【短編】生活安全相談係の警察官は異世界でも忙しい

葛城 ゼン

第1話:左遷された気分

「騒音も収まったということで。それなら良かったです!また何かありましたら遠慮なくご相談くださいね。では」


 連日続いていた事案も片づいた。ようやくこちらも一安心する。


(次は、常連の片桐さんか。今日は何だろうな)


 ここは警視庁丸の外警察署生活安全課生活安全相談係。名称が長くて面倒くさいから、ここからは生安相談係とでも呼ぼう。


 我々の部署は、ストーカーやDV、近所トラブルなど、いわば「住民のお困りごと」に対応する。受け付ける事案が幅広いため、なかなかに大変な業務である。さらに、ストーカーやDVなんていうのは重大化しやすいものの典型例だ。こういうものは他の部署との連携も必要になる。要は、「相談係」という緩い雰囲気の名称だが、意外と苦労している。


「……そうりかかりちょう。総鯉係長!!」


「ああ、ごめん。どうした篠原くん」


 しまった。物思いにふけて部下に呼ばれていたことに気づかなかった。


「大丈夫ですか?あ、これ、さっきの相談の報告書です。ご確認お願いします」


「ちょっと疲れが溜まっていてね。心配ありがとう。報告書もらっておくよ」


 失礼します、と礼儀正しく篠原くんは下がっていく。しかし、最近ふらつくことが多かったり、集中が途切れることが多い。


(病院に行くほどでもないと思うけど、流石に休暇をもらうか)


 とりあえず報告書を確認して篠原くんに返し、明日の予定を確認した後、今日は早めに退庁した。マンションに帰って、家事を済まし、お布団に入る。そして、明日の朝に向けてぐっすり休んで出勤、だと思っていた。



(ん、ここはどこだ)


 見慣れない空間で目が覚める。周りを見るとまるで空の上にいるような気分になった。


(夢……か?)


 冷静に考えればこれは夢だろう。だって俺の持つ最後の記憶は、おやすみなさい、なのだから。

 しかし、それにしては現実感がある。


「よいっしょ。突然の出勤だなんて聞いてないよマジで」


(……誰だ)


 突然目の前に女性が現れた。年齢は10代後半くらいか?背丈はそこまで高くはない。髪型は前髪をあげたショートヘアだ。服装はローブ姿なのか?少なくとも街頭で見たことがない。


「ちょっとあたしの外見観察しているところ悪いんだけどさ、こっちも仕事なのよね」


「仕事?こんな時間に?」


「そうよ!あんたのせいで仕事なのよ!反省して!」


「いやいや。何を言っているんだ。むしろこんな時間に青少年が仕事をしていると我々の仕事が増えるんだぞ」


 全く状況が分からないけど、とりあえず俺も夢の中で仕事モードになるしかない。


「あれ、ちょっと話噛み合わなすぎ?あたしの仕事内容知ってる?」


「それを今からお兄さんに聞かせてもらえないかな」


「え、怖。ナンパなら他所行ってよ、って違う!あたしの仕事は転生官!」


「テンセイカン?そういうマッサージ店があるのかな。でもそれはグレーかもしれ…」


「んなこと言ってないよ!転!生!官!異世界転生を司っているの!」


 異世界転生だと?それはアニメや漫画の話ではないのか?同期の神山が興奮しながら話していた気がするけれども。それを現実かのように話すってことは……まさか!


「君、もしかしてクス……」


「やってないよクスリもやってないよ!あんた何者なんだ!なんでそんなポンポン疑うんだ!」


 彼女に嘘をついている雰囲気がない。もしや本当に転生官とやらなのか?しかし、夢の中だから私の妄想の可能性も……。


「やっと落ち着いたかこのお兄さん。全くここまで手を焼かされたのは初めてだよもう。よし!本題に入ろう!」


(本題に入る?とりあえず聞き進めてみようか)


「まああんたはさっきお亡くなりになったのよね。とりあえずご愁傷様。で、転生先についてなんだけどもね」


「ちょっと待って?お亡くなりになった?何を言っているんだ?」


「いやそのまんまよ。死んじゃったってこと。だからこんな辺鄙な場所にあんたは来ているわけ」


「いや、俺は今寝ているはずだぞ。夢にしてもタチが悪いんじゃないか」


「ああ、あんた寝たまま逝っちゃったパターンかあ。道理で混乱しているのね。まあそれも人生ってわけよ。で、次の人生なんだけど」


「は、話が早すぎるよ。ちょっと悲しむ時間と整理する時間ちょうだい」


「あれ、口調変わってる。まあいいよ。あたし優しいし」


 冗談じゃない、信じられない、否定したい。でも、ちょっとだけ心当たりがある。ああ被疑者が取り調べ受けている時ってこんな気分なのかなあ。

 最近のふらつき、体調不良、そしてびっくりする忙しさ。ここから察するに……


「過労死、しちゃった?」


「知らないよ。そこまでの情報をあたしはもらっていないもん」


 しかし、自分で妙に納得してしまった。それなら、寝ている間に死んでいても気づかないし、一人暮らしである俺を助けられる人はいないだろう。


「……そうか。死んじまったのか。変死扱いだろうから、どうせなら俺の調書読んでみたいな」


 にしても、転生かあ。次はゆっくり過ごしたいなあ。少なくとも死なないように。


「突然落ち着いたなあんた。てか調書って何?」


「ああ、調書っていうのは警察とかで作る報告書みたいなもんだ。裁判とかで証拠になったりするんだけれど」


「え、あんた警察官?」


「まあ、生前?はそうだったね」


「はー!道理であたしを疑いまくったわけだ。納得!!にしても、あたしは持っているね」


「それはもう、職業病というか……。ん?持っている?」


「あんた警察官だったんなら、ちょっと行ってほしい異世界あるんだけど!」


 しまった。面倒ごとに首を突っ込んだ気しかしない。

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