第4話:見えない現実を見据えて
「不審な電話、ですか?」
「そう!そうなのよ!恐ろしくて夜も寝られないわ!どうにかしてくださる?」
相談者は、ミル・オルフィムさん。女性、56歳。外見は俺と同じ人間だ。なんだかちょっと安心する。オルフィムさんのご家庭は資産家で、おかしな電話多いらしいが今回は群を抜いているらしい。
「百聞は一聞に如かずよ。聞いてみて頂戴」
慣用句をアレンジしながら、オルフィムさんは音声録音を再生する。
『ウォウォウォウォン。ウォン。ウォウォン。ウォン』
「おっとこれは不審」
というか、これは言葉なのか。全く理解できないぞ。一応転生時に言語機能は問題ないと転生官が言っていたから、今のところ何とかなっていたんだが。
横で聞いていたニーナの様子をうかがう。
「間違いないです。これは狼男の脅迫でしょう。すぐに突入しましょう警部補」
「いやどこに突入するのかもわからないし、脅迫である確証は?」
「何言っているか分からないからです」
「俺は君が何を言っているのか分からないよ」
しかし参った。俺もニーナも分からないとなると……。
「課長!これなんて言っているか分かりますか?」
「……さあ全く。おば様に対して、電話に出ないように指導するしかないんじゃないのか」
大人三人そろって脱落か。しかし、電話に出ないように指導では根本的な解決にならない。だからと言って、なす術がない。どうしようか……。
「回覧板でーす」
その時、一人の女性が生安課に訪ねてきた。刑事課のアミ・フォルカ巡査部長だ。よく回覧板を持ってくることを口実に、同期であるニーナと世間話をしに来る。あとトイプーの顔をしていて可愛い。
「あれ、みんな揃って録音の精査ですか。お疲れさんです。あっ、ウチにも回してくださいねえ」
「アミ、何言ってるの。回覧板は今あなたが回してきたんじゃない」
ニーナが疑問をアミにぶつける。
「ん?いや回覧板のことじゃなくて、その音声のことよ」
そうか!アミはショーイさんとかと同じ、犬系の人だ。だから彼女ならこの音声が何を言っているのか分かっているのだ。つまり……。
「アミさん。この音声は刑事課が動くような犯罪行為ってことですね?」
「刑事課が動くも何も、
『オレオレオレオレ、おばあちゃん、オレオレ、オレ』って言っているじゃないですか。どう聞いてもオレオレ詐欺ですよ。まあ標準語で話していないから皆さんは分かるはずないですね」
マジかよ。そういう風に聞こえているのかこれ。ていうかこれ標準語とか言う問題なのか。生安課3人が驚きを隠せない中、唯一オルフィムさんだけは違った。
「なんだ、ただのオレオレ詐欺だったの!心配して損したわ。そんなのいくらでもかかってくるわよ」
「いやオルフィムさん。それ一応毎回通報してほしいですし、できれば心配してほしいんですけど……」
ここから先は刑事課の担当部署に事案を回して、生安相談係での対応を終局させた。
にしても、今どき「オレオレ」を使う者がいるとは。それに、相手方が何を言っているのか分からなければ電話の意味がない。つまり相手方の下調べや諸々の犯行準備が出来ていないのである。なんだか、素人臭い犯行に感じた。
しかし、あとは向こうの方で検挙してくれればいいな、と思っていた矢先のことである。
「ニーナ!コーイ係長、大変です!」
刑事課のアミが転がり込んでくる。
「なんですかアミ。よりおいしい主食はパンではなくご飯だとようやく分かりましたか」
「そのことはまた今度議論しようって言ったでしょ!違うわよ、仕事の話!」
なんてことで議論しているんだこの子たちは。
「で、アミさん。どうかしたんですか?」
「この間の振り込め詐欺の被疑者を逮捕したんですよ。そしたらですね、電話を掛ける役もお金を受け取る役も、何ならターゲットを見つける役も、全部一人でやっていたんです」
それはなかなか珍しいな。こういう犯罪は各役割を分担してグループで行うことが多いのに。
「で、動機を突き詰めたら、なんと、『親に金を渡すよう迫られて、仕方なく自分一人でやってみた』そうなんです。とりあえず昔のやつなら一人でも簡単にできるんじゃないかって」
だから今どきの複雑なシナリオの犯行ではなく、元祖オレオレ詐欺をやったわけだ。素人臭かったのも、実際に素人であったなら当たり前。
しかし、これだけのことならどうしてこんなに焦っているのだろうか。確かに親が絡んでいるとすれば怒りを覚えるけれど。あ、そういや……。
「アミさん。被疑者の名前とか年齢とか聞いてなかったね。なんていうの?」
「それが、『アルト・ショーイ』男性、21歳、イフリス署管内に家族がいます。その名前が……」
『フェース・ショーイ』男性、39歳、二児の父親である。
『ラン・ショーイ』女性、39歳、二児の母親である。
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