第3話:異世界のスケール
「えーっと、マンションのお隣さんの爪とぎの音が大きすぎて、もはや公害レベルとのことで……」
「そうなんです!どうにかしていただけませんかね、刑事さん」
相談者は町内会役員のフェース・ショーイさん。男性、39歳。二児の父親である。でもそんなことはどうでも良くて、なんといっても、耳が垂れた柴犬のような顔で可愛いのだ。頭をなでたくなる。
「まあ、お隣さんはドラゴン族ですから、爪とぎが必要なことは分かります。でも深夜にやりますかね!もう私気になってしまって」
「確かに深夜に爪とぎは非常識ですね、警部補」
「ああ、そうなんだ……」
正直イメージが出来なさ過ぎて反応に困る。爪とぎと言えば、猫が壁でガリガリやるくらいしか知らない。とりあえずここは王道の対応をしよう。
「我々も深夜に確認に行きます。もし本当にひどそうなら、翌朝に配慮のお願いをしに行きますね」
「……警部補、ここはガツンと弾の一つでもくれてやりませんか。ショーイさんもそう思われているのでは?」
……何を言い出すんだこの子は。ショーイさんの顔が一気に真っ青になったじゃないか。
「ちょっと!いきなりどうしたの!」
「いや今までは言葉で聞かせるのではなく、身体に教えるをモットーにやってきたので」
ああ、転生官が送り込むのも納得だ。
「ダメだ。これからは力ではなく、心で。心を伝えることで解決させていきますよ」
「私も、できればそちらの方がありがたいです……」
逸るニーナ部長をなんとか抑え込み、深夜に確認へ向かうことになった。
(……と、とんでもない音だ)
耳元で巨人がすり鉢を爆音で擦っているような状態だ。むしろ、これを今まで耐えていたことのほうが驚きである。
「コーイ警部補。突入しましょう」
「待って待って。確かに凄まじいけど!面倒ごとをこれ以上起こさないで」
しかし、これはすぐに対応するべきかもしれない。ここまでの騒音だとは思っていなかった。
「よし、声かけるか」
「準備はいつでもできています」
突入準備を済ませているニーナを横目に、ドアをノックする。
「夜分遅くにすみません!イハリス警察です!」
爪とぎの音が止まる。てかあの音の中で俺の声が聞こえたのかよ。
「おう?刑事さん?こんな時間にどうしたんだい。事件か?」
羽が背中から生え、アニメとかで出てきそうなドラゴンの顔をした者がドアを開ける。恐らく男性、年齢は多分50代くらい。
「いやそうじゃないんですけどね。ちょっとお家から大きな音が出ていたので、何かあったのかと思いまして」
「ああ、そりゃおいらの爪の音さ。これ見てくれよ自慢の爪なんだぜ!」
刃物のような爪を目の前に出される。これはもう、銃刀法でしょっぴけるな。
「あっと、それは一度戻していただいてですね。まあ、かなり大きな音が出ているもんですら、付近の住民の方も気になってしまうと思うんですよ。ですから、できれば日中の方で爪とぎをお願いしたいんです。勝手なお願いで申し訳ないんですが」
あくまで低姿勢に、興奮させないように。
「そっか……。まあそりゃそうだよな。悪い、ちょっと耳が遠くなってきたかもしれんな!今後気を付けるよ」
よかった。激情しないタイプだ。助かった。あの爪を使われていたらまた例の転生官と話さざるを得なかった。
一礼した後、ふとこちらを見ている視線に気づく。隣のショーイさんの家からのものだ。視線を移すと、そこには子供の目があった。ショーイさんのお子さんのようだ。
「……あ、りがとう」
たどたどしいながらも、言葉を紡いでいる。俺らの一連のやり取りで目が覚めてしまったのか、少し涙目だ。
「大きな音立ててごめんね。お姉ちゃんたちすぐ帰るからね」
さっきまで「突入できます」顔だったニーナが、いつのまにか優しい表情で語りかけていた。こういう対応が即座にできるところを見ると、やはり彼女も警察官であることを実感する。
「よし、じゃあ今日はこのまま帰って、明日事後処理をしようか」
次の日、電話でショーイさんに解決の報告と、お子さんを起こしてしまったことへのお詫びを伝える。
「本当に助かりました!こちらこそ、息子が何か言わなかったでしょうか」
「いえいえ、むしろ『ありがとう』と言っていただけて、我々もとても嬉しかったです」
「そうですか。私の方からも、今回はありがとうございました」
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