第27話 孤独な世界でも、君を
「……はは。ペレッタなんの冗談だよ」
「動かないでと言ったでしょ」
ペレッタは一度も見せたことの無いような冷たい視線を向け、短剣を俺の首元に突きつける。
「な、なんでこんな……」
「わかっているんじゃないの?」
「……は……?」
何を言っているのかわからない。
「ちょっと落ち着けって」
俺は短剣から距離をとるように少し後ずさろうとする、が。
「どういう状況かわかってる?」
彼女は険しい表情を変えず再び首元にギリギリ届かない所まで刃先を伸ばしてくる。
どういう状況か、そんなことわかるはずがない。わかってはいけない。こんな現実があっていいわけが──。
そうだ。
今日の彼女はどこか不自然な所があった。
こんなことをしてまで……きっと、何か一人で苦しんでいることがあるはずだ。
「お、お前今日変だったもんな。誰かに言われたとか、変なこと吹き込まれたとか? だ、大丈夫! 俺はお前の味方だから、そう──仲間だからさ! 多少良くなくてもゆっくり話せば解決できる! だから、な? とりあえず剣を」
「そうね。確かに今日の私は変」
「だろ? 一人で何か抱え込んでるんだったら俺も力に」
「あなたを騙すのに下手な芝居をしてしまった」
「……だま……す?」
なんで、なんでそんなこと―—。
じゃあ、さっき俺と話してたのは全部……嘘ってこと……?
頭の中で、こうなるまでのペレッタとの話が、話している時の顔が、声が高速で流れていく。
どれも初めて見たように新鮮で、可愛げがあって、彼女の良さがたくさん見つかって…………。
どれも今までのペレッタでは―—。
思考が嫌な方へ嫌な方へと結果を示していく。
違う、こんなのはッ!
「でもごっこ遊びももう終わりね。私はあなたを騙した。いい加減あなたも本性を見せたら?」
「……だから……何のこと……」
「そう、じゃあもう──終わりね」
躊躇う様子もなく再び短剣を前方に構えた。
ゴブリンたちを倒す時のように、容赦のない顔つきで。
──なんで。
疑念と拒絶の声が反芻する。
どうして、どうしてそんな瞳で俺を見る。
まるで、俺が、化け物みたいな──。
ずっと仲良くしたい、そう思っていたのは……俺だけなのか……?
「…………俺たち……仲間じゃなかったのかよ」
「……私はただ任せられた命令に従っているだけ」
そう淡々と告げるペレッタ。彼女の言葉にも表情にも感情がない。
本当にただ命令に従っているように、俺を。
俺を…………?
俺を──殺すのか……?
「……そう……か」
裏切られたんだ。
また。
やっと抜け出したと思った。
中学の頃も屋敷にいた時も犯してはいけないことをした。責められるところも当然あっただろう。
でも。
誰も俺の言うことは信じてくれなかった。
耳を傾けてはくれなかった。
ただ一人を除いて。
白瀬さんはずっと俺の味方でいてくれた。どんなに弱気でも前を向いて歩いて行けるように優しく、支えてくれて。
でもやっぱり、無理なのかな。
やっと……やっと光を、白瀬さんのような仲間を見つけられたと。
そう思っていた。
結局何も、変わってなかったんじゃないのか―—。
「全部……嘘だったのかよ」
「ええ」
「……最初俺のことをかっこいいって言ったのも、仲間って言ってパーティに迎えてくれたのも全部俺に近づくため」
あのツンとした態度も、恥じらうように見せた表情も、疑われないように仲間って言葉を使ったのも俺を欺くため。
「皆で仲良くして語り合ったのも、一緒にご飯食べて恋バナだとか言って盛り上がったのも、さっきのダンジョンでの会話も協力も全部全部嘘だったってことか」
「……」
彼女は何も否定の言葉を発しようとしない。
お前も、同じなのかよ。
俺が信じていたものは虚像だった。そこにひとつとして救いはない。
何が正しくて間違いかわからない。
だけど。
たぶん俺が、悪いんだと思う。
ごめん、白瀬さん。
「もういいよ」
俺、 もう。
「──殺してくれ」
疲れたよ。
「何で──」
「お前俺が何者か聞きたがってたよな」
「……うん」
