言葉は辛そうな顔をして言う言葉ではないはずなのに。

 そういや、一つだけ引っ掛かっていたことがあったんだ。


「……アミさん!取調のときアルトくんは一切標準語が出なかった?」


「え?……そういや、ずっと私が通訳してました」


 ……そうか。この子たちは一般人に通じる言葉を教えてもらっていないんだ。だから、ノールは特定の単語しか話せない。

 となると、ノールが伝えたいことは……。


「ノールくん!お母さんはどこ!?」


 ノールはより泣きそうな顔になる。理解しているのか分からない。……でも多分当たりだ。


「みんな、ランさんが家の中で被害遭っているかもしれない!家を捜索するよ!」


「警部補!?突然どうしたんですか?」


 実は、虐待とDVは同時に起きていることある。もしかすると、ノールはランを助けてほしいと訴えていたのではないか。


「ダメだろ!人の家に勝手に入るなよ警察風情が!」


 フェースが恫喝する。


『突入しちゃいなよ、行けるって』


 その時後ろから声が聞こえた。あの、転生官の声だ。

 すぐに振り返る。ニーナとアミが俺を見ていた。


 そうだ。転生官の声で思い出した。ここは日本の制度を参考にしている。それなら……


「フェース!ノールくんへの傷害容疑で緊急逮捕する!ニーナ!」


「アミ!了解!警部補、突入しますよ!」


 彼女らが一歩早かった。そう、被疑者が逮捕されている場合、令状なしで家宅捜索が可能になる。もしかすると、この世界でもそうかと思った矢先だった。


「ああ!行こう!」


 突入してからランが発見されるまでそう時間は掛からなかった。ノールが保護されるまで、近くで見守っていたからだろう。



ノールはランに愛されていた。

だから「お母さん」と言えた。

感情を伝える最高の言葉を教えられていた。

だから「ありがとう」と言えた。

ノールはランを愛していた。

だから、彼女を助けたいと言葉なしでコーイに伝えられた。

ランはノールを命がけで守ろうとした。

そんなランを、俺たちも助けたい。



 明くる日、俺たちは病院へ向かう。

 病室にはノール・ショーイ、そしてラン・ショーイの名前が刻まれている。

 挨拶すると、ノールは笑顔で手紙を渡してくれた。


『ニーナさん、ソウダンコーイさん、ありがとう』


 全く、誰が俺の名前をマスコットキャラにしろと言ったんだか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】生活安全相談係の警察官は異世界でも忙しい 葛城 ゼン @KATSURAGI-nov

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