第23話 移りゆく日常の景色
「かんぱーい!」
俺たちはダンジョン初挑戦祝いということでとある食事処に来ていた。
フェルロッドのダンジョンから離れた住宅街近くの地下にそれはあった。
石壁でできた狭く薄暗い階段を降りた先には多数の冒険者たちが集まり、各々賑わいを見せている。
天井から蔓のように下げられたオレンジ色のランプは明る過ぎずに石壁で出来た店内を照らしており、明暗の曖昧さがお洒落な空間を際立たせる。
まさに知る人ぞ知る名店といった感じで。
席に着くや否や食事が次々と運び込まれると、店内の雰囲気の恩恵を受けてかどれも一層美味しそうに見えた。
「いやぁ、まさかノックさんがここの店長の息子だったとはねぇ〜」
目の前で酔っ払ったように調子づくのは相変わらずのフィンくんだ。
頬を少し赤らめているがこの男は未成年だし飲んでいるのも酒ではない、はずだ。
この世界は俺が元いた世界とは異なるので未成年だろうが酒もといアルコールの入った飲み物を提供している可能性もある。
しかし彼が手にしているものには見覚えがあった。
「すみません、フィンが飲んでるのって」
「あぁ、コーラですね。ただの炭酸飲料水なのですが、何故かフィン様は酔ってるように見えますよね。先程私も口にしたので大丈夫のはずなのですが……」
ダンジョン内でパーティメンバーを助けてほしいと懇願してきた男性のノックさんはフィンの耳に届かぬように耳打ちした。
フィンは恐らくただ上機嫌なだけだろうが、異世界の人と全く同じものの見方をしている事に驚いた。
その上コーラもこの世界にあるという。
よく見渡してみればテーブルに置かれた料理も日本で覚えのあるものが多い。
「この料理ってどこかで習われたりしたんですか?」
そう言うと周囲は皆疑問符を浮かべたような顔でこちらを見た。
「いやこれは一般的な料理だと思いますが……」
さも当然であるような面持ちだがそれは周りも同じだった。
今日似たようなことがあったのをふと思い出す。確かダンジョンでは宝が毎日発生するって言った時のソレだ。
仲間の三人だから疑われる事はないだろうけど今日みたく親しくない人物と接する機会はこれからもあるはず。
もっと慎重に発言した方がいい……んだけど。
ややこしい。
日本っぽい料理にコーラって。そりゃ突っ込みたくなりますよ。
「じゃあ魔物の料理とかってないんですか?」
「あんた……まさか食べる気!?」
ペレッタが青ざめた顔で言う。
「魔物は基本的に道具やアイテムの加工で用いられますね。ちなみに魔物を食べると食中毒になったり……最悪命を落とします」
「そこまで……」
「ふふっ。トウヤさんって面白いですね」
シュナがまるで小動物を見るようにこちらに微笑みかける。
可愛いんだけど、絶対変な人扱いされてますよね。
でもよくよく考えればいくら調理していようとも人が魔物を食べている姿を想像するとなかなかグロテスクだ。食べてなくて良かった。
「にしても本当に二人がパーティに入ってくれて助かりました!」
「あの時トウヤがいなかったらやばかったもんなぁ」
「いやいや俺は……別に」
ダンジョン一層のゴブリンタウンでの戦闘。ゴブリンたちに拘束されたノックさんのパーティメンバーを俺は自身の力で助けることが出来た。
今でもその時の達成感や彼女達の感謝は心に響いている。
でも、そこまでだった。
「何言ってんだ。お前の力あってこそのもんだろ」
「違う。俺は最後あいつに対してどうすればいいかわからなかったんだ。白瀬さんが駆けつけてなかったら……」
「生きてるからいいんじゃね」
「それは結果論の話で、俺がもっと早く安全の確認を──」
「──トウヤだけの責任じゃないでしょ」
勢いを抑えるような鋭い声と目線でペレッタはこちらを見る。
「それは……」
「いい? パーティはね、一人のミスは皆の責任よ。それに今回はあんただけのせいじゃない。シュナとこいつもあんたに頼りすぎたんじゃないの?」
「……」
二人とも図星をつかれたように顔を下に向けた。
「誰もトウヤとユウキに全部任せようとは思ってないの」
「そうだぞー」
ペレッタは射抜くようにフィンを睨む。
「だから無理そうな時は早めに言うこと」
「は、はい」
「もう私たちは仲間なんだから、ね……」
彼女は後ろ髪をくるくると指で回し、そう言った。
未だに自分を責め続けている自分もいるが、もっと協力していれば白瀬さんの力がなくても勝てたかもしれない。
だから二人が悪いとか言うわけではなくて、俺が彼らのことを信用していない、いや知っていなかったから起きたことなんじゃないだろうか?