「俺は異世界から来た勇者だよ。突然呼び出されて半年も勝手にいさせられて、追放されて、挙句の果てにはこれだ。なあ教えてくれよペレッタ。俺が何をしたんだ? 俺がお前に何を迷惑かけたってんだよッ!? なあッ!! くっ……そ……なんでいつもいつもこんな目に……っ。……お前までそれとか、もうなんなんだよ…………」
その場で蹲り、目から涙を落とすことしかできない。
なんでいつもこうなんだろう。
ただ良い方向に進みたいだけなのに、世界が、みんなが俺という存在を拒絶するんだ。
努力をしても、何をしても変えられないのなら俺は
──存在している意味はあるんだろうか。
「もう裏切られるのは散々だ…………早く俺をこ──」
言い切る前に上から重くて熱いものがやってきた。
……………………は。
「………………おい。何、してんだよ。離せ。……離せって!! …………言ってん……だろ……。はな……せ…………よっ……」
どうしても涙が止まってくれない。
俺を拒絶し、裏切り、苦しめ、殺すようなやつだ。
なのに……どうして俺は、離せないんだろうか。
「ごめん」
「……なんで」
「ごめん」
彼女は俺を抱き締め続ける。
震えている俺の身体を優しく包むかのように優しく、強く。
あの時の彼女のように。
「……ふざっ、けんな……。意味……わかんねえんだよ……」
本当にわけがわからない。
さっきまで俺を殺そうとしてきたやつが謝って俺を抱き締めて、何がしたいのか。
それでも一度全てを投げ捨てようと思った身体は抵抗する力さえ失い、ただ身体を預けることしかできなかった。
「全部……私が悪いから」
「俺が敵なんだろ。何してんだよお前」
「違うッ! 刀也のこと敵なんか思ったことなんて……一度も、絶対にないッ!!」
ペレッタは俺に顔を向け唇をわなわなと震わせながらそう言った。顔は酷いもので瞳は潤み、幾つも雫が溢れている。
ずっと騙してきたという彼女のことだから泣く演技ができてもおかしくはない……でも、これはたぶんそうじゃない。
「じゃあなんで俺に剣を……向け……て」
そう言うと、彼女が持っていた剣はサラサラの砂に変わっていき、地面に還っていった。
「ごめん……これ、魔道具のおもちゃで……」
「何がしたかったんだよ……」
もう……ほんとに何なんだよ。
悲しみ、怒り、絶望……ありとあらゆる感情をどこに持っていけばいいのかとやるせない気持ちになる。
俺が勘違いしたっていうのか?
いやさっきまでの彼女の言葉や表情に嘘はなかった。
「ごめん」
「……もういいって」
「私はハクア王国の──」
「聞いた」
「うん。本当に命を受けてここへ来たの。刀也と結紀、そしてフィンとシュナを欺いて」
ペレッタは静かにこれまでのことを語り始めた。
吐き出していった感情が徐々に元に戻っていくが、怒る気も落ち込む気にもなれず気力すら無い。
話を聞くことだけが、今俺にできる最善の方法だ。
どうやら最初から騙していたということだった、それも俺たち四人を。
ただ命を受けたということは、彼女の意志だけではないということだろうか。
不明点は多いが、やっぱり今のペレッタの行動と言っている内容がリンクしていない。
「どうしてそんなことを」
「……『邪悪な存在』を討つために」
「邪悪な存在?」
「そう、魔物なのか人間なのかもわからない。でも、絶対にいる。……兄さんは……そいつに殺されたんだ……ッ!」
俺に見せた冷たさに似た、いやそれよりももっと深いものが瞳の奥にあるような気がした。
邪悪な存在、少なくとも誰かを殺したという点で俺たち勇者ではない。
それ以外の何者か。邪悪と言うくらいだから化け物じみた強さを持ち合わせているのだろうか。
「私は素の冒険者を演じてこの街に忍び込んだ。そうしたら刀也たちと出会ったの。明らかに刀也と結紀は初心者じゃないってあの戦いを見て確信した。魔法も他とは異質で……似ていると思ったから。だから……目をつけた」
邪悪な存在を討つため、兄の復讐のために普通とは異なる存在を追い求めていた。その結果、居合わせた俺たちをターゲットにした、と。
それだけを聞けばとばっちりもいいところだが、魔力が少し似ている―—か。
俺が使ったのは禁忌魔法。似ているとなるとやはり只者ではなさそうだけど。
