第24話 パーティー勧誘
「うちのパーティーに入ってくれないか?」
夕食を済ませた後、俺たち五人はギルドに来ていた。色々と浮かれてはいたが現実も見なければならない。
それは生活資金だ。真堂に情けで貰った資金は白瀬さんといればすぐに底をつく。
というわけで早速依頼を受けにやってきたのだが。
「えっと……」
俺たちが各自良さげなクエストを探していたところ、三人の冒険者パーティーのような集団に声をかけられた。白瀬さんが。
ギルドに入ると中はいつもよりも静かで、この間一悶着あった俺に注目する者は不思議といなかったのだが、ひとたび男が声を掛けた途端、周囲はその動向を確かめるように視線を向けた。
──ナンパ……ではなさそうだけど。
相手の目つき、何よりギルドが殺伐としているせいかそんな風には見えない。
ただ相手のリーダーらしき男は俺じゃとても太刀打ちできないほどに整った顔立ちだ。
当然見過ごすことはできない。
「すみません、既に俺たちパーティーなので」
すぐさま白瀬さんの前に立ち勧誘を断る、が。
「街の為を思ってどうか、頼む」
「はい? どういう──」
「──私からも、どうかお願いできませんか?」
後ろから声をかけてきたのは受付嬢のネリアさんだ。
全く状況が飲み込めていないが、何かまずいことになってそうなのは確かだ。
「……話を聞いてもいいですか……」
気乗りはしないがとりあえず彼らの話を聞くことにした。
簡単にまとめると最近魔物が活性化してそれを抑える為に人手が欲しいとのこと。
パーティーに入って欲しいというのは、高階層での問題が恐らく原因じゃないかということで並の冒険者が立ち入るとかえって危険だからという理由らしい。
当然魔物の異常について覚えはある。今日のダンジョンでの出来事だ。
初心者向けである第一層でフュージョンスライムやボスゴブリンといった強敵の出現。あの場に俺と白瀬さんがいたから良かったものの、他に名のある冒険者がいなければ被害は免れなかっただろう。
でも。
「別に白瀬さんにお願いする必要はないのでは?」
白瀬さんは確かに圧倒的な力を持っている。この街でも勝てない相手はほぼいないと思う。それでも彼女以外に頼れる冒険者などいくらでもいるはず。
「今日彼女がフュースラやゴブリンたちを一掃する姿を見たんだ。あれは只者じゃない芸当だよ」
なるほど。俺たちとはぐれている間に一人無双してたってわけか。
白瀬さんは苦い顔をしてこちらを見ている。
いや別に白瀬さんが悪いわけじゃないぞ。寧ろ人助けは良い事だ。
今の状況は良くないけど。
「そういえば申し遅れてしまってすまない。僕はカリオス、B級冒険者だ。こちらの二人はC級で僕と同じパーティーメンバーだよ」
爽やかな笑顔で自己紹介するカリオスは転移者以上に勇者らしい風貌で恐らく弱者にも優しいタイプのイケメンだ。その上、B級。
くっ……勝てる要素が……。正直一番白瀬さんに出会わせたくないタイプだ。
紹介された二人は無言で頷きこちらを見る。
一人は強面の眼帯をした男、もう一人はキリッとした眼をした薄い紫髪のポニーテールの女性だ。
無表情を貫いていて近寄り難いがガチで冒険者をやってるんだなという印象ではある。
にしてもB級に評価されるってことは白瀬さんやっぱ凄いんだな。
「実は魔物が暴れてるっていうので一時的に王都から来てるんだ。君たちも?」
「いや俺たちは……」
どうやら俺と白瀬さんも只の冒険者ではないということが見抜かれているらしい。
しかし困ったな……。出自を聞かれた時の言い訳は何も考えていなかった。
「……お忍び、か。すまない無理に素性を聞き出そうとして。冒険者だとよくあることだしね」
「そ、そうっすね」
あれ……特に詮索はしてこないのか? お忍びっちゃお忍びだから間違ってないけども。
冒険者はどこの貴族でも犯罪者であっても名乗れるくらい自由なものだという。素性を明かさないことがよくあるというのはまあ間違いではないのかもしれない。
「それで、無理かな?」
「他の強い冒険者じゃダメなんですか?」
「フェルロッドは……言いにくいがB級以上の冒険者がいなくてね。ランクで評価するのもあれだが高階層となると頼れる者が現状いないんだ」
「この街で高ランクのC級冒険者様は低階層に見張りをしていただいておりまして」
ネリアさんは付け足すように言う。
C級というと確かロイド、そしてこの前のグラッドってやつもか。彼らがどのくらい強いのかは分からないけど何となくすぐにやられるようには見えない。
でも低階層でこの街一番の冒険者を配置しているとなるとそれより下の層はほぼ手付かず、ってことか。そうなると白瀬さんに頼ってきたというのも少しは頷ける。
それでもまだ納得できないことがあった。
「──レヴ、さんはどうなんですか?」
俺はともかくとしてあの白瀬さんですら届かなかった存在──A級レヴ・フォーリア。
彼女であれば今回の件もうってつけだろう。
しかしその名前を出した途端にずっと爽やかなオーラを纏っていたカリオスの顔は一瞬にして青白くなった。
「……あの人は…………ダメだった……」
「何かあったのか」と聞こうとしたが彼の体はヨミの存在に怖がっていたあの時の白瀬さんみたく全身が小刻みに揺れていた。
まさか、あの人本当に死神だったりする……?
