第25話 二人の時間②

部屋には電球色のテーブルランプだけがついている。

宿に戻ってからは夜も遅いということですぐ寝ることにした。


うーん……相変わらず慣れない……。

一日経てばベッドが追加されているんじゃないかというほんの僅かな期待は当然の如く散っていった。

幸いなことに二人の距離がないわけではないほど大きいベッドではあるんだけど……息遣いですら気を遣うくらいには緊張している。


それは別にベッドの上に限った話ではなくて。

こういうと凄くアレな意味に聞こえるけど勿論違う。


件の話が終わるとその場ですぐ解散になり二人で帰ることになったのだが、未だ距離感が掴めないせいか互いに無言でいることが多かったのだ。

「落ち着いてからまた話そう」と白瀬さんが言ってくれたおかげで建ち並ぶ店やダンジョンの事など他愛もない話をすることはできたが。

後に説教がありますと親に言われてるかのような謎の緊張感はついてまわった。


灯りを消してようやく胸の高鳴りが落ち着き始めたくらいで白瀬さんはこちらを向いた。


「……ほんとうに協力しなくてよかった?」


彼女は不安げな瞳でこちらを見る。

話の筋がそれだと分かるとスっと身体の力が抜けた。まあそりゃ説教じゃないよね、うん。


「白瀬さんに無理させるわけにはいかないし」


「いや私は別に──」


「わかるんだ。小学生の時も今も、なんとなく無理してるなっていうのが」


ギルドで話し合っている時にも彼女は本心を隠すように指をピクピクと動かしていた。

無理をさせないと決意してすぐ無理強いさせてしまったことは本当に反省している。


「なにそれ」


口をプクッと膨らませて納得しないような顔をする白瀬さん。

なにそれ可愛すぎるんですが。


「それに、よく考えれば白瀬さんが言ってくれたように離れなくても強くなれるしさ」


周りに強い仲間がいるから強くなれない、なんていうのは甘えだ。

寧ろ強力な味方がいるからこそ自分では敵わなそうな相手に立ち向かうこともできるはずだ。


「あと……やっぱり、離れたくはない」


俺は布団の上に置かれた彼女の手にそっと触れた。


「……私も」


それに応えるように彼女は俺の手を絡めるように握ってくれた。

やっぱり何があっても、この人とずっと手を繋いでいたい。


「街の人たちからすると助けてほしいだろうけど、白瀬さんがいなかったらいなかったで、たぶんなんとかなる」


「……」


「本当に危ないなら、レヴだって見過ごすようなやつではないだろうし」


死神、などと恐れられているが戦ったからわかるのだ。

決して彼女は悪人ではない。俺が禁忌の魔法を使った時も街の被害を何一つ生じさせずに解決させた。そんな人間が壊れていく街をただ眺めている、なんてことはしないだろう。


「だから大丈夫──」


「うそ」


白瀬さんは握っていた手を離すと、起き上がって俺の肩に手を置いた。


「え?」


「私もわかるんだよ。刀也くんがなんとなく無理してるなって」


「いや…………でも嘘は言ってない」


気付いていないだけで何かしらの癖が俺にもあるのだろうか?

でも今言ったことは全て自分の本心からの言葉だ。

無理なんてどこにも──。


「私のために、思ってくれてるんだよね」


「…………そりゃ、大切な人……だから」


俺があの時判断を変えたのは彼女が不安がっていたから。

もしもそこに気付かずにいたのならこのまま離れて行動することになっていた。

それが、最善だと思ったんだ。


「嬉しい。だから私──」


そして再び彼女は俺の手を取って言った。


「頑張ることにするよ」


その手は暖かさに満ちていた。


「頑張るって……」


「カリオスさんたちと協力する」


「……どうして」


「このままだと街も皆もよくないことになる」


「でも白瀬さんじゃなくても」


彼女でなくても頼れる人は探せば……きっと。

だが彼女の表情や手に迷いはないように見えた。


「たぶん私じゃないとダメだと思う」


「なんで」


「何となく、かな。それに頼れる人たちがいるって気づけたから。刀也くんと離れるのは辛いけど、でもペレッタちゃんならいいかなって」


頼れる人……カリオスたちや街の冒険者たちのことか。

そこにペレッタの名前も出すということは、白瀬さんも仲間として認めてるということなのだろう。

ダンジョンや飯屋でのこと、さっきの発言含めペレッタはとても仲間思いの女の子だ。それに頭も良いしパーティーでは一番強いと聞く。勧誘の話が終わった後も二人で話してたし、ヒーローに憧れを抱いている白瀬さんなら確かに信頼していてもおかしくない、か。

俺も負けてられないな。


「あ、でも浮気はダメだよ!」


「し、しないよ!」


白瀬さんという存在がありながらそんなことをするはずがない。

俺としては逆に白瀬さんの方が気がかりだけど……。

俺が女の子なら一度は惚れてそうなほどの完璧イケメン。離れたくない理由の一つでもある。


「だから……頑張るね」


彼女が嫌なら、傷ついて欲しくないから勧誘を断ったのだが、今の彼女の言葉に嘘はなかった。

白瀬さんが頑張るなら、仲間を信じるというのなら俺がそれを無下にはできない。

それに俺だって、強くなりたいと言う気持ちと同等以上に、この街を、大切な仲間を悲しませたくはない。

いくらレヴがいようとも全てを守り抜くなんてことは不可能だ。


大切なものを守るためにも、俺も強くならないと──。


「……わかった」


「刀也くんも、絶対に無理はしないでね」


「うん」


「何か少しでも異変があったらすぐに逃げるんだよ」


今ダンジョンは魔物の暴走の影響で危険な場所になっている。

仲間はいるが今までずっと白瀬さんに助けられてきた。

細心の注意を払って行動すべきだろう。


「結紀も、無理しないでほしい」


想いを言葉にして握っていた手に力を込める。

突然の呼び掛けで面食らったのか、白瀬さんは目を丸くして恥じらうように俺から目を背けた。


「……帰ったら……デートでも、しよっか」


「……約束、だよ。結紀」


「も、もうっ……照れるからそんな名前言わないで……っ」


「うん。やっぱまだ……色々と慣れないや……」


互いの小指を交わせてひとつの約束をした。初めての彼女と初めてのデート。


そうして流れるようにゆっくりと唇を重ねた。

あの時とは違う、優しい空気に包まれながら。

数日前まで人生に光を失っていたとは思えないくらいに幸せだ。


紛れもなく、これは現実なんだ。


まだまだ問題は山積みだけど、皆を、この人を絶対に俺が──。


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