第33話 仲間
俺たち四人は各々が息を吐いていた。
三人はいつまでも届かない存在を息切れしても追い続け、俺はその光景を見て溜息をついていた。
追いつきたいのはわかるがもっと他にやれることはなかったのだろうか。
シュナちゃんもヘロヘロになって走るより魔法打った方がいいんじゃない?
「すみ……ませんっ! トウヤさん……色々とっ、試したんですが、どれもだめで」
「とりあえず一回止まってもらっていい?」
「はぁ……はぁっ。はひ」
シュナは膝に手をつき、走り込みをした直後みたく良い汗をかいている。
しかし汗を拭うこともしないで俺の方に顔を向けた。
「トウヤさん。いけ……ますか?」
いける──俺があのラピッドソルジャーを倒せるか、ということだろう。
シュナは射るような真剣な眼差しでこちらを見る。
三人とも遊びでやっているようには見えない、前回のことも関係しているのか必死で兎を倒そうとしているのだ。
ならばやることはひとつ。
「やってみる。
魔法を発動しようとした瞬間視界が大きく揺れた。
「大丈夫ですか!?」
見えているもの全てが歪み、その流れに耐えきれず俺は床に倒れた。
「……あ、あぁごめん。ちょっと疲れた、だけ」
さっきよりも強い抵抗感に思わず魔法を解除した。
この魔法特有のものなのだろうか。
解除すると途端に何事もなかったかのようにいつもの状態に戻った。
眼に魔力を送ることは大きな負担になってしまうというのだろうか。
いずれにせよ、もうこのやり方は通用しなくなってしまった。
「無理しないでくださいね。別に倒す必要も特にないですから」
シュナはまた気遣うように小さく微笑んで俺の肩にそっと手を置いた。
彼女の言う通り無理をする必要はないし倒す必要だってない。
それでも、今もなおフィンとペレッタは必死に倒そうと食らいついている。
シュナだって賢い人間だ。走るなんていうのはどうしようもなくなった最後の手段、悪足掻きでしかないことくらい彼女自身が重々理解しているはず。
どうしても倒したい──その思いの強さが俺の肩を握る手にはっきりと現れていた。
そういうパーティーに俺はいる。
必死に食らいついてようやく倒した時の二人の笑顔、そしてシュナが心から笑ってくれるのであれば、少しばかり無茶をしたっていい、いやするべきだ。
理由は単純、その方が絶対楽しくて気持ちがいいから。
それを俺は現実世界の小さい端末の向こう側で何度も体験した。
冒険は、困難を乗り越えるからこそ面白いんだ。
「大丈夫、無理はしないよ」
「……はい。トウヤさんが倒してくれただけでも十分凄いですから。私たちはまだまだですねっ」
「そんなことない。二人も、シュナもめっちゃ頑張ってくれた」
「いや……私たちはただ走って……」
「でもあと少しだけ頑張ってほしい」
「え?」
「俺たちはパーティーだよシュナ。私たちがまだまだなら俺もまだまだなんだ」
「それは……」
少し意地悪を言っているかもしれない。特段大きな不満があるわけでもない。
きっと三人の必死な姿を見てあてられてしまったんだろう。
「正直俺一人じゃ倒せない。でもこの四人なら倒せる。私たち―—俺たちならまだまだじゃなくできるんだ」
「まだまだ、じゃない」
シュナは心に問いかけるように胸に手をする。
「だからみんなで頑張りたい……無理かな?」
気遣ってくれるのは嬉しい。
たぶんこれからどれだけ仲良くなろうともシュナは俺に優しい女の子だと思う。それでもいい。
でも俺はゲストじゃない、仲間なんだ。
お互いに傷つけ合って喧嘩して、辛い時に辛い、助けて欲しい時に助けてって本音を言い合える三人と同じように。
「…………」
求め過ぎだしそんな関係値ですらないのかもしれない。
それでも俺はフィンとペレッタのようにシュナにとっての唯一の仲間でありたい。
「……そうです、よね」
この手を取ったところで何も変わりはしないかもしれない。
それでもいい。これは俺の我儘なのだから。でもきっと。
「トウヤ……さん」
賢くて優しいシュナは。心をよく見てくれる君なら。
「ううん」
想いに気づいて、応えをくれると信じている。
「──トウヤくんは、もう私たちなんだもんね?」
一人の女の子にしか呼ばれたことがなかった呼び方。普通なら抵抗があって呼びにくいはずなのに、シュナは呼んでくれた。
それだけでいい。
「うん。ありがとう」
「俺たちならまだまだじゃないって所、見せつけよ!」