「ごめんなさいトウヤさん……。トウヤさんがいれば大丈夫って思い込んじゃって……」
「いや俺も、もっと周りに色々と報告してれば」
「トウヤ……色々とわりぃ」
フィンに至ってはふわっとし過ぎて何を謝っているかわからない……けど顔色を見るに本当に悪いと思っているのだろう。
二人も俺の力を理解していなかったからこそ俺を過信し過ぎたのかもしれない。ボスゴブリンの登場で冷静さを失い、先の先頭で大活躍を見せた男がいたら俺だって任せっきりになっていたと思う。
今回は起きるべくして起きた問題だ。だからこれからはもっと三人を知っていかないといけない。
ペレッタの言う通り、俺たちはもうパーティであり、仲間だから。
「でもほんとうにかっこよかったです……」
「確かにな。フュースラといいゴブリンといい。男でも惚れちまうぜ」
二人の表情はまるで心を許した友人に見せるものに見えた。
ずっと独りで生きてきた。自分の怠慢が招いた結果でもあり、手を伸ばしても届かなかったもの。
もはや自分には縁がないものだと思い、遠くから笑い合っているクラスメイトたちを眺めては馬鹿にしていた。
そんなことを思っておきながら結局俺も欲しかったんじゃないか。
仲良くできるのか、うまく噛み合うのか未だに色々不安はつきないけど……この心地良い関係は手放したくないな。
「じゃあ食べますか!」
白瀬さんは無言で俺に微笑みかけ、三人は下らない話で盛り上がってはたまにこちらに突っ込んでくる。
……ちゃんと俺も人間、できたんだ。
それは初めて異世界に来てよかったと思えた瞬間だった。
「二人は何を落ち着いてるのかしらね?」
「そうですね。雑談といえば」
「「恋バナ!」」
女性陣二人は今日一番のテンションで目を光らせている。
いや待て。恋バナって……。
過去にそんなことがあれば今感傷に浸ったりなんて──。
「──お二人はどこで知り合ったんですか!? そしていつからそのご関係に!?」
「え……。えっと」
なるほど、ハッキリとわかった。いつも見守り隊のシュナちゃんですらこんなに食いつくとは思ってなかったけど。どこの世界でも女性は色恋に目がないんだね。
「元からそんなに強かったのかしら? それとも……何か特別な訓練を」
どうやらペレッタは俺たちの関係より強さのわけを知りたいようだ。
さっきよりも勢いよく後ろ髪を指でクルクルさせている。そんな照れながら言うことでもないと思うけど。
それに何故かチラチラっと白瀬さんがこちらの様子をうかがっている。
何だろう。俺も照れた方がいいのかい?
「最後までやっ──」
フィンの口が即座にペレッタの凄まじい腕力で閉じられた。
その発言を聞いてようやく気づく。
いやよくみんな気づいたな。特別な訓練ってだけで連想させるとか俺も割と感じやすくなってはきたけど敏感過ぎじゃない?
まさか自分だけズレてるってことは…………なくはない。
これでもSNSやまとめサイトなんかで他人と話題を共有して盛り上がっていたはずだけど。
盛り上がっていたのは俺だけなんだろうか。 いいややめておこうこれ以上は。
「私たちは……」
白瀬さんは戸惑いを隠せないといった様子で俺をうかがう。
三人にはずっと付き合っていると言ってはいたけど具体的に突っ込まれると難しいな。
もう既に他人ではないし命を任せ合うメンバーだ。下手に嘘をついても何も得はないはず。
「私たちは──」
「俺たちはそもそも付き合ってる、ってわけじゃないよ」
「え」
時が止まったかのように皆の表情と声が失われた。
「……でも、付き合ってるって……」
「あぁ。ちょっと話がややこしくて」
「?」
それから俺は白瀬さんとの関係について話した。
俺が彼女の隣にいられるような強い男になるまで待っていてほしいと。当然転移者ということは伏せておきながら。
程なくして店内で一際大きな声が発せられた。
「「「はぁあああああああ!?」」」
「へ?」
「あんた! そんなことでユウキを保留してるっていうの!?」
ペレッタは飛びかかるように俺の肩を掴みガタガタと激しく揺さぶる。
「いや保留ってわけじゃ……」
「保留じゃない!」
「トウヤさん……。それではユウキさんが好きな人ができたら離れるんですか?」
「そういうわけでも……」
白瀬さんとは今でも互いに想いを交わしあっている、と思う。
幼馴染みという関係はありつつも、屋敷で弱い立場の俺を気にかけて、転移者や屋敷の人を裏切ってまで俺について来てくれた。身体を……求め合ったりもして、今でもずっと優しい。
そんな彼女が俺以外の誰かを好きになる、なんてことはあまり考えられない。
ただ、一つだけ引っかかることがある。