「レヴさんはたまたまこの街にいるようでして、こちらの要望に応じる気はなさそうなんですよね……」
参ったようにネリアさんは口にする。
レヴが何を考えているか分からないがネリアさんが彼女を説き伏せられないのならまず無理だろう。でも彼女が誰かと一緒に戦うというイメージはないな。
「無理をいって悪いね。嫌なら全然断ってくれて構わない」
俺たちはパーティであり、つ、付き合ってもいる。
いくら相手が善人でも街の為に一時的であっても容易くはいそれと受け入れるわけにはいかない。
ただ、本当に断ってもいいのだろうか…………いや待てよ。
「俺も、同行するというのはどうですか?」
「君が?」
「はい、彼女とは同郷で幼馴染みです。互いのことをよく知ってるので行くなら二人で行った方が、たぶんより力になれるかなと」
決して嘘をついているわけではなく、二人でいた方が互いにとって安心だからだ。
唯一引っかかる所としては高階層がどれほどのレベルかということくらいだが。
「そうか、君があのレヴと戦ったっていう……」
「ま、まぁ……」
「聞けば魔法を使えないふりをして相手の隙をついて大魔法を放ったとか」
なるほどなるほど、そういうふうに出回っているんですか。
まああれだけ詠唱を繰り返して最後にどでかい黒炎をぶっ放したら、今相手の言ったようなことの方が信ぴょう性はあるよな……。
「あくまで聞いた話でしかないが。勝負というのはいかにして勝つかということ。その点で君は正しいし強い。それに戦いに犠牲はつきものだ」
意外だった。あの時はカリオスの言うような作戦があったわけではなく俺の力を見せつけることしか考えていなかった。
相手を負かす、その一点を考えれば自分が出来る最高の動きだったんじゃないのか。魔法を使える今でもあの化け物みたいに強い相手を怯ませるくらいのことは考えられないのだから。
褒められたものでは無いが命を懸ける戦いはきっとそういうものかもしれない。
にしても出会って間もない自分のことを褒めてフォローもする。
やっぱりこの男、真性のイケメンだわ……。
「だが私は君の強さを知らない。君は──戦えるのか?」
「それは……」
魔法を初めて使ってゴブリンやフュースラを倒したのは我ながら凄いことだと思う。だがそれは『初心者』という枠の中の話だ。
「高階層ではパーティーの総合力も大事だが何より個々の強さがものを言う。突然敵の攻撃や罠でパーティーとはぐれる可能性だってある。そんな中でも彼女はたとえ一人でも生きていく力を持っているように見えた。君に、その強さはあるのか?」
「…………わかりません」
実際ボスゴブリンを前にして俺は力も頭も足りずに呆然としていた。
高階層ではきっとあのレベル以上の相手がゴロゴロしているんだろう。
悔しいけど、今の自分には白瀬さんを守るどころか自分を守る力さえない。無理についていって足でまといになりながら白瀬さんに気を遣われるのは……できない。
「すまない、少し厳しい言い方になってしまった。さっきも言ったように無理強いはしない。君たちにだって事情があるはずからね」
事情というか私情というか。単純に白瀬さんと離れたくないだけというのが大きい。
それにメリットがあまり感じられないのだ。
今後この街で冒険者をやっていこうとしているので、魔物が急に街に現れたり一層に化け物が現れたりするのはやめて欲しいし今回の件が終わればそういう問題も起きなくはなるだろう。
でもそれだけだ。言ってしまえば危険な状況なら他の街に行くことだってできる。
申し訳ないけど白瀬さんを危険に晒したくないというのが本音だ。
「ちなみにだが、お礼は当然させていただくよ」
「お礼?」
「あぁ。こちら側の勝手な都合ということもあって──金貨10枚ほどは」
「「「金貨10枚!?」」」
後ろを振り返るとフィンペレッタシュナは目と口を大きくしていた。
そんなにすごい金額なのか? たしか真堂に貰ったのは銀貨10枚だった。
それで数週間暮らせるレベルということは…………金貨10枚!?
