第26話 それぞれの目的のために

「なんだよこれ…………」


 現実はそう予想通りとはいかなかった。


 翌日、白瀬さんと離れ、俺とフィンたちの四人はダンジョンに来ていた。

 弱さを克服し、日々の生活費を稼ぐため。皆を、街を危険から遠ざけるために。

 そして彼女もまた、人々のため、自分の目的のために戦う。

 カリオスたちは「本当の良いのか?」といった様子で驚いてはいたが、彼らにしてみても良い話なのは間違いない。イケメンに任せることに抵抗はあるが、他に女性の冒険者もいるので変なことは起きないだろう。

 何よりも俺たちには既に気持ちに整理がついていた。

 そうして俺は準備は万端に、力強く折れない意志を持って、いざダンジョンへと足を踏み入れたのだが。


「これじゃ元通りじゃねえか!」


 ダンジョン一層は昨日とは別の所であるかのようだった。人がまるでいない。


「ギルドがテコ入れすれば一日でこんなに変わるものなのね」


 昨日のように朝は混むと思って昼の時間にやってきたのだが。

 満員電車にもみくちゃにされるような人口密度はド田舎の電車の車内くらいに落ち着いている。

 それと比例してモンスターの数も異様に少なくなっていた。


「これがいつも通りなのか?」


「そうですね。これがいつもって感じです」


「まあでもこのくらいの方が伸び伸びとできるわね」


 いつどこで襲われてもおかしくないような雰囲気が昨日のダンジョンにはあった。

 モンスターの数も多くエンカウント率も高いので初心者向けのダンジョンの初心者向けの一層という雰囲気では全くなかった。

 今日はネリアさんも言っていたように装備が整った冒険者の見張りが何人か点在している。突然危険にさらされることはまずないといっていいだろう。

 これなら思う存分、探索することができる。


「じゃあ一通り回っていくか!」


 それから俺たちは一層を攻略していった。

 といってもスライムとゴブリンが大半で、フュースラやボスゴブリンといった強敵は見当たらなかった。昨日の一層がおかしかっただけだとは思うけど……。


「にしてもさすがだなトウヤ」


 モンスターを見つけるのはいいが基本的に倒したもん勝ちである。

 遠目で見つけることが多く、理があるのは遠距離魔法を扱う俺とシュナだった。

 ただシュナは詠唱発動なので初速が遅い。

 よってだいたいが俺の攻撃による即撃破になってしまっていた。


「もっと私たちにもよこしなさいよ」


「……ごめん」


 俺は二日目にして思い描いている魔法をまともに使えるようになった。

 どれくらいの思いの強さで対象を倒せるのかということ、周りを巻き込まずにターゲットのみに照準を定めるためにはイメージのブレがないようにしなければいけないこと、理屈的に考えるよりも頭の中で絵をイメージした方が速く発動できること等色々と気付きがあった。


 一日目ではボスゴブリンに対して強気には出れなかったが、それは恐らく自分の強さが分からなかったからだ。落ち着いて相手の動き、力量を見極め、隙を見せた瞬間に弱点部位に弱点属性の魔法を叩き込めばどんな相手でも戦えるはず。

 自分で言うのもあれだが、少しづつ魔法に順応して強くなっていく感じが堪らなく気持ち良かった。だから周りの取り分的なのを考えていなかったんだけど。


「じゃあ、帰りますかー」


「え?」


「もう素材も集め終わったし今日は──解散!」


「ちょ、解散って……というか素材ってなんだ?」


「ギルドで受注した依頼ですね。ちょうど先程ゴブリンの皮が要求量を満たしたので」


 そうか、俺たちが依頼を受けていたことを忘れていた。昨日カリオスたちと話し合っていた時に決めたらしいので詳しい内容は知らなかったのだ。

 ただ終わっていいくらいには疲れていない。


「でもまだ──」


「トウヤさん無理は禁物ですよ」


 シュナが人差し指を立ててぐいっと顔を寄せた。


「ユウキさんにも言われたんではないですか?」


「それはそうだけど……」


 白瀬さんが心配するのも分かる。一層で出たボスゴブリンに俺たちは動くことすらできず彼女に助けられた形になっていた。

 無理は禁物なのは百も承知だが、実際高ランク冒険者の見張りで限りなく脅威は低い。敵もだいたい一撃だったので戦い足りなかったんだけど……皆が言うならしょうがない。


「それに今日だってたくさん頑張ったじゃないですか。休息するのも大事! ですよ〜」


「そうだぞ。それにこの様子じゃ一層はもう終わりだからな。明日は二層攻略でいこう」


 フィンの言うように一層の狩り場と言われるエリアはだいたい回った。

 これ以上の相手を見つけるには一層より下に行く方が効率的、ではあるけど……。


「大丈夫なのか?」


「二層は俺たちの主戦場だ。任せとけ!」


 挑戦したい気持ちと不安で内でせめぎ合っている。

 でも三人はやり慣れているというからきっと大丈夫だろう。

 魔力のコントロールもだいたい掴めてはきている。それに弱い相手といくら戦っても目立って強くなることはない。絶対いつかは困難に立ち向かう瞬間があるはずだ。

 とりあえず今日は休んで明日のために力を貯めておく、か。


「わかった。じゃあ今日は──」


「はやくいかねえと間に合わねえ! 待っててくれ俺のロズレールちゃん!」


「魔道具のセールが終わりそうなのでごめんなさい! また明日〜!!」


 今日一番力を振り絞るようにフィンとシュナは脚に力を注いで出口へ向かっていった。

 早く終わらせたのはその為だったのか……?

