第21話 刀

 入り口付近には大勢の冒険者たちがダンジョンに向かっていた。

 先ほどの誰の気配もなかった場所とは見違えるほどの人の多さ。


「こんなに人多いんだな……」


「ダンジョンが開く時間ってのはいつもこうよ」


 フィンが先輩風を吹かしたように答える。

 ダンジョンも自由に行き来できるのではなくきまりがあるようだ。


「開始時から行って何か得でもあるのか?」


「そりゃいっぱいあるぞ。お目当てのモンスターを先に見つけられたり、宝も見つけたもん勝ちだからな」


「宝……か。まだ見つけられてないものもあるんだな」


 フィンたちは不思議なものを見るような反応をした。


「何言ってんだ? 宝は毎日色々な所で生まれるんだぞ」


「そう、なんだ」


 毎日別の場所で発生する宝……。

 この世界も現実と同じように考えていたけどゲームらしい要素もあるんだな。

 ゲームの世界に来たと思うと何となくワクワクしてくる。


「お、開いたぞ」


 正面の大扉が重々しく開いていく。

 しかし見えてきたのはダンジョンのような薄暗いものではなく、ここまで来た道と変わらない数十mの道とその奥にある大扉だった。


「奥の扉が開くといよいよダンジョンだ」


「何でわざわざこんな道があるんだ?」


「刀也……さてはお前、頭があまりよくないな?」


 ちょっと殴っていいですかね。

 フィンの元へ歩み寄ろうとすると「落ち着いてください、フィンの方が馬鹿ですから」とシュナが牽制に入る。

 そのフォローだとまるで俺も馬鹿みたいなんですが!?


「ここは街が魔物に汚されないようにあるのよ」


 ペレッタが静かに口を開く。


「ここら一帯の道と周囲の草木に魔物除けの結界が施されているの。大扉一つ隔てた先にダンジョンがあると突然魔物が暴走したときに危ないでしょ?」


「確かに……」


 考えてみると自然な事だ。

 いくら冒険者の街といえどここで商売している人も暮らしてる人もいる。

 治安が悪くないのはこういった安全性の配慮がなされているからだろうか。


「やっぱり馬鹿──」


 俺が殴ろうとするよりも早く、フィンは力を失ったかのように尻もちをついた。

 その後ろで冷たい目をした白瀬さんがぶつぶつと何か呟いている。


 怖い怖い怖い怖い。

 さっきのヨミさんよりも普通に怖いよ!?


 何を使ったんだ? まさか、覇気……?


「フィンくん、仲間を悪く言うのは良くないと思うよ?」


 白瀬さんはニコニコとした顔で話すが目が笑っていない。


「あんたの彼女中々恐ろしいわね……」


「ま、まぁ」


 俺のことを思ってくれるのは嬉しいんだけどね。

 というかやっぱり周りからは俺たちは恋人ってことになってるらしい。

 白瀬さんと今一度関係性について話すべきかもしれない。


 奥の大扉も開くといよいよ仄暗い洞窟らしきものが見えてきた。


 さきほどまで落ち着いていた冒険者たちが一斉に走り出す。

 扉の前に立っていた衛兵たちは注意をするが聞く耳を持つものはいないようだった。

 俺たちも流れに巻き込まれるままダンジョン内部に入っていく。




 そこは想像通りの薄暗い場所だった。

 ただ先に進む道が三つに分かれている。


「右が本当の初心者向きのモンスターが多い所、左はゴブリンやスケルトンとかほんの少し強い魔物が出てくる所ね。それでも初心者向きではあるけど」


 モンスターの名前は現実と変わらず共通しているようだ。

 恐らく生態や特徴なども一定の共通点があるだろう。

 全く見たことも聞いたこともないやつよりよっぽどいい。


「真ん中は?」


「中央の道は何でも出てくる所。下へ続く二層の階段もそこにあるわね」


「じゃあまずは右に。………………なんだ?」


 前方にいた冒険者たちがやけに騒がしい。

 それとともに大勢の冒険者がこちらに向かって走ってきている。


「ちょ、何が……」


 満員電車でもみくちゃにされるみたく突如周囲が人で溢れかえる。

 逃げてきた彼らの方に目を向けると宙に何かが浮いているのが見えた。

 それは空中をぽわんぽわんと跳ねていき、俺たちの背後に着地した。


「あいつは──フュースラか!?」


「ヒュースラ?」


「フュージョンスライムです! 個体差がほぼないスライムが合わさって出来るスライムの複合体なんです」


「それは強いの?」


「あまり見かけないので分かりませんが、通常種とは異なる魔物は大抵本来の姿よりもかなり強いかと」


 スライムの亜種ってことか。見ると人一人を飲み込めるほどの大きさをしている。丸みを帯びた形でブヨブヨとしており、複合体だからか紫と青の半透明色が体内で移り変わっている。


