第28話 初めての付き合い
十六歳。
高校一年生は色々なことに挑戦したくなる時期だと思う。
友だちとの交流、課外活動、部活、趣味、恋愛、仕事、将来の夢……など。
一般的に受験や就職に目が向く二、三年生よりも自由度が高く、身体も精神も大人に近付いている多感な今だからこそ、みんな何かしらに手を伸ばしたくなる。
そして多くの高校一年生たちが沢山の『初めて』を経験する。
というのが理想的な高校一年生の在り方、だと思っている。
俺はそんな輝かしい人生とは無縁だ。
いつも見守る側で受け手、一人でいることしかなく、自分の世界に引きこもる。
不満があるわけではない、一人の時間でも楽しめることは無限にある。
向き不向き、好き嫌いと同じように俺──倉道刀也はそっち側だというだけの話だ。
──でも、本当にそうなのだろうか?
俺はまだあちら側を何も知らない。仲良くなる方法を知らない。
どちらも十分に経験して初めて、向いてるか、好きかどうかがわかるんじゃないのか?
そう、まだ何も俺は──。
──もう嫌われるのは御免だ。
平和な世界に自分が介入して、ぐちゃぐちゃになるのはもう……。
だから俺は。
***
「ふふっ。私の顔に何かついてる?」
目の前にいる茶髪の少女は両手で頬杖をつきながら微笑んだ。
「い、いや……何も」
そんな彼女の視線に気付くと俺はすぐさま顔を背けた。
「今日の刀也、やっぱり変」
「まぁ、色々と……あるんだよ」
彼女は俺の視界に入ってくるように互いの顔の距離をずんずんと縮めてくる。
変なのはお互い様だ。
ペレッタとの事件、揉め事、いや話し合い……とにかく凄い出来事を経た後に俺は一人、路地裏に突っ立っていた。
そのまま別れて帰る気でいたのだが、ペレッタに「その場で少し待っていて欲しい」と言われこうしている。
さすがにあれだけ心の内を語り合ったのだからまだ何か変な事を考えているとは思えないけど、何をしようというのだろう?
偶然通りがかった人にでも見られたらまず不審者と間違えられるし、一人でいると人攫いにでもあいそうな雰囲気の所なのでなるべく早く帰ってきてほしい……。
そう、ネガティブ思考に陥り始めていると、こちらを呼ぶ声がした。
その声に目を向けた瞬間、モノクロの世界が一瞬でカラフルになった。
美少女。俺の知らない、いや、知っているはずなのに知らない女の子。
俺の前にいたのは防具をつけていない私服姿のペレッタ・アシュワガルデだった。
首元がスクエア型に開けた白色のブラウスに紺色のショートパンツ。
普段は春に近い暖かさだが、さっきまで魂のぶつかり合いをしていたせいか身体全体が暑い。それは彼女も同じだろう。
にしてもだ。
かなり色々と……その、見えている。
ショートパンツはコーデュロイ生地のようにデニム地よりも柔らかそうな素材で、ひとたび風が吹けばひらひらと揺れそうな雰囲気だ。
白いブラウスには胸元に水色の小さなリボンがあしらわれていて女の子らしさがある。
またお洒落女子のような細くて黒いレザーベルトを腰に着けているので、よりはっきりとペレッタの大きな部分が強調されていた。
普段堅さのある防具を見ているからこそ余計にドキドキする。
しかしそんな俺の様子を気にすることなく彼女は俺の手を取った。
「じゃあ、いこっか!」
「え。ど、どこに?」
「喫茶店!」
というわけで今俺たちは喫茶店にいる。なぜだろうか。
頭の整理が追いついていないのは路地裏から一、二分程度の場所に店があったからだ。さっきの俺たちの熱い叫びは店にまで届いていないだろうけど、にしても場所が近すぎる。
「どうして喫茶店に? というか……その……格好は」
「あーこれ? 暑くなったから預かり所で防具とか色々預けてもらったの」
「へ、へぇ……」
彼女は首周りをタオルで拭きながら話す。
まだ息が整っていないところを見ると急いで来たのだろう。
あまり見られたくはないと思うので目を逸らす……がどうしても追ってしまっている自分がいる。
髪をすいてきたのだろうか。先の出来事で少し乱れた髪は綺麗に整えられている。
ただ汗のせいか素材の特性かわからないがブラウスには若干透け感があり、髪の毛も髪束が所々一纏めになっていた。
夏場では普通に起こり得るようなことだ。こういう状況に慣れていないだけでそのうちきっと自然体でいられる。