「兄さんはアイツを信頼していた……でも兄さんを……っ! ……ごめん」
「いや」
信頼関係にあるものに裏切られ、挙句に大事な人を失うというのは……考えられないほどに悲しいことだと思う。
俺が使った魔法は恐らく一般に出回っていない、いわゆる禁術だ。
邪悪な存在が俺じゃなかったとしても、何らかの繋がりがあると見て疑われるのもおかしくはないかもしれない。
「でも刀也たちは優しくて心から信頼してくれて。それに勇者だとかよくわかんないことも言うし」
「よくわかんないって。本当に勇者だぞ」
「ふふっ。何百年前の話なのかしら」
何百年って……。勇者は本当に伝説上の存在らしい。そう考えたら本当に俺たちは貴重な存在なんだな。
「でも信じる」
そう小さく笑みを浮かべる彼女は俺の知っているペレッタだった。
「……元から、敵とは思ってなかったの。殺すつもりもなかった。……でももし、刃を向けて何か変わるんだとしたら、それでもよかった」
「どういう──」
「邪悪な存在だとしても刀也になら殺されてもいい。そう思って刃を向けたの」
彼女は笑顔を崩さずにそう言った。
「本当馬鹿よね。仲間だと思っていても……心は……憎しみばかりで……仲間なのに……っ。他にやり方もあったはず、なのに……最低……だね、本当に。ほんっ……とに、ごめんなさい……っ」
ペレッタの言葉には後悔や悲しみ、憎しみといった感情が混ざり合っている。
兄を殺された憎しみで彼女は突き動かされている。
大事な人を奪われる気持ちがどれほどのものかは計り知れない。
それでいて裏切られたことをきっかけに、信じることを恐れ、今の仲間にすら疑いをかけてしまう。
俺とはまた別の苦しみを彼女はずっと味わい続けているのだろう。
「私が全部悪いの。本当にごめんなさい」
「……そういうことだったんだな」
「うん。短い間だったけど楽しかった。それだけは本当だから」
俺から離れ、いつもみたく軽い口調になるペレッタ。
「なんでそんな別れみたいな……」
「うん、そう。もうお別れ」
「は?」
どうして今そんな話になるのかわからない。
「こんなことをして許されるはずがない。でもそうね……刀也がしてほしいことならなんでも聞くわ」
それは人生で一度も聞くか分からない文言だった。
でもメイドのクロノさんの時とはまるで状況が違う。
「罰は何でも受ける。私は大事な貴方を傷つけた。だから……もし刀也が私に死んでくれって思うならそれでも──」
「っざっけんなッ!!!」
「……」
「冗談でも、そんなこと言うんじゃねえよ……」
彼女が男なら殴ってでも言うことを聞かせていたかもしれない。
それだけ、言っていいことではないからだ。何が罰だ。
「でも私は裏切ったの……何か報いを受けて当然──」
「そうだな。じゃあ」
「……うん」
「これからも仲間でいろ」
彼女の目を真っ直ぐに見てそう言った。
「……なん……で……」
「お前に傷つけられてないからだよ」
「でも、さっき私は剣を突き出して、それで刀也にあそこまで思わせて……」
「今は違う。ペレッタは自分と向き合い続けて、敵かもしれない俺のことを最後まで仲間だと思ってくれた」
確かに裏切られたと思った時は傷ついたし悲しかった、絶望したといってもおかしくないかもしれない。
でも彼女はそんな俺を見て、一度決めた覚悟を捨てたんだ。
簡単に出来ることではない。
元々殺すつもりではなかったと言っていたが、あの状況からこうして話せるまでに持っていけたのは彼女が俺を信頼してくれたからに他ならない。
「でも」
「でもじゃない。俺の言うことを聞くんだろ」
「……うん」
「さっき俺がああまで言ったのは今までのことが爆発しただけだ。それと同じようにお前もお前でさ、きっと辛いことと向き合ってきたんだよな」
「……」
「だからお互い様だよ」
白瀬さんが化け物じみた強さを持っていることや邪悪な存在が禁忌魔法を使ったとなると俺を疑ってしまうのも仕方ない。
それでもペレッタは間違えた。犯してはならない事だと思う。
剣を向けてきたのはきっと復讐に取り憑かれているせいだ。
俺だって過去にやってきたことが全て正しかったなんてことはない。迷惑もかけてきたし心に消えない傷を与えてしまった人もいる。間違いだらけだ。
