第22話 ヒロインでヒーロー
「ほんとに……ありがとうございます!」
襲撃に気づいた周囲のゴブリンは一斉に逃げていった。
拘束から解けた先ほどの女性はシュナから回復魔法を受け再度俺に感謝を口にする。今までどちらかというとまともな人間としての生き方をしてこなかったが、向けられた視線、言葉にはどこか自身の存在を認められたような感じがして嬉しかった。
「お嬢さん、言葉はいらないんだ」
「?」
「ノックさん。分かってるよな? なんでもするって」
フィンは指をパキパキ鳴らしながら弱そうなヤンキー面をする。
ほんとやめろ俺たちまで悪党に見えるだろ。そのために助けたわけじゃないんだから。
ちなみにノックさんというのは俺たちに助けを求めてきた男性のことだ。
「わ、わかってる。俺にできることならなんでも」
「そうかそうか。じゃあ……」
「──あの!」
拘束されていたもう一人の女性が震えた声で呼び止めた。
「ほんとに……もう終わりなの?」
「見てなかったのか? トウヤがシュピンって消えて気付いたら二体が斬られたのを。あんな力見せつけられたら俺でも逃げるぞ」
気づかれぬよう最速で斬りつけたが周りの目からは一瞬だったらしい。
ついこの前まで賞賛する側だったからどうしてもまだ力を持っている自分に違和感がある。
「見てたけど……なんかおかしいの」
「おかしい?」
「目覚めたら拘束されてて。何もあいつらに攻撃されてないのよ」
確かに少し傷があるだけで攻撃を受けたような痕跡がない。
「それはあいつらがお前らを……襲おうと」
「だから襲われてなんて」
「その襲うじゃねえよ」
フィンはボソッと呟く。
女性たちはフィンの言葉の意味に気づいたかみるみるうちに顔が赤くなっていった。
お互いに恥じらうのはやめてほしい……見てるこっちまでどう反応したらいいかわからなくなるから。
「で、でも! そしたらなんですぐに実行しなかったの……」
「食事したあとのデザートみたいなもんじゃね」
フィンくんは何を言っているんだろう。
彼女たちがフィンに冷たい視線を向けている。
「……そうじゃない」
後ろで聞いていたシュナは考え込むように顎に手をした。
「ゴブリンは獲物を見つけたらすぐに襲います。例外はないはず……。考えられるとしたら」
予測に呼応するかのように突如として重い地響きが聞こえ出した。
シュナの視線の先には黒い影のようなものが動いている。
倒された二体のゴブリンなど何でもなかったかのように段々と大きくなっていき──。
「──何かに従えられている」
大きな横並びの黒い影の正体──それはゴブリンの軍勢だった。
中央には2m近い親玉のようなやつがいる。
「まずいですね……あれはボスゴブリンです」
「あんなやつが一層にいるのか……」
これだけ離れていても分かる威圧感。
ゴブリンの数倍以上、フュージョンスライムすら上回るほどのものだ。
「いえ普通はありえないです。最近異様に魔物の動きが活性化している影響ではないかと」
ロイドも確かそんなことを言っていた。
どうやら先ほどの女性の違和感は正しかったようだ。
──くっそ! もっと早く安全な場所に移動しておくべきだった。
やつらから逃げようと思っても背後はすぐ壁になっていて通れない。
つまり軍勢の中を通り過ぎてうまいこと逃げるか、戦うかの二択しか選べないのだ。
「トウヤ」
「トウヤさん……!」
皆、先の戦闘で俺に期待を寄せている。俺の選択でどうなるかが決まるといってもおかしくない。勉強はできる方でもないしリーダーシップの器も到底ない、それでもやらなければやられるだけだ。
ここは現実世界ではなくてどちらかというとゲーム準拠の世界。ゲーマーの俺からすればまだ救いはあるかもしれない。
落ち着け、そして考えろ。
瞬間移動で……いや俺だけ逃げてどうする。
他の魔法は……基本魔法じゃ適いそうにはないな。であれば想像詠唱でいくしかない。
……でも……なんだ……? この違和感……。
ゴブリンたちと初めて遭遇した時はなんというか勝てると思うことができた。それが魔力の差なのか自信なのか何なのかはわからない。
しかし今対峙しているボスゴブリンとやらの実力が、よくわからないのだ。
勝てるとも負けるとも思えない、それは何もボスだけでなく周りのゴブリンたちにも……。
いや余計なことは考えるな。今俺が考えるべきなのはこの状況をいかに切り抜けるかだ。
大丈夫。
今の俺ならどうにか……。
──ほんとうに?