初めて見た勇ましいシュナの姿。
可愛いの中にかっこいいまで健在したらもう無敵だな。
それから俺たちは最後の敵を迎え撃つ準備をする。といっても特に何も用意することはない。
「トウヤ、もう逃げるぞ!」
「何かするつもりなら早くして!」
もう制限時間は残っていない。
前の二人もヘロヘロになりながらラピッドソルジャーのスタミナを確実に減らしていた。三人の悪足掻きは何も無駄になっていなかったのだ。
「シュナ、頼む」
「うん! アイスウォール!」
シュナは俺たちの背後に連なる氷の壁を生み出した。
氷属性に適性がある彼女は氷系統なら想像発動ができるということでその先が行き止まりであるレベルの壁を作ってくれた。
「すごいな」
「えへへ」
かなりの大技に見えるがそこまで疲れた感じは見て取れない。
適性の影響なのだろうか、ともかくこれでこちらに逃げることはしないだろう。
あとは──。
「あ、逃げた!」
「くっっっそおおお! こんだけやってまた──」
ここしか好機はない。
「
フィンたちの方向から逃げることは明らかだった。
俺はその先に一直線に魔物の速度を落とす罠魔法を構築したのだ。
案の定引っかかり、元の¼程度の速さになったラピッドソルジャー。
こうなればお終いだ。
「二人とも今だ!」
***
その後、二人がラピッドソルジャーにトドメをさした。
正確に言うとペレッタなんだけど。
速度デバフをかけてもフィンだけなら恐らく逃げられていたかもしれないということは言わないでおこう。
二人は他冒険者に盗られかねないということですぐに兎の素材の収集を行っていた。
「トウヤくんの言う通りだったね」
「……う、うん」
声と見た目は全然違うのにどうしても白瀬さんが頭を過ってしまう。それに先ほどのペレッタのように互いの距離が近いような……。
「私たちは仲間だもんね」
「うん、ずっと三人の仲間で──」
俺の言葉に被せるようにシュナは俺の身体に被さった。
…………え?
「……しゅ、シュナ?」
(シュナちゃんさすがにこれはまずいんじゃないのかな!?)
「これからも一緒にいてね」
彼女は俺を抱き締め左耳の近くで囁いた。
幸いなことに二人は背を向けてこちらに気づいていないようだ。いや幸いなのか?
それに「これからも一緒にいてね」って言った? それはつまり俺と一緒にいたいってことで、えっと……え、今告白されてたりする?
いやそんなわけあるか。シュナは俺と白瀬さんが付き合っていることを知ってる……ってこの展開何回かあったな。
「……ごめんね、こんなことして」
「……いや」
彼女は離れようとして俺の肩にそっと手を置いた。
俺は何を思い違いをしていたのか。
シュナが普通の状態でこんなことをするわけがない。未だに手が、指が震えている。不安や恐怖から逃れるためにどうしようもなく俺を頼ったんだ。
なら──。
「え」
俺は離れたシュナをそっと引き寄せる。抱き締めるのはまずいのでそっと。
手だけではなく背中も震えていた。先の戦闘でよほど消耗していたんだろう。フィンが怪我をしたこと、俺を一人で戦わせたこと、本当に氷の壁を作れるのかとたぶん色々な不安があったのだろう。
「これからも……一緒にいる」
今度はこちらから安心させるように優しい声色で。
「……うん…….」
「だから大丈夫だよ」
小さくて暖かい背中をとんとんと慰めるように撫でた。
段々と震えが収まってきているのがわかる。
「……ぁり……がと……」
声もまた微かに震えている。しかしそれは不安からのそれではないことだけはわかる。
俺の首元に雫が落ちた。
きっとシュナは強がりな女の子だ。優しい存在は周りを元気付ける。暗い姿を見せてはいけない存在。だとしたら本人は何を頼ればいいんだろうか。
弱さを吐き出せる場所があるのなら俺はこの子の相手になってあげたい。
今はこのままで──。
………….。
え……?
…………何だこの霧?
いつからかまともに周りが見えないくらい灰色の霧が世界を染めていた。
本能が察しているのか異様な雰囲気を感じる。
「ごめんシュナ。ちょっと……」
「……?」
俺はシュナを離し、そして彼女の顔で見えていなかった方向を目に映した。
「…………なんだよ…………こいつ…………」
霧から姿を現したのは、巨大な灰色の竜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます