第34話 灰色の竜
「なんでここにあいつがいるんだ」
離れていた俺たちは突如現れた大きな存在に気付かれぬよう一箇所に固まった。
「フィン知ってるのか?」
「あぁ。あいつはたぶん三層のボス──
「間違いなく霧はあいつのせいね」
「はい。霧を撒き散らす厄介な魔物です。なぜここにいるかはわからないですが……」
三層のボスが二層にいる理由……恐らくあいつも魔物の暴走によって影響を受けてきたんだろう。
にしてもこの霧の深さ。かろうじて俺たちと竜が視認できるくらいで周囲の情報をを全く把握することができない。いつからこんな霧が深くなっていったのか見当もつかない。
「でもあれならまだいけるわね」
「やりますか!」
「……え……?」
「どうしたトウヤ? まさか怖気付いたか?」
「いや、もしかして戦おうとしてるのか……?」
「灰霧竜はああ見えても隙が多くて、どんな攻撃も刺さるんです。攻撃力は高いですがそれさえどうにかできれば」
「そうね、四人でうまく分担すれば勝てない相手じゃない」
(いける? あれが……?)
「まってくれ。あれがそんな弱いわけ……」
「あやつはこの街のダンジョンのボスの中で最弱と言われているのだよ。それに、クラミチくんの力があれば問題ない」
「いや……」
確かにシュナの言う通りあのどデカい竜はほぼ動いていないし巨体ゆえに弱点は多いのかもしれない。
それでも──この相手に勝てる想像ができない。
「やっぱり一回仕切り直した方がいいと思う」
「確かに一回仕切り直してどうするのかを考えた方がいい。でもこの霧は恐らく二層全体に充満している。このまま放置していれば同じ階層で戦う他冒険者の被害も増えるのよ」
「それは……」
「それに道を塞がれてる。何をするにしても逃げるというだけの手段はできないわ」
「……」
巨体の竜は来た道を大きく塞いでいた。この先が行き止まりであることからも彼女の言うように逃げるだけでは済まされないだろう。
正直な所避けて通りたいし、本能的に危険だと感じてはいる。
だが俺たち以外にも二層で戦っているパーティは当然いる。そこには俺たちよりも戦力の低いパーティーだっているはず。
もし突然深い霧に襲われてしまったらどうか、いやもう既に襲われている可能性だってある。
グレムリンやオーク、それにあの剣兎だって視覚を奪われれば一気に難易度が跳ね上がるだろう。初心者にとっては霧をどうにかする手段が無ければもはや無理ゲー、いや詰みレベルだ。ここで灰霧竜をどうにかしなければ多くの被害が起生じてしまう。
「ごめん、ペレッタの言う通りだ。ここで放置しておくわけにはいかない。でももし危なかったら隙を見て逃げよう」
俺の言葉に三人は無言で頷き返す。
ダンジョンで戦おうとする理由を思い出してみる。生活資金のため、自分を、白瀬さんを守れるくらいの力を身につけるため、そして、みんなを、街を助けるためでもある。白瀬さんも結局は街の人々を危機から守るという理由で今頑張って戦っているのだ。
きっと今までの敵が俺にとって大して強くなかったんだと思う。どれだけ自信があろうともRPGゲームのボス戦は強そうに見えたものだろう。その強敵を倒し乗り超えるからこそより強くなれるし多くの人を守れるようになる。
それにいつも、今でさえも「自分が勝てるかどうか」でしか判断できていなかった。さっきのシュナのように、自分自身で限界を決めていたのだ。
でも違う。今は俺たちだ。
俺より三人の方がダンジョンは詳しいし危機管理能力だって高い。三人のことを信じられないで何が仲間なのか。どこかで試練を迎える時は必ず来る。それが今というだけの話だ。
「幸いなことに敵には気付かれてないわ。背中を一気に叩きましょう。全員で一撃を叩き込めばそれだけで倒せるかもしれない」
「そんなに脆いのか?」
「ええ、さすがに剣兎ほどではないと思うけれど、私とシュナと刀也がいれば痛手を与えられると思う」
「おい俺もいるんだぞ!」
「もしそれが駄目なら四隅に別れて、奴のターゲットを逸らしながら戦う。大振りの物理攻撃しかしないからそれさえ見切れば大丈夫。それと、私はいいとして近接がお荷物になりがちだから……」
そうして一点に三人の注目が集まる。
「な、なんだよ」
「あんたは囮ね」
「はぁ!?」
「ちょっと待てペレッタ、さすがにフィンとはいえ囮にするのは可哀想だ」
いくらお調子者でうざいフィンだとしても、そんな一人に負担がかかるような作戦を容認できない。それに、囮として動けるかどうかも疑わしい。
「よくぞ言ってくれぞ俺の弟子よ…….ん? とはいえ?」
「大丈夫よ。こいつは逃げ足だけは早い。それにもし危なそうなら私がターゲットを逸らす」
「……そこまで言うのなら、わかった。二人が危なそうな時はこっちが引きつけるよ」
相手の情報を知っているとはいえ、ここまで言い切るペレッタは珍しい。
未だに底力がわからないが剣兎を倒してまだ余裕を持っているように見える。実力は知識込みで見ても俺以上なのは明白だ。迷いがないような姿は白瀬さんのような頼り甲斐を感じる。
(……俺ももっと成長しないとな)
「じゃあ頑張りましょうか」
「おい、俺の意見をスルーして決めるな。まあそこまで言うならやってやるけどよ」
フィンは嬉しそうに鼻をかいている。全く、扱いやすい性格で少し可哀想に思えてきた。
「この一撃で仕留められればそんなことはしないでいいですから」
「そうね。これで決めましょう」
ペレッタの指示で俺たちは各々が指定の位置に着いた。的確にダメージを与えられるように俺は遠距離ではなく近接で戦うことにした。巨体に遠くから魔法攻撃を入れるよりも魔法剣で攻撃した方がダメージを与えられそうだったからだ。その上、近距離の二人が危険な状況でもすぐ助けることも可能だ。
フィンは気付かれぬよう敵の足元近くに、シュナは相手の攻撃が届かない所に、そして俺とペレッタは足を溜めて走り抜けて攻撃するということで少し離れた位置につく。
俺たちが走り始め灰霧竜が気づき始めた瞬間がスタートの合図だ。
「……刀也、私たちならできる」
そっと俺の右手を掴むペレッタ。その手は震えていると思ったが緊張して強ばっている俺の手を優しく包み込んでくれる温かさがあった。
「うん、じゃあ……」
掴んでいた手を離し、俺たち四人は覚悟を決めた。
「ええ──いきましょ!
