第31話 ダンジョン第二層

「なんかお前ら絶好調だな」


 昨日に引き続き、俺たち四人はダンジョンに来ていた。

 今日は第二層で狩りをするのがメインということだったが、まだ三回目ということもありパーティのコンディション次第では一層だけでの狩りになることになった。


「というかペレッタお前そんな強かったっけ?」


 俺たちは一層で無双していた。昨日とは比にならないレベルで。

 俺は昨日と同じく無詠唱という利を生かし多くの敵を倒したが、今日の彼女はそれを上回っていた。


「これくらいいつも通りよ。……ね、刀也?」


「あ、あぁ」


 いつもと言われてもまだ一緒に戦闘して二回目なんですがね。

 昨日まではきっと手を抜いていたんだろう。

 ペレッタ曰く王国の騎士団所属ということもあって相当に強いことには違いない。

 今日の戦いでも遠距離の俺やシュナに負けないほどの速度で敵に近づいて倒していた。

 二人にはバレていないだろうが恐らく速度バフのような身体強化魔法を使っている。

 正体を隠していると言っていたが大丈夫なんだろうか。というか別に二人に正体をばらした所で何かが大きく変わるわけでもなさそうだけど。


 ただそんなことよりも遥かに重大なことが起きていた。


「あの……ペレッタちゃん……? トウヤさんと近くない?」


「そう? 薄暗いし離れてた方が危ないでしょ」


「そうだけど……」


 うん、明らかに近い。

 何ならさっきから俺の腕に彼女の胸が当たってしまっている。

 異性がこんなに近いと何ともなくても色々と気を張らないといけないし、寧ろこっちの方がモンスターがすぐ出てきた時に対応できないので危ない。


「ごめんペレッタ。もう少し離れた方が戦いやすいかも」


「まあ刀也がそう言うなら……」


 ちらっと彼女の横顔を伺うと悲しそうな顔を浮かべていた。


(うーん。気狂うなぁぁ…………。)


 こんなに可愛い女の子に好意を持ってもらえているのは正直嬉しい。異性だからというわけではなく、誰かに好かれる、頼りにされるというのは友達すらまともにいなかった俺にとってそれだけで心が満たされるのだ。

 仲良くできるものならしたい、けれど白瀬さんがいる。彼女を悲しませるようなことはしたくない。

 それはペレッタも知っていることのはずである。


 考えすぎなだけだろうか?  俺があまりに他人と関わらなさすぎてこれが本来あるべき友人とのスキンシップという可能性もなくはない。

 でもフィンやシュナと会話している時とは違うような……。


「なにぼけーっとしてんだ? ついたぞ」


「へ?」


 気づけば辺りは俺の知るダンジョンのそれとは異なっていた。


「第二層──俺たちの狩場だ」



 一層は薄暗く、壁に備えられた小さな灯りしか光源がないような場所で、ゴツゴツした茶色の岩壁でできた王道RPGゲームの洞窟のような所だった。


 二層はそれと打って変わってあまり暗さを感じない。何より壁や道が整えられていて広く見える。まるで城のように堅牢な石畳と石壁で、天井の白い照明が壁や地面に反射して青白い空間を生み出していた。

 話し合うこともなく気付けば二層に来たわけだが今日の皆の状態、そしてこの空間であれば問題はないだろう。

 ここなら一層よりも突然敵に襲われたりすることなく戦いやすい。

 そんなふうに二層の様子を見ていくと、突如爆音のような音が遠方から響いた。


「何だ?」


「たぶん……火属性魔法ですね」


 シュナは大して驚くこともなく答えた。


「二層ではよくあることなのよ。何せここの魔物はだいたい火が弱点だから」


 二人の話からすると、さっきの爆音は魔物に向けた火属性魔法を放った、といったところか。


「だからさっきから少し視界が悪いというか、煙たい? のかな」


「おそらく。二層は私たちのように狩りをメインにする方も多いと思うので、色々とトラブルも多かったりするんですよね……」


 昨日も今日も一層では他の冒険者をあまり見る機会がなかったが、初めてダンジョンに行った時にはかなりの人がいた。

 初心者のシュナやフィンが二層を主戦場にしていることからも二層をメインにしているものが多いのだろう。

 人が多いぶんトラブルも多いわけだが、爆音が頻繁に聞こえたり視界が悪くなるというのはもはや他冒険者からデバフを受けているレベルだ。

 少々考えものだな……。


「でもこれじゃあ一層みたくすぐ終わっちゃいそうね」


 ペレッタがつまらなさそうにため息をつく。

 ずっと今日張り切っていたのは二層での狩りが始まるからだろう。彼女の実力なら一層なんて退屈に違いない。シュナたちが二層でも通用することを考えればもっと上でもいけそうではあるが。


