第2話:新しい名前

 俺は警察署の前に立っている。まあそりゃそうだろう。俺は警察官なんだし。

 でも昨日までと違うことがある。そう、警察署の名前だ。


「イ、イハリス警察署……。異世界っぽい」


 逆に言うと、それ以外の違いがない。

そう、警察署の概観が日本と驚くほど同じなのだ。となると、転生官の言っていたことを思い出す。


『いや実はさ、あたしの管轄の異世界がめっちゃ治安悪かったのよ。そんな時にちょうど元警察官のおじいちゃんがここに来たわけ。そこであたしバキューンしちゃってさ。この人転生させて警察システムパクればいいんじゃね?って!』


 擬音はともかく、言っていることは筋が通っている。地球でも他国間で行政システムを輸出入することはある。それの異世界間版と捉えればいい。しかし、これも受け入れる側の態勢が不十分だと頓挫することもある。


『でさ、やったのはいいんだけど。現地でうまく適応できていない所もあるのよね。そこで、頭がよくて真面目なあたしは、死んじゃった現役警察官をこっちの異世界に回してもらって、投入しまくって何とかしているってこと。だからあんたもその一員になれ。ま、あんたはたまたまだけど』


 あの見た目、雰囲気、言葉遣いから補導したくなるけど、いかんせん話の筋は通っている。ならば、とりあえず自分のやるべきことをやるしかないのだ。


(今日ここに着任するって扱いになっているんだよな。よし、行こう)


 イハリス署のエントランスに入り、受付に声をかけ署長室に挨拶した後、自分の所属先へと階段で向かう。


(ん?階段に何か書いてある。『ご・安・全・に』って、これ階段の一段一段に一文字ずつ書いて言葉にするアレじゃん!どんなところを輸入させているの!)


 今から不安で仕方がない。



「今日からお世話になるコーイ・ソウダンです。生安相談係の係長として勤務します。よろしくお願いいたします。」


 どうしてこうなったんだ。しかし、この事態の被疑者は特定できている。


『え、あんた、総鯉段って言うの?絶対あだ名ソウダンだったでしょ!それしかないよね!いや相談係天職じゃん、笑える』


 面倒くさいことに気づいた上に、蓋を開けてみれば「鯉(り)」を「こい」に読み替えたことで、まるで相談係のマスコットみたいな名前にしやがった。さっき署長が噴き出していたぞ。あの転生官、許さねえ。


「紹介ありがとう。私は生活安全課長のポルクだ。生安相談係は君を入れて2人。少数精鋭でよろしく頼むよ」


 まず外見に目が行く。というのも頭が豚だ。清潔感のある男の豚がスーツを着て話している感じである。年齢は40過ぎくらいで、ちょうど脂が乗ってきた時期だろう。いや、美味しそうとかじゃなくて、仕事的に。


(人手不足をカッコよく加工した言葉「少数精鋭」がもう飛び出しているよ)


「ニーナ・ウェーブ巡査部長です。よろしくお願いいたします、警部補」


 こちらは鳥、具体的には鷹の頭だ。キリっとした目に、女性もののパンツスーツ。20代だと思うが、なかなかできそうな雰囲気を感じる。

 そして、巡査部長という名称。本当に日本の警察システムが土台になっていることがこういう細かいところから分かる。ちなみに、警察署までの道中でこの世界の言語の当て字で「こうばん」と書かれている建物もあった。


「早速だけど一件、来庁されている相談者さんがいる。二人で頼むよ」


「承知しました。じゃあ行きますか、ニーナさん」


「警部補。こういうときは『ニーナ部長』と呼ぶと聞いたんですが」


(なんでそんな豆知識が普及されているんだよ……)


 本当にちゃんと輸入しているんだろうな転生官?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る