ひとまず水でも飲んで落ち着──。
「──ねえ。なんでチラチラ見てるの?」
「ぶは!」
突如左耳に囁きかけられ、口に含んだ水が気道に流れていった。
「ぐふっ……う……っ」
「はははっ。驚きすぎ」
ペレッタは机を叩いてけらけらと笑っている。
こいつ……まさか俺をからかうためにわざとこういう格好をしたんじゃないだろうな……。
さすがに考えすぎ、か。
「いつもと見た目が違うからちょっと……気になっただけ」
「へえ」
「なんだよ」
「別に〜」
彼女はまた頬杖をつき俺を見てニヤニヤしている。
今日でたくさんのペレッタの顔を見たが今の彼女は苦手だ。
まあ俺が見ていたからこうなってるんだけども。
とにかく今のままでは息が続かないので話を元に戻すことにした。
「で、なんでここなんだ? 俺に何か話でも?」
「……別にそんなのない」
「じゃあ何のために」
「……何のためとか、ないから……それに、刀也が付き合ってくれるって……言ったから、じゃん」
先ほどまで余裕といったような振る舞いでいたペレッタは、横を向き片手で髪を巻き上げながら呟いた。
どうして照れているんだろうかこの子は。
見た目といい反応といいいつものクールらしさが今のペレッタには感じられない。
ニヤニヤしたり、突然照れたり、目的があるわけではなく喫茶店に誘ったりとやっぱり変なのは向こうも同じだ。
「付き合うっていうのは……俺を騙すため……だったんだろ?」
「……うん。ただずっと迷ってた。絶対刀也じゃないと思う自分と、何もかも疑う自分がいて……食事に誘えば刀也のこともっと知れるしそれでいいんじゃないかって。でも疑って自分でも──」
「落ち着け」
俺はそっと立ち上がって彼女の頭に手を置く。
「もう責めてないって。それに、そんなふうに自分を責めてるお前を俺は見たくない……ペレッタのことは……その…………普通に、大事だから……さ」
「……そ、そそそっか、ありがと……」
「お、おおう……」
彼女が自分を責めてしまう気持ちはよくわかる。俺も同じような立場だったから。
だから白瀬さんがしてくれたように俺もペレッタを支えてあげようとしたんだけど。
……慣れないことはするものじゃないな……。
「すみませんお食事の方置いても?」
「「……はひ」」
それから数分間互いに俯いたまま、美味しいはずの料理の味をあまり感じ取れないままに食べていた。
さっきまで彼女のことにしか注目できていなかったが、ここは静かな場所だ。
聞こえてくるのは遠くの街の喧騒や鳥の鳴き声、そしてカーテンレールについた鈴のカラカラした音。
夕刻より少し前の微妙な時間だからか客は俺たちしかいないけど、周りの目があると緊張してしまう自分にとっては過ごしやすい。
それに、なんとなく懐かしい雰囲気があった。
窓から流れる風に吹かれ音を鳴らす鈴──。
小さい頃、祖父母の家でよく風鈴の音を聴きながらスイカを食べていた。
風鈴と音の違いはあれど、風に揺らされながらスイカを食べているとやはりあの頃を思い出す。
あの頃はまだ…………ってあれ。
俺、今何を食べて──。
「ふふっ。やっと気づいた?」
「なんで……スイカの味が……」
「だってスイカだからね」
嬉しそうに微笑むペレッタ。
見たところただの透明なゼリーで、食べている間も何か少し特殊な味がするな程度しか思っていなかった。
しかし食べていけばいくほど、どんどん味が濃くなっていく……それはまるで底から上にいけばどんどん甘さが感じ取れるスイカのようで。
さっき色々あったおかげで味に集中できていなかったが、そうか、この世界でもスイカの味が再現できるんだ。
色々と元いた世界の食べ物が発展しているけどこれは俺たちより前の転移者の影響だよな。まあ元々地球と同じように採れるだけかもしれないが。
「でもなんでスイカを?」
「それは……結紀に『刀也の好きな食べ物』を聞いたから……」
ペレッタはまた照れるように横髪をくるくると巻き上げて呟く。
先の出来事から俺の中で彼女の印象はどんどん変わっている。
今までは頼り甲斐のある真面目な仲間、というようなイメージだったが、今は笑って恥ずかしがって……なんというかまるで普通の女の子だった。
そんな人と俺は今…………。
え。
えっと、俺たちは今喫茶店でただご飯を一緒に食べているだけ──だよな?