「!?」
重々しい緊張感が張りつめる中、突如敵陣営の大部分……いや全員が一斉に氷漬けになった。
「な、何が……」
それはボスゴブリンも同じく、赤子の手をひねるように簡単に動かないものとなった。
「──刀也くん!!!」
窮地に駆けつけたのは白瀬さんとペレッタだった。
白瀬さんの力でゴブリンの軍勢は跡形もなく一掃されたのだ。
俺は身体だけが堅いまま、強ばっていた肩の力だけがそっと弱まっていく。
「無事で良かったっ!」
真っ先に走って来た白瀬さんはその勢いのまま俺を抱き締めた。
「ぁ……う、うん」
突然の抱擁で周りにいる皆は目を逸らしたが、白瀬さんはお構いなしに背中をとんとんと撫で「よかった……よかった」と涙混じりの声で思いをこぼす。
ちょっと恥ずかしいです白瀬さん。
……でも。
「ありがとう。助かったよ」
「うんっ」
軽く俺も彼女の背中に手を当てた。感謝と自身の安全を伝えるように。
白瀬さんがいなければどうなっていたのかわからない。だから未だに若干身体が震えている。
それに気づいたのか何も言わずさすさすと背中を撫でてくれる。
恥ずかしいけど、でもこの愛から抜け出すことは今の俺にはできなかった。
二人きりであればこんな優しくされると恥ずかしげもなく泣いていたと思う。今は理性で抑えているが。
ようやく震えが収まって、俺たちはゆっくりと身体を離した。
周りの目はもう気にしたら負けだと思っているので絶対に見ない。
「そういえば白瀬さんはどこに?」
「ふゅーすら? みたいなのが出て皆逃げてたから倒してた」
「白瀬さんもか」
「え?」
「俺も倒したから」
「……そっか。がんばったね」
てっきり頭を撫でられるんじゃないかと思ったが白瀬さんは優しい目をしてこちらに微笑んだ。
今までの自分なら白瀬さんにただ甘え優しくされるだけだったと思う。情けない話だけどその情けなさまでも俺は受け入れるしかなかったから。
だから今は、些細な変化かもしれないけれど、ただただ嬉しい。
「うん。やっと……結紀のヒーローになってあげられるかもしれない」
「……」
「ご、ごめん。まだまだ弱いくせに何言ってんだろうね」
初めての魔法での戦闘、突然現れた強敵、最愛の人とのハグなど一気にイベントが集まりすぎたせいだろうかテンションがおかしくなっている気がする。もう黙っといた方がいいかも。
「ううん、嬉しいよ」
冗談かと取られてもおかしくないような言葉にも彼女は応えてくれる。
そのひたむきに俺と向き合ってくれる姿を見ると自然と胸が高鳴る。
どちらかというと白瀬さんが照れる流れなのにどうして俺が照れているのか。ちょっと悔しい。
「……うん。頑張るね」
「……うん」
魔法もまだまだで、人生経験も同年代に比べれば遥かに未熟だけど、彼女の隣にいれば着実に今よりもいい自分になれる。
白瀬さんは俺のことをヒーローと言う。
でも俺にとっては白瀬結紀さんがヒロインで、ヒーローなんだ。
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