「そういえばフィンくんは?」


「ん? …………あれ……?」


 いつの間にかさきほどまで一緒にいたフィンの姿が消えていた。

 煙たいといっても遠くまで見渡せないことはなく、特に迷子になるような所ではない。

 すると遠くからこちらを呼ぶ声がした。


「お前らそんなボケーッとしてたら俺が狩りまくるからな! ははは!」


 どうやら先を越されたらしい。

 寧ろ先に狩ってくれれば立ち回りがわかりありがたいのだが、調子づいたフィンの口だけは閉じておきたい。


 近くまで行くとフィンは壁越しに何かを見ていた。


「あんた、一人で行ったら危ないでしょ」


「そうですよ〜、まだ二層は制覇できてるわけでもないんですから」


「しーーっ!」


 フィンは二人の声を遮るように人差し指を立てた。

 見ると角と羽が生えた小さな悪魔のような魔物がパタパタと飛び回っている。


「二層で主な敵はオークとグレムリンだ。あいつがグレムリン」


 オークとグレムリン、RPGやファンタジー系の作品が好きなら一度は聞いたことのあるモンスターだ。

 見た目もゲームに出てくるような姿をしている。そこまで苦戦した覚えはないのでどういった攻撃をしてくるのか覚えてはいないが……。


「二層を狩り尽くし存在自体が驚異とされているこの俺とトウヤ、今こそどっちが強いか勝負だ」


 そう言ってフィンはグレムリンのいる方へ駆け出した。

 さっきシュナが制覇できてないって言ったけどね。


「勝った方が今日の晩飯で好きなもん一個奪えるから!」


 いや今ルール作るんじゃねえよ。

 というかそんな大声出したら相手から気づかれるだろ。


「あ、まずった」


 まあフィンらしいっちゃらしいが。

 当然三体いたグレムリンはこちらに気づき、近づくフィンから慌てて距離を取る。

 なかなかすばしっこいが、フュースラに使った追尾型の魔法であればなんら問題はない速さだ。


 フィンの目論みは失敗し、一体を追って剣を振るも軽くいなされている。


 フィン──お前には悪いがここは譲れない。


 引きこもりの時にはあまり感じなかったがダンジョンで身体を動かしたあとのご飯は格別に美味しかった。

 味自体も日本料理と大して変わらずに舌が覚えているほどだ。

 何よりフィンの悔しそうな顔を見ればさらにご飯が美味くなることは間違いないだろう。

 これはお前が仕掛けた勝負、男に二言はない。


 残念だけどこれで──。


 グレムリンたちはこちらの様子には気づいていなかったようで、フィンを見て笑う三体を俺が放った追尾型の火球が追う。

 追尾するまでもなく初速が早いので三体は為す術なく焦げ落ちた。


「やるなあトウヤ! でも俺のフォローも良かったよな?」


 笑顔でこちらに近寄るフィン。後付けがすぐ出てくるあたり見逃してほしいのだろうか。


「フィンくん。私聞いてたからね」


「男の賭けなのにあんた恥ずかしくないの?」


「いや俺まだ何も言ってないんだけど」


「「言ってなくてもわかる」」


 そうして地に跪けば、スロットで負けまくった残念な人のように頭を抱え悶え始めた。

 引きこもりで下層にいたからなのかフィンのそんな姿を見ていると心が安らぐ。

 晩飯がさらに美味しくなる……はずだったが、頭では別のことを考えていた。

 一層で狩りをしていた時よりも体内にある魔力が身体に順応している。元の世界同様経験値はこの世界でも存在しないが、魔法という概念があるのでやはりゲーム同様強くなっていくのだろう。

 ただグレムリン相手に過剰威力だった所を見ると少し魔力コントロールが出来ていない。レヴとの戦闘で使った魔法みたく周りを巻き込んでいては俺がデバフになってしまう、そうなれば本末転倒だ。


「なあ、ちょっと休憩したいんだけど」


「そんなに動いたか? 俺はまだまだ動けるぞ」


「私たちは二層慣れてるからね。刀也優先でいきましょ」


「そうですね。じゃあどこか……」


 シュナが辺りを確認するとさっき倒したグレムリンがいる方向を見て、何か気付いたようにぴたりと止まった。


「あれは………………」


「……遂に来たか」


「……ええ、久しぶりね」


 シュナに呼応するように二人もそちらを見て口角を上げた。


「あの時の雪辱果たしてやるよ。俺の経験値!」


 そこには小さな白い兎が二匹、剣を持って動き回っていた。

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