 というかロズレールって誰だよ。

 でもフィンにもそういう相手……いるのか。なんというか意外だ。俺が言うのもあれだけど。


「……」


 二人が向かっていった方向を見たまま俺とペレッタは立ち尽くしていた。


 えっと、これどうすればいい?


「二人になったわね」


「……そ、そうだな……」


「なに? 緊張してるの?」


「い、や別に」


 とんでもなく緊張していた。

 いつもは三人を何というか友達的な何かとして接していたと思う。友達がいたことがないので分からないけど。


 ただ一対一となると違う。それも異性だ。

 こうして見るとペレッタはかなりイケている。

 腰くらいまで長さがある赤に近い茶髪のサイドテールで、身長は俺とさほど変わらないくらいで女子の中では高身長の部類だろう。

 しかしスレンダーというわけではなく寧ろ真逆。白瀬さんやクロノさんよりもはっきりと出るところは出ている。

 前衛なので腕や脚、腰といった一部分は銀色の鎧で覆われていてあまり意識することは無かったのだが、向かい合ってよく見れば胸は白い服が、太ももはそのままのものが締め上げた鎧から溢れるように膨らんでいる。


 見た目もそうだけど、顔も……普通に可愛いから、色々と目のやり場に困る……。


 よく今まで俺は意識していなかったと思うレベルだ。

 現実で同じクラスになっていれば一度も話したことがない人認定されてもおかしくはないくらいの存在なのに。

 こんな相手と俺は仲良くしていたのか……?


「変なの」


「なっ!?」


 ペレッタの顔が突如として視界を埋め尽くす。

 予期せぬ出来事で俺は反射的に後ずさった。

 俺がおかしいのか? まあおかしいだろうけどペレッタもなんかいつもと違うような……。


「もう私たちは仲間なんだから、遠慮とかいらない」


「そ、そうだな……ごめん」


 落ち着け。ここは現実じゃない。

 彼女の言うようにずっと仲良くしている仲間の一人なんだから。

 それに、俺はあの頃のままじゃないはずだろ。


「……ねえ」


「?」


「──付き合ってくれない?」


「は…………。つ、つつつつ付き合うっ!?」


 何!? 聞き間違えか!?

 でも今確実に付き合ってって言ったよな……?

 やっぱり落ち着いてなんていられるか!?


「今日のあんたちょっとおかしいわよ」


 ペレッタは怪しいものを見る目でこちらを見る。


「なななな、なんで」


「ちょっと用があるから付き合ってほしいの。何、ダメなの?」


 ──なんだよそれ……。


「それを言うなら最初からそう言ってくれ……」


 俺は頭を抑えながら小声で愚痴をこぼした。

 まあよくよく考えてみれば唐突にそんなお願いをする方がおかしいんだけど。


「なによ……」


「いやごめん。わかった、付き合うよ」


 そうして俺たちはダンジョンを抜け、彼女の言う用事とやらに付き合うことにした。



 ***



 道中、彼女は気さくに話しかけてくれた。

 いつもはフィンの言葉や行動に突っ込みを入れたりとどちらかというと受けに回る側という印象だったけど、俺の性格故なのか会話を常にリードしてくれていた。

 フィンとシュナのことを面白おかしく話してくれたり、白瀬さんとももっと仲良くしたいと思ってくれていたりと、本当に仲間思いで。


 最初彼女を見た時、俺のような陰寄りの人間には近寄り難い印象だった。

 でも話してみるときついようで優しくて、キリッとした瞳も時には親しみ深いものになっていたりと、思っているよりも話しやすいのだ。


 白瀬さんがペレッタを信頼していたのもこういう部分に気付いたからだろうか。


 いつもよりも感情豊かな彼女に少し戸惑いつつ、俺に親しみを持って接してくれているんだと思うと、何よりも嬉しかった。


 白瀬さんに言われて一時的に離れることにはなったけど……。


 やっぱり白瀬さんだけを守る、という選択はできなかったな。


「……」


 俺たちがやってきたのは人気のない路地裏だった。

 この先に行きつけの喫茶店でもあるのだろうか。


 路地裏の中央までくると彼女はゆっくりと足を止めた。


「どうしたんだ? 少し休憩でも──」


「──動かないで」


「………………………………は?」


 前にいたペレッタは振り返り、そして持っていた短剣を俺の首に突きつけた。


「紹介が送れたわね」


 彼女は見たことのない冷たい顔をして言い放つ。


「私はハクア王国騎士団所属──ペレッタ・アシュワガルデよ」


 ハクア王国……騎士団…………?


「倉道刀也。貴方は一体何者なの」


 そこにいたのは俺の知らないペレッタだった。

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