第35話 零れ落ちていく光
「トウヤ! 何してんだ!」
「刀也早く攻撃して! そんな落ち着いていられるほど弱い相手じゃない!」
「…………」
必死で攻撃する三人に対し、未だ灰霧竜は何も動くことはなかった。
そして自分も、重い鎖で縛られているように思い通りに身体を動かせずにいる。今も延々と火球をイメージしているが何も変化がない。
何を、どうすればいいのかわからない。いくら考えても自分がとるべき手段、納得できる正解が見つからない。頭の中が無意味な思考で埋め尽くされていく。
(これは練習でも遊びでもないんだぞ。命のやり取りだ。このタイミングでなんで使えなくなって、こわい。…………魔法が使えなかったら怖い。失望される? 裏切られる? また……? いやだ……嫌だ嫌だッ! いや? 違うだろ。魔法が使えなかったらもうお──)
「……刀也くん…………トウヤくん!」
その声は、思考に囚われていた俺を現実に引き戻した。
気がつけば背後で魔法攻撃をしていたシュナが俺の所までやって来ていた。
「しゅ、シュナ……」
「どうしたんですか?」
「い、いや……」
「魔法がうまく発動しないんですか?」
「! なんで……」
シュナはいつもみたく安心させてくれるような優しげな顔をしながら、身につけていたポーチから何かを取りだした。
「はい、これ」
「これは……?」
「マジックポーションです。昨日お店で買ってきたんです。自身の魔力を速攻で回復してくれる貴重なアイテムなんですよ」
そう言って緑色の液体が入った三本の小さな瓶を俺に渡す。昨日用事があるって言ってたのはこれを買うためだったのだろうか。
でも、これなら。
「……ありがとう、助かった」
「……ふふっ。そんな重い感謝初めて見た」
シュナはくすくすと笑う。
「困った時は助け合う。私たち仲間だから、ね?」
ここは戦場だ。チームで動いているからこそ一人一人の力、コミュニケーションが必須で、欠けてはならない。何を独りで結論を出して嘆いている。状況が変わるのは自然なことだろ。
「そうだね、ありがとうシュナ」
「うん、頑張ろ!」
今まで孤独に生きて周りの助けなんか無くても生きていられた、ましてや周りとつるんで何かをする奴らのことを見下していた節もあった。
ただ気づいてなかっただけなんだ。仲間を、友達の重要性を。
「トウヤ! まだお前──」
「ごめん! もう大丈夫!」
そうして俺はシュナに貰ったマジックポーションを口にした。薬のようなものかと思っていたが、リンゴジュースのような味が口に残る。危険な状況に変わりはないのにリンゴジュースを飲むとはいったいどういう強者の余裕だろう。
しかし周りを観察できるような余裕を持つことはできた。
これでもう──。
「……あれ? ……いない……?」
さっきまで戦っていた灰霧竜が忽然と姿を消した。
「ふう、やっと逃げたか」
フィンは疲れきったようにその場で座り込む。
辺りを見渡しても灰霧竜の姿は見えない。本当に逃げたというのだろうか? しかし依然として深い霧が空間を支配している。
「いや何かおかしい。あの竜は動きは遅いけれどあんな動かない魔物ではないはず……」
その点は俺も不思議に思っていた。
ペレッタが灰霧竜を斬りつけている所を何度も見た。三人の攻撃は確実に相手にダメージを負わせていたはずである。にもかかわらず反撃も何も微動だにしなかったのだ。まるで痛みを感じてない、いや相手にされていないような……それにあんな巨体がすぐにどこかへ消えるようなことできるわけが──。
気づいた時には手遅れだった。
既にあったかのように大きな影が地面を覆い、気付けば大きな白い足がフィンの身体を踏み潰していた。
「フィィイーーーン!!!!」
だが押し潰されたように見えたフィンは結界のようなものに守られていた。
「シュナ! 回復魔法を!」
「うん!」
結界の防御壁はペレッタの魔法によるものだった。とはいえ相手の攻撃を無効化するとまでいかなかった。フィンは口から血を零し、地面は赤く染まっている。もうまともに動く事は出来ないように見える。シュナの魔法でも追いつけないほどに消耗が激しい様子だ。
ペレッタの結界も上からのしかかる圧力で徐々にひび割れていてもはや少しの猶予もない。やつの足をどうにかしなければこのままフィンは押し潰されてしまう。
「刀也!」
回復魔法をかけるシュナと、結界魔法で攻撃を防ぐペレッタ。この状況で動けるのは俺しかいない。全て俺の行動でフィンの、皆の未来が変わる。
(大丈夫。俺ならやれる……!)
「………………」
しかし──。
「……いや、まって……くれ」
「刀也早く!!」
「わかってる!」
俺は確かにさっきシュナからマジックポーションを受け取り口にしたはずだ。
(効いてない……のか? いやまだ二本残ってる。魔力がまだ足りてないだけだ! これを飲めば絶対に……!)
「………………」
「……なんで……」
「刀也ッ!!! 早くしないとフィンが!」
再び体全体が鉛のように重く、頭の中が、心が底に堕ちていく。
(……なんで使えないんだよ……? お、おかしいだろこんなの……さっきまで使えてた、だろうが……っ。……ぁ、そうだ。想像発動で俺はずっと──。たぶん、いや詠唱発動ならできる! ぜったいにッ!!)