だから。そんな俺だから、できることがある。
「それに『仲間のミスは全員の責任』だろ?」
「それは……」
「もしそれでも気が済まないっていうなら、俺を強くさせてくれ」
「私が……刀也を?」
「そう。白瀬さんをずっと守っていくために強くならないといけない。自分が生き抜くためにも。それに……」
傷ついた互いの心に息吹を吹き込むように口角を上げた。
「ペレッタも守らないといけないしな!」
こんな目に遭わせられれば普通はもう一生関わることをやめたくなるのかもしれない。信頼していた人から裏切られるというのはとても悲しく、最低なことだから。
でもそれは俺のやりたいことじゃない。
お人好しといくら言われてもいい。
こんな不器用で、俺を殺せずに最後まで信じてくれる子を、俺は見捨てられない。
ただ、それだけだ。
「だからペレッタも俺を強く、俺たちを守るために頑張ってほしい」
「それだけで……ほんとうに許してくれるの?」
「それだけって……どれだけ大変なことかわかってないな。それに俺はとっくに許してる。というか許す許さないとかも思ってないから」
「そうなの?」
「そう。たぶんペレッタが自分自身のことを許してないだけなんだよ」
俺がかつてそうだったように。
「うん。私は私を許してない」
「だから自分のことを認めるためにも一緒に頑張ろうぜ」
「…………いっぱい迷惑かけるかもしれないよ」
「迷惑なんて俺もかける」
「また傷つけちゃうかもしれない!」
「だから傷つけられてないって言っただろ。それに今後傷つけられようがあっても、その度にまた話し合えばいいさ」
「なんで……そんなに大切にしてくれるの」
「──大切な仲間だからだよ」
あの時、白瀬さんが俺を助けてくれたように。
孤独で戦い続けるペレッタを救えるのは、今この世界でたぶん俺しかいない。
「だから、これからもよろしく」
俺は改めて手を差し出した。
「……本当に……ごめんね……」
「謝ることじゃないだろ」
「……うん……うんっ。ぁりがとうっ……!!」
泣きながら俯き両手で握り返すペレッタは今日見た彼女の姿で一番印象的に見えた。
俺と白瀬さんがそうであるように、俺とペレッタの繋がりは今日を機にそう簡単に消えはしないと思う、いや消さない。
「それから、俺もその『邪悪な存在』ってやつの情報探っとくよ」
「ほんとに!?」
「あぁ。そんなやつ野放しにしちゃ俺たちも危険だしな。それに一人で抱え込んでちゃお前も──」
「ありがとう!」
ペレッタは何の躊躇もなしに抱きついてきた。
「ちょ」
しんみりとしている雰囲気の中この柔らかさと温かさはまずい。それも普段クールだからこそ攻撃力が高い。
俺を騙し続けたさっきの彼女より今の方がらしくないことは間違いない。
絆が深まってこうなるのは嬉しいけど……。一線を越えちゃだめだ。
俺と白瀬さんが……付き合っているというのは、ペレッタも知っているだろうし。
「ご、ごめん!」
「いや別に……」
我に返ったのか即座に俺と身体を離す。まあでもこの関係性ならハグすることだってある……のかもしれない、けど。
ペレッタは異性として見るとかなり魅力的だ。それは何も外見だけでなく中身も。
今日のやり取りでだいぶ俺の中の魅力度は上昇した。
たぶん俺に白瀬さんという存在がいなければ──。
いやいやなんでそんなこと考えたの俺!?
俺はしっかりと白瀬さんのことが好きだ。間違いない。
「と、とにかく今日からまた……よろしく」
「うん。よろしくねっ!」
俺の心配も期待も全く動じないで彼女は出会ってから一番の笑顔を見せてくれた。
白瀬さんさえいればそれでいいと思っていた。
でもペレッタも、みんなのことも本当に守りたい。
まだ自分の足元ですら覚束無いけれど。
魔物の暴走、邪悪な存在──。
それらが勇者に関係するものかはわからないが、いずれ壁になる気がする。
そのためにももっと強くならないといけない。
この笑顔を守るためにも、俺は戦う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます