見習い魔女メリィ
夏木
友達をつくるの!
ママへ。
メリィはママみたいな立派な魔女になるために、毎日勉強してます。
この前もね、すごい魔法にチャレンジしたの。
今日はそのことについて教えてあげるね。
☆
街はずれの森の中にひっそりたたずむ木造の家。そこが見習い魔女、メリィの家だ。
一人前の魔女になるべく親元を離れて魔法を学び身につける、という魔女のしきたりから、メリィは五歳になってすぐ、一人でここの家にやってきた。
長く使われておらず、最初はボロボロの家だったが、少しずつ材料を森や街で見つけては自力で修復し、暮らしていけるほどの家へと変化を遂げた。苦手ではあったものの、衣食住を確保するために必要な魔法を何とか使って早一年経った。
しばらく家の修繕に着手していたが、そろそろメリィには新しく始めたいことがあった。
「メリィ、今日こそお友達を作るの!」
鳥のさえずりが聞こえる朝。意気込むメリィの声が森に響き渡る。
「鳥さん。今日ね、メリィはお料理するよ。じゃじゃーん。毎日コツコツ魔法をかけて作った告白リンゴがあるのです!」
窓から青い鳥がメリィを見つめる。
鳥の言葉がわかるわけではないが、メリィは行動全てをその鳥に説明し始める。
「このリンゴはね、メリィがずっとお友達になりたい子のことを想って魔法をかけ続けた木に生ったの。真っ赤でおいしそうでしょ?」
メリィの手には、熟したリンゴが一つ。
見た目的には普通のリンゴと変わりないが、メリィがおよそ半年。想いを込めた魔法を毎日欠かさずかけた木に実った、魔法のリンゴである。
がかけた魔法は、気持ちが伝わるという魔法。
魔法をかけた人物の気持ちが、リンゴを食した相手に伝わるのだ。
これは恥ずかしがりやのメリィが最初に母に教えてもらった魔法の一つであった。
「このリンゴを使って作ったパイで、メリィはあの子とお友達になるのです!」
自分の背丈より高いキッチンの前に足場を運んで、その上に立ち、かき集めた材料を並べていく。
「やるのー!」
腕をまくり、まな板にリンゴを乗せ、メリィは包丁を大きく振り上げて降ろした。
その動作は料理に慣れていない人そのものだ。それでもざくりと切れたリンゴ。中心を捉えていなかったが、ちゃんと切れたことに安堵し、次々にメリィはリンゴを切っていく。
「リンゴを半分。お鍋に入れてー、月の雫を入れて。それから星の欠片で甘くしてぐっつぐつ~♪」
歌いながら料理を続ける。
鍋で煮詰めている間に、先週集めた雪の粉をボウルに量って入れ、サイコロ状に小さくした金のバターと混ぜる。さらに月の雫を加えて混ぜる。
幼いメリィの力ではなかなか難しい作業であるが、友達になりたい相手のことを思いながら作る。
集中して魔法を使いながら、混ぜてこねて伸ばして。凸凹しているもののパイ生地が完成した。
「ふぅー! 疲れちゃったの。でも、頑張るの!」
粉が顔についていることにすら気づかぬまま、次のステップへと進む。
生地を焼き型へと入れて形を整える。そこへフォークでプスプスと穴を作ってから、煮詰めていたリンゴを流し込む。
甘い香りが辺りに広がり、お腹がぐうっと音を立てたが、メリィは手を止めない。
全ては友達を作るために。
「えっとー、えっとー次はー……? そうだ! 残った生地をアミアミにして乗せるの!」
あたふたと慌てたあと、ハッと思い出して、残りの生地を網目状に乗せる。
「できた! 焼くよー……ぼうぼう、ぼう!」
えい、と手を振ればパイが炎に包まれる。どれだけの時間、どのくらいの炎で焼けばいいのか。メリィは母から教わった感覚を頼りに集中して焼いたのだった。
「できたのー!」
炎が消え、現れたのは茶色く焼けたアップルパイ。
甘い匂いがメリィの家中に広がっていく。
「出来たての方が美味しいってママが言ってたの」
メリィは出来たてで熱々のパイをカゴへ入れる。そして元気よくそれを持って家を飛び出した。
外はもう日が沈み、月が昇っている。
その中を幼いメリィは恐れることなく小走りで進む。
森を抜け、街へ出れば、帰宅途中の人々が幼いメリィを見て嫌悪の目を向けた。
魔女は恐ろしい存在だと考える人が多いのだ。
見た目で普通の人間と魔女を見分けるのは容易ではない。だが、メリィは街へ買い物に行っては、自らを魔女見習いと名乗っていたため、住民の多くがメリィのことを知っていた。
「いたっ! むむむっ……転んじゃったの。痛いの……」
人をぬって進んでいたが、大人の足にぶつかり、倒れこんだ。膝をすりむき、うっすらと血がにじむ。
今にも泣き出しそうな顔で傷口を見つめたメリィだったが、急がないといけないという焦りが再び奮い立たせた。
「泣かないの。早くプレゼントするの!」
痛みを我慢しながら、右へ曲がって進んだ先。メリィが入って行ったのは夜の公園だった。
時刻が時刻なので、子供の声はない。冷たく静かな公園の中へと進み、中央にあるジャングルジムの前でメリィは足を止める。