「お前ものろっちいやつだなー。はやくやっ」
またしてもフィンの口が即座に閉じられた。今度はシュナ付きだ。
元はといえばペレッタの意味深な発言から始まった気もするけど。
「それではユウキさんがあまりにも……」
「ううん。私がそれでいいって言ったから」
「でも──」
「いいの。刀也くんにはそのままでいてほしいから」
白瀬さんは心配させまいと即座に笑顔を作り出す。
俺は知っていた。彼女の一つの癖を。
小学生の時の記憶。俺はその頃からいつも一人で、クラスメイトの関係性やいざこざ事情について全く詳しくなかったけど、白瀬さんも俺とは別の何かを抱えるようにして一人でいることが多かったのだ。
小学生の頃に初めて彼女と話したとき、ひどく周りに怯えていたようだった。後に女子生徒数名との問題があったことから陰湿な嫌がらせを受けていたんだと思う。
そんな状況でも白瀬さんは俺のことを心配してくれたのだ。
自分と仲良くすれば浮くから、周りから遠ざけられる、と。
浮くも何も最初から浮きまくっている俺だったので何も問題はなかったんだけど。
初対面の俺を気にかけるくらいに彼女の心は優しさで出来ていた。本当の声を抑えてでも。
その日から何度も触れ合っている内に彼女の癖のようなものに気付いた。
それは趣味であるアニメの話を初めて話す時であったり、描いた絵を見せたいのか常に俺の様子を気にしている時、決まって何か隠している時には小指と薬指をパタパタさせていた。
あの日ボロボロに千切られた紙を前にして泣いている時も、俺と離れる最後の日にも、指は動いていた。
どうして今の今まで気づかなかったのか。
「そう……だよな」
ずっと白瀬さんに合うように、相応しいようにと思って頑張ってきたしこれからも頑張るつもりでいる。
それが今の俺を支えている原動力そのものだから。
でも。
「白瀬さんごめん」
「ぇ.....なんでトウヤくんが謝るの?」
「俺ずっとどうしていいかわからなかったんだ。白瀬さんが……つ、付き合ってるって言った時とか、あれ? 俺が思ってないだけで実はそういう関係だったのかなとか」
「ごめんね! 勝手にそんなこと……。迷惑──」
「迷惑なわけ、ない。ずっと…………好きだから……」
「……うん……」
「だから、ごめん」
「?」
いつからだろうか。ずっと俺は俺の力にしか目を向けていなかった。
白瀬さんはいつも俺のことを見ているのに、俺の方は傍にいたいと言っておきながら白瀬さんのことをあまり見れていなかったんだ。
今もまだ指をパタパタさせるくらいには。
「今でも白瀬さんの隣にいられるように強くなりたいとは思ってる。でも白瀬さんは、今の俺を……好きって言ってくれたんだよね」
「うん……」
どこで怒り、悲しみ、不安を覚えるのかは人それぞれだ。
白瀬さんとは完全に通じ合っている、と自惚れがあったのかもしれない。
俺が今でもこうして元気にいられるのは間違いなく彼女の存在で、白瀬さんの想いによるものだ。
だからもう、俺の我儘で想いを打ち消しちゃいけない。
「俺もほんとは──今のままで付き合いたかった……!」
なんでこのタイミングでこうなってしまうんだ。
二人だけの世界ならまだしも皆がいる場所で、恥ずかしげも無く入ってはいけないスイッチが起動する。
ずっと無理をし過ぎていたからか、求めていた力をようやく手に入れられたからか、大切な人たちができたからか、大好きな人が目の前にいるからなのか、何かは分からない。
「だから……改めて俺と」
だけどこの涙はきっと。
「付き合ってくれませんか?」
嬉し涙に違いない。
「!!……こちらこそよろしくお願いします……っ!」
白瀬さんもまた涙が混じった声でそう言った。
なんだよ……馬鹿じゃないのか俺は。ずっと強がってたくせに俺も不安がってただけじゃないか。
ただただ──良かった。
気付けばフィンたち三人だけでなく、店内で暖かい拍手が巻き起こっている。
恥ずかしいなんて感情はとっくに限界を振り切っている、絶対に後で思い出して後悔するだろう。
素直なのは震えるほどに熱い心だけだ。
一陰キャだった人間がこんな幸せな空間の主役になっていいのかはわからない。
でもこの気恥ずかしさも暖かさも忘れることはない大切な思い出になる、そんな気がする。
こうしてみると一回目の人生、俺は何をやっていたのかと思えてくるな。
人生には知らない日常の景色がまだまだあったんだ。そしてこれからも。
異世界にこれて本当によかったよ。
ありがとう。
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