「これはカリオス様ではなくギルド直々の謝礼ですね」
ギルド直々ということは重大事態ということなんだろうか。
隣町の王都から冒険者を要請するレベルだしな。思っていたよりでかい問題に首を突っ込んでいるのかも。
金貨10枚……金にがめついわけではないけど無視できるものでもない、なぁ……うーん。
「それと安全面も考慮して二日に一度は街へ戻る」
「二日に一度?」
「今回は何が原因か分からないようでね。魔物を抑える部分がいかれてるのは間違いないが、それが何で起こったのか」
つまりまだ何が潜んでいるのか分からないってことか。
だとしたらやはり白瀬さんをいかせるのは……。
「もし勝てもしない相手と出会ったらどうするんですか?」
「それは心配しなくていい。転移魔法をもつ仲間がいてね。無理とわかれば即座に街へ戻ることが出来る」
転移魔法、ようは瞬時にワープできるってわけか。中々のチートだ。
馬鹿にしていたわけではないけどC級冒険者のレベルでも転移が使えるんだな。認識を改めた方がいいのかも、というかこの人パーティーに一人は欲しい。
「それにフェルロッドの魔物の詳細はだいたい把握している。さっき言ったような不測の事態でパーティーが離れても彼女なら切り抜けられるレベルだろう」
「大丈夫。あなたの大事な人はこの身に変えても傷つけない。だから安心して」
無言でいたポニーテールの女性は力強く言い切り、その後に優しくこちらに微笑んだ。
魔法使いのように落ち着いた紫のローブを纏ってはいるけれどお腹と太ももは露出してるので、不覚にもドキッとしたのは内緒にしよう。
色々とギャップが凄いが、正義感は強そうだ。
応じる気はないつもりでいたが、この人たちならきっと本気で守ってくれるような気がした。
少なくとも今の俺よりは強い。
「トウヤ! ユウキ! こんな話滅多にないぞ! 」
「そうよ。金貨10枚なんて……いくらでも食べれるじゃない!?」
「こら二人とも! 困るような言い方はしない!」
フィンとペレッタが一斉に食いつく。シュナは相変わらず優しく二人を押さえつけている。
正直金貨10枚であろうとも白瀬さんと一時的に離れるのは嫌だ。
ただここまでのやり取りを見ると彼らは悪い人たちではない。
ネリアさんからもお願いされるという点を踏まえても信用に足る存在なのではないかと思う。
白瀬さんさえいればそれでいい、いいはずなのに……。
でも、これは。
「──待ってください」
彼女が決めることだろう。
「ごめんなさい。大変なのはわかります。でも今私が離れると、トウヤくんが……彼を一人にはさせたくないんです」
白瀬さんはいつだって弱いままの俺を受け入れ隣にいてくれる。
「今だって魔物が暴走しているんですよね? いつどこに危険が潜んでいるか分からない……。申し訳ないですけど他を当たってもらえませんか」
彼女はきっぱりと断った。これほどまでに俺のことを優先して想ってくれている。
やっぱり俺は白瀬さんのことが好きだ。
でも、一人にはさせたくない、か。
「心外ね」
ふと後ろから鋭い声が発せられた。
「ユウキたちがどうするかだからなんでもいいし興味はない。でも、トウヤは一人じゃない。──仲間がいる」
ペレッタは語気を強めてそう口にする。
さっき報酬金に飛びついていたから興味はないわけではなさそうだが。
彼女の言う通り俺たちは、仲間だ。
「でも……」
「私たちのパーティーレベルは低い。でも一層や二層で苦労するパーティーじゃないのよ?」
「それにトウヤだって強いしな!」
フィンが誇らしげに言う。
それでも白瀬さんは不安そうな顔を浮かべていた。一人にはさせたくない、その気持ちは痛いほどにわかる。俺だって白瀬さんを一人にはさせたくない。
でも彼女のそれは、まだ一人にさせられるほどの力が俺にないから、だと思う。
そう思われて当然だし俺も彼女の立場であればそう思うだろう。
だから。
「俺はまだまだだよ。白瀬さんがいてくれた方が正直ありがたいし、嬉しい」
「だったら──」
「だからもっと強くなりたいんだ」
白瀬さんが、俺がもっと安心できるように。
「白瀬さんを一人にさせたくない。ずっと一緒にいられるように」
「……うん」
「ずっと隣にいれば幸せだと思う。でもどこかで白瀬さんがいるからって妥協しちゃう気がするんだ」
「そんなの……わからないよ」
「うん。でも良い機会なんじゃないかって。まあ二日に一度はすぐ帰れるみたいだし、何だかんだこいつらもいる」
「何だかんだってなんだ」
色々な意味で三人は救いになっている。今こうして落ち着いていられるのも彼らの影響が大きいと思う。
この街に出会ってからたくさんの良い人に出会ってきた。
白瀬さんさえいれば、ずっとそう思っていた。
だけど、自分をよくしてくれた人たちを悲しませるような真似は……したくないな。
「それから冒険者の人たちも低階層で協力してくれる。それに……」
「?」
「つ、強くなった姿も見せたいし……」
「……う、うん……」
俺たちは互いに恥じらうように顔を背けた。こんな恥ずかしいこと言う必要なかったのに。さっきの告白といい今日の俺はいつもの俺じゃない。
というかこれじゃ白瀬さんが断りづらいな……。
「ごめん。なんか俺のことばっかで……。白瀬さんがお願いされてるんだから関係ないよな、それに白瀬さんのことも心配なのに」
「ううん、刀也くんの気持ち知れてよかった。……私だって……」
彼女は小さく笑うと何かを噛み締めるように呟いた。
その真剣な瞳はどこか遠くを見ているようで強い力がこもっているように感じた。
しかし──。
「……わかった。私──」
「すみません」
俺は彼女の言葉を遮るようにして言う。
「やっぱり遠慮させていただきます」
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