決して、ででででデートなるイベントを今しているわけじゃ、ない……よね……?
違う、ゼッタイに。
これは仲間として絆、連携力を高めるために、いやご飯を食べるために必要な行為であって『男女として』の仲を深めるデートというようなものじゃない。たぶん。
というか白瀬さんという人がいながら誰かとデートをするはずがないだろ。
彼女とデートの約束もしたのにそんなことは……有り得ない。
だからこれは。
「で、どう──」
「でー!?」
俺は反射的に立ち上がってしまった。
「……どうしたのよ……怖いんだけど……」
ペレッタは本当に怖いものであるかのようにこちらを見る。
それと物理的にも距離が遠くなっている気がする……。怖いというより明らかに引かれている。
「…………すみませんなんでもないです……」
やってしまった。
ははは……もしこれがデートなら大失敗で終わりですね……。
まあ結果的にデートじゃなくなったってことで良かったよ。うん、辛い。
「……で、どうだったの……?」
「え?」
「……スイカ」
彼女は小声で呟くように話しかける。
まだ怖がられてるのだろうか。一回の失敗でこれだけのダメージを与えるとはさすが伊達に底にいたわけじゃないな俺。……はは、笑えん。
でも俺のためにわざわざここまでしてくれたってことだよな。
店を予約していたのも先に予約注文してくれたのも全部。
そこに関しては素直に礼をしなければならない。そして何よりも伝えなくてはならないこともあった。
「今まで食べたスイカで一番美味しかったよ。まさかこんなに俺のためにしてくれるとは思ってなかったけど……本当に嬉しい。だから、これからもずっと一緒にいよう」
「…………」
あれ……予想していた反応と違う。
さすがにスイカゼリーだからスイカとは別物だし、一番美味しかったというのは事実なんだけど嘘のように聞こえてしまったのだろうか……。
でもこの無反応、やっぱりまだ俺は怖がられているのか。いやここまでくると気持ち悪がられているの方が正しいかもしれない。
このままだと……よくないよな。
仲間として絆を高めるどころか低下させてしまっている。
「ごめんペレッタ。俺こういう場所とか女の子と二人で来るとか初めてでさ……全部言い訳に聞こえるだろうけど、どこかで気悪くさせたならほんと、申し訳ない……」
「…………」
しかし反応は帰ってこない。
これは怖がられてるというよりも……聞こえていない? 方が正しいような……。
「……ペレッタ……?」
俺は横を向いて俯いている彼女の様子を確かめた……が。
「……二人でずっと一緒にいようは………だめだよ………っ」
「…………」
透明なスイカゼリーで失ったスイカの赤を吸収したように俺たちは顔を真っ赤にさせた。
いや、違う。
俺は仲間としてこれからもよろしくって意味で言ったつもりで……そんな……ふうには……。
…………というか待て。
『二人で』とは言ってない。言ってはいけない。言ってたら普通にやばいから。
え……言ってないよね……?
その後数分間、景色も環境音も何もかも頭の中に入ることなくただ呆然としていた。
そして、そんな幻は店主の一言でかき消される。
「すみませんお客さん! うちの子が外で怪我しちまったみたいでしてちょいと迎えに行ってきます。すぐ帰ってきますんで少しの間待っといてくだせえ。それでは」
「「え」」
何の返事をすることもなく行ってしまった。
……えっと、つまりこれはどういう状況です……?
俺たちは店主のいない喫茶店で二人きりになった。
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