「これ、食べてほしいの! メリィはメリィなの。そ、そのっ。リ、リィとっ、と、友達になってほしいの!」
メリィはカゴの中のアップルパイを見せながら言った。
その言葉を向けられたのは、ジャングルジムの一番上で座っていた一人の少年だった。
顔に傷のある高校生ぐらいの見た目の少年は、驚いたような顔をしてメリィを見つめる。
まさか自分に言われているとは思っていない少年は、周りをきょろきょろ見て、他に本当に自分に言われているのか確認した。周囲に誰もいないことを確認してもなお、信じがたいためか、今度は少年が口を開く。
「俺に言ってる?」
低い声で言えば、メリィが何度もうなずく。
どうしたものか、と顔をかいた少年は幼いメリィの気持ちを無下にすることはできず、軽々しくジャングルジムから飛び降り、メリィの前に立った。
「アップルパイ……」
どこか悲し気に言った少年に、メリィが何かを感じ取った。
「嫌い、なの……?」
「ううん。好き。いや、好きだったよ」
「た、食べてほしいのっ。それで、メリィのお友達になってほしいの」
「あー……」
メリィの声に、いくらたっても少年は手を伸ばそうとはしない。それが不安で悲しくて、メリィの目からボロボロと涙があふれ出してきた。
「ごめっ! 泣かせる気はなかったんだって!」
「ぐすっ……食べてほしいの……メリィ、一生懸命作ったの……毎日魔法かけ続けたの……」
幼い子を泣かせてしまい、少年はどんどん焦りが増していく。
身振り手振りで泣き止ませようとしても、メリィは目を真っ赤にして泣いた。
「ごめん、ほんとーうにごめん! 俺だって、食べられるなら食べたいんだよ! でもできないんだ。ほら!」
少年はメリィの作ったアップルパイに手を伸ばした。しかし、その手はパイをすり抜けていく。
何度も触れようとするも、手に取ることすらできなかった。
「どうしてなの? メリィ、ちゃんと作ったの。食べてもらえないと、お友達になれないの」
目の前の減少に泣きながら首をかしげる。
すると少年は、メリィと目を合わせて原因を伝えた。
「俺、死んでるんだよね。だから、食べられないんだ」
「 !!」
「まさか俺のことが見えてる人がいるなんて。ちょっと嬉しい、ありがと。えっと……メリィちゃん?」
目じりに皺をよせ、伝えればメリィは余計に泣き始めた。
「悲しいのー! 死んじゃっているなんて悲しいの!」
触れることができずとも、少年はわんわん泣くメリィの涙をぬぐうよう手を伸ばす。
「俺は食べられないけどさ、メリィちゃんが食べてるのを見ていていい?」
優しく言えば、メリィは泣きながら頷く。そして二人は公園のベンチに座り、メリィだけがアップルパイを食べた。
「このアップルパイ、メリィの声がうるさいの」
「へえ。どんな声?」
「メリィがお友達になれますようにってずっと言ってるの」
「それがないとお友達になれないの?」
「わかんないの」
もぐもぐとメリィは自ら作ったパイを食べる。焦げている部位は苦かったが、しっかりと焼けており、甘い味がメリィの涙を止めた。
「それが無くても友達になれると思うよ」
「むぅ……メリィとお兄ちゃんはお友達なの?」
「お兄ちゃん……俺、アリルって言うんだ。俺は友達になれたと思うよ」
その言葉にメリィはぱぁっと顔が明るくなった。
「お友達……! メリィ、お友達のアリルを助けるの!」
「へ?」
「メリィ、魔法ができるの! 魔法でアリルを助けるの!」
夜の公園に、高い声が響き渡った。
☆
「よし、できたの!」
手紙を書き終えたメリィは声を出す。
「終わった? じゃあ、おやつにしようか」
「わーいなの」
キッチンから顔を出したのは、公園で出会ったあのアリルだった。
「メリィ、まだまだママみたいな立派な魔女になれなさそうなの。アリルを助けられそうにないの」
「そんなことないよ。メリィはしっかり勉強しているから、きっとすごい魔女になれるよ」
「うーん……」
メリィの前にアリルが白い皿に乗ったアップルパイを置く。
「だって、俺が物を持てるようになったのはメリィが一生懸命勉強して、体を作ってくれたからだよ」
「でもまだ、一緒に食べれれないの……一緒に食べないと気持ちが伝えられないの」
アリルはメリィの向かい側に座り、ニコリとほほ笑みながら言う。
「そっか。じゃあ、俺はいつかメリィが作ったアップルパイを食べられるのを楽しみにしているよ」
アリルの言葉に、メリィは顔を赤らめながら答える。
「頑張るのー!」
☆
ママ。
メリィは、アリルと一緒にアップルパイを食べられるように、魔法を勉強するの。
そうしたら、メリィの気持ちがきっとアリルに伝わるはずなの。
ママのことも好きだけど、アリルのことも同じぐらい好きなの。
秘密だよ。
メリィより
了
見習い魔女メリィ 夏木 @0_AR
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