そうして全身に力を込めて走り抜ける。
しかし魔法を使い俺の前を駆けていくはずの彼女はいつまでも出てこない。
「どうしたペレッタ。何かあったのか?」
「……どうやら妨害を受けてるみたい……誤算だった!」
「妨害……?」
「魔法を発動させても身体が強化されないの。恐らくそういう魔術が施されてる」
(マジかよ……)
身体強化が使用出来なければ頻繁に使うペレッタにとっては痛手になる。相手の動きが遅いことから動きを速めて多段攻撃するのは有効的といえる。
俺が視力を魔法で底上げした時の違和感も恐らく同じものだったのだろう。
「俺もやってみる。
身体全体に意識を向けて想像発動する。
「どう?」
「ダメだ……」
しかし何も変化は生じない。ただ妨害されているというよりもこの魔法自体が俺には使えない、そんな感覚がした。
「でも問題ない。魔法自体は発動するから!」
そう言って右手の上でバチバチと音を立てた小さい雷の球を発動させるペレッタ。
身体強化系、ようはバフ系の魔法は無効化されているということだろう。
それでも攻撃魔法が発動できるならできることは全然あるはずだ。
「よかった! 俺も──」
「…………」
(……あれ……?)
「どうしたの?」
「……いや」
「! 相手が気づき始めた! 私は頭の方を叩くから刀也はお腹の方をお願い!」
「わ、わかった!」
(大丈夫だ。一回くらい想像通りの魔法が発動しないことだってある。もう一回)
「…………」
しかし想像通りの魔法は生み出されない。
イメージしたのはさっきペレッタが使った雷属性魔法だ。魔法には向き不向き、適性がある。俺にはさっきの魔法がイメージしないことくらい……。
──フュージョンスライムのときは発動したのに?
あの時使ったのも雷属性魔法だった。難易度的に見てもあの時の魔法の方がレベルは高い。いや、簡単だから発動できるってわけでもないだろ。天才がどこか抜けてるみたいにただできないことがあってもおかしくない。
──ほんとに?
(うるさい。黙ってくれ。俺にだって使える魔法はいくらでもある。たとえば火球なんかいくらでも)
「……………………は」
(違う。走っているから正常な判断ができていないだけ。剣兎の時だってあんなに使えていただろ。できないわけがない)
「刀也! 何してるの!? 早く攻撃して!」
「……え?」
気付けば俺は敵の足元まで来ていた。ペレッタは必死に敵の頭部を雷が纏った剣で攻撃している。
(大丈夫だ、落ち着け)
もう足を止めている上に灰霧竜も大きな動きは見せていない。今の状況なら冷静に、自身の魔法に集中することが出来る。もう一度俺は基本魔法である火球をイメージした。
「…………嘘……だろ…………」
何も変化はなかった。まるであの時のように何を感じることもないまま。
頭が黒い波に飲まれながらも今まで使用してきた魔法を何度もイメージする。
「なん……で……」
さっきまで当たり前のように使えていた魔法が使えない。
(大して身体も疲れてない上に魔力だって……あれ?)
魔力……感がない……?
ずっと薄らと体内で感じていたもの──魔力を感じない。
レヴとの戦闘からずっとあったものだった。あの時から俺は魔法を使えるようになっていた。それを魔力感と信じて疑わなかった。
「刀也!」
ペレッタの声が聞こえる。
魔法は使えるはずだ。俺に魔力がないことはないとクロノさんも言っていた。敵が身体強化魔法を無効化してもペレッタは、シュナは現に魔法を使えている。俺だけが使えないわけがない。
「そうだ……これなら」
俺は背中に提げていた魔法剣を手に取る。
これは魔法を発動しやすくなるものだとヨミは言っていた。あのゴブリンたちを倒した時も力を底上げしてくれるような感覚があった
というかこれで攻撃する方が有効だろうに何故俺は火球にばっかり固執していたんだ。うまくいかないとどうしても考えが鈍ってしまう俺の悪い癖だ。
あの時俺に勇気を与えてくれたのもこの剣だ。きっと今回も力をくれる。
俺は願いを込めるように魔法剣に魔力を込め、そして灰霧竜の足に目掛けて振り下ろす。
「はぁあああああっ!!」
しかし剣は相手の足に刺さることも無く、まるで岩に攻撃するかのように弾かれた。
願いは受け入れられなかった。
魔法剣と呼ばれるものはただの銅製の剣にしか見えない。
何度魔力を込めても魔法を想像しても何も。
「トウヤ! お前遊んでる場合かよ!」
突如として、俺は魔法が使えなくなった。
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