「奔流する大地よ。我が紅き血を認め、生ける炎となりて我が元に凝縮せよ。火球!」
「…………」
おい。嘘って言ってくれよ。
「奔流する大地よ! 我が紅き血を認め、生ける炎となりて我が元に凝縮せよ! 火球!!」
「…………」
「ッざけんじゃねえぞッ!!! ファイヤァアアボォォオルゥウ──!!!」
「……刀也……?」
(もう……無理だ……。苦しい。誰か、早くたす──)
「……トウ……や、タ……すけて」
身体を地面に預けることしかできないフィンは、血に塗れた手を震えながらもこちらに向けた。僅かな可能性を信じて、俺を信じて──。
早く助けないとこのままじゃ。
──このままじゃ?
このままだとどうなる。
死んでしまう。
「──トウヤくん! 私たちは仲間!!」
遠くからシュナの声が響く。優しさも温かさも捨てた、鋭くてつんざくような声で。
俺たちは仲間だ、だから。
──だから何だ?
だから今、伝えるのか。
──何を?
……俺が今何もできないってことを。
「ごめんみんな。俺今、魔法使えない……っ」
「…………」
俯き唇を噛みそう口にした。
瞬間、何も聞こえないような錯覚に陥る。
その言葉に誰もが絶句している、不思議とそうは感じなかった。
告白したところで状況は何一つ変わるわけではないのに、この場で抱いてはならない感情がふつふつとわきあがる。
どうして彼女がそんな顔をすると思えたのだろう。
「早く伝えてよね」
ペレッタは怒るわけでも絶望するわけでもなく、シュナのような優しく微笑んだ顔を俺に見せた。
「──
彼女は何かを決心したかのように再び真剣な表情になり、一瞬で姿を消す。
するとほぼ同時に切り裂くような音と敵の重く低い声が空間に響き渡る。
目を向けるとそこにあったフィンを押し潰そうとしていた灰霧竜の足が斬り飛ばされていた。
「
ペレッタはすかさず魔法のようなものを呟くとフィンの周囲が光る花々で包まれる。やがて光が輝きを失うと、フィンは一つも傷が無かったかのように現れた。
「……ペレッタ……それって」
「大丈夫よ、気にしな──」
何ともないといった様子でこちらに反応するが、言い切る前にその場で倒れ込んだ。
「ペレッタ!」
彼女は大丈夫だと言うように手を向ける。
「ちょっと疲れただけ。今は戦闘中だから余計な心配はしないで」
「で、でも……」
防御魔法を使いながら竜の足を切り落とすほどの攻撃、そしてあんな状態のフィンを回復させる力だ。身体に途轍もない負担がかかっているのは間違いない。
しかし余計な気遣いは戦場では命取りだということもわかる。
(どちらにせよ今の俺には何も……)
「──トウヤ」
フィンは徐に立ち上がって俺の名前を呼んだ。こちらに向かって歩いている所を見るとやはりペレッタの力は相当なものだと窺える。
「フィン、よかった」
「……よかった? お前が魔法さえ使ってたらこんなことにはなってなかっただろ」
「………」
いつもふざけた調子でいるフィンの初めて見る冷たい眼差し。フィンの言う通りだ。俺が今までのように魔法を扱えていればフィンをこんな目に遭わせることもペレッタにこんな無茶をさせる必要もなかったのだ。
「お前、俺を殺す気かよ」
その瞳はいつか見てきた俺の一番苦手なものだった。
「ごめん……魔法が……使えなくなったんだ……」
言い訳にしか聞こえないだろう。だがこう言うしかなかった。ペレッタが俺に優しすぎるだけで、これがたぶん普通の反応だ。さっきまで死ぬかもしれないという状況だったんだ。俺が責められるのは何らおかしくはない。
それでも仲間のフィンにそんな瞳を向けられるとどうしようもなく心が痛む。
「そんなわけ…………」
どれだけ言われようとも仕方がない、しかしフィンは何故だか瞳孔を開きフェードアウトするように何も口にしない。
「トウヤくんッ!!」
俺の名を必死に叫ぶシュナ。
いったい何が──。
「え」
振り向くとそこには視界を覆う灰霧竜の口内があった。
霧で白かった景色が一気に暗闇に変わる。
それは徐々に熱と暗い光を伴い始め、気付けば赤黒く光る炎しか見えなくなった。
──あぁ、ここで終わりか。
突如、身体は元のように落ち着き始め頭も冷静になった。
何かしなければもう終わってしまうというのに……いや動物的本能が訴えているのだろう。
──もうどうしようもないのだと。
(でも、そんなに悪くなかったな)
すぐ終わってしまったけど、一回目でできなかった事が沢山できた。仲間の大切さとか愛される喜びとか。心残りがあるとしたら三人のことと白瀬さんのことだ。
俺の事を転生させた存在がいるのなら、まともに能力を与えなかったのは腹立たしいが、せめて最後に俺の願いを聞き入れて欲しい。
──皆のことを助けてやってほしい。
それじゃあ……。
……………………。
しかし、現実は予想通りにはならない。
「…………は」
何かに身体ごと掴まれ後ろに投げ飛ばされた。
再び白い霧に視界が覆われる。
そして──。
「ペレ……ッタ…………?」
ペレッタは赤黒い炎に飲み込まれた。
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