「やばいぞ。どうする?」


 いつも自信ありげなフィンも狼狽えている様子だ。

 周囲にいる冒険者たちがフュースラ目掛けて色々な属性魔法を放ってはいるがあまり効いてはいないようだった。


 でもきっと大丈夫だろう。何せ俺たちには最強の味方がいるのだから。


「白瀬さん、いける?」


 しかし答えは帰ってこない。

 辺りを見渡すが白瀬さんの姿はどこにもなかった。さきほど流れてきた人の波ではぐれてしまったのだ。


「やばいな……」


 白瀬さん自身の行方も気になるがきっと彼女の実力だと大丈夫だと思う。

 それよりもこいつだ。先ほど流れてきた冒険者たちはまたしても逆方向に走り出している。

 それもそうだろう。該当のスライムはゆっくりとだがこちらに向かってきているのだから。


「おいトウヤ! 何してる!? 逃げんぞ!」


 この様子では今この場であいつに勝てる実力を誰も持ち合わせていないのだろう。

 このままでは恐らく誰かが逃げ遅れて悲惨な結果を迎えてしまう。


「トウヤ!」


 彼らの声を制止するように手のひらを向けた。

 白瀬さんも誰も助けてはくれない。まずい状況であることには変わらない、なのに心は落ち着いていた。

 あの禁忌の魔法を放ってから体内にうっすらと感じるもの。それが魔力なのか何なのかはわからない。ただ一つ感じられるのは、この状況は危険ではないということだけだった。

 目を瞑り再び開きターゲットを確認する。


「うん。大丈夫」


 今まで何度もイメージしてきた魔法を頭で浮かべる。

 相手はスライムだ。現実世界のゲームでは雷が弱点という場合が多かったはず。ただなんとなく雷属性の基本詠唱では勝てないと本能的に感じ取っている。


 残された方法は──想像発動。

 イメージするのはフュージョンスライムを倒せるほどの力を持った雷属性魔法だ。


「いけ」


 手のひらからバチバチと音を立てながら雷属性の球体のようなものが生み出され、高速で敵に向かう。

 しかしそれに気づいたスライムは避けるように飛び跳ねた。

 ただそれも考え済みだ。


「なんだあの魔法……?」


 後ろで逃げていた冒険者が戸惑いの声を漏らす。

 避けた方向を追うように、そして加速して相手との距離を縮める。


 想像したのは追尾性能を持った雷の球だ。やがて逃げ切ることが出来なくなったスライムは直撃し、ジリジリとスパークしたような音が響いて消失した。


「ま……まじか……」


 周囲にいた彼らは立ちつくしていた。


「トウヤすごいな!」


「自分でも倒せるとは……」


 三人が近くにやってくるとふと我に返った。

 どうして冷静に、そして魔法を使いこなせると思っていたんだろう。今まで何も成し遂げられなかった自分がいたのでうまく頭と心がリンクしない。

 今の俺は恐ろしいほどに冷静だった。


「そうだ、白瀬さんが」


「ユウキさんがどうされたんですか?」


「さっきの騒動ではぐれちゃって」


「それは早く探さないといけないですね」


 ここは敵の巣窟だ。さっきのような通常では有り得ないようなモンスターがいてもおかしくない。


 そうして白瀬さんを探そうと歩き始めようとすると後ろから声がした。


「あの……助けてくれないか!」


 振り返るとそこには、鎧と身体の至る部分に傷を負っている男がいた。


「あんた大丈夫!?」


 今にも倒れそうなほど息も絶え絶えだがそんなことは気にしていないといった様子だ。


「頼む! 何でもするから俺の仲間を助けて欲しい!」


 話を聞くとどうやら左の道でゴブリンの群れにやられて仲間を拘束されているとのことだった。


「よりにもよってゴブリンタウンかよ……」


「ゴブリンタウン?」


「ゴブリンの住処ってやつ。一層で一番知っとかなきゃだめな知識なんだよ……これだから初心者は」


 なんか初心者が初心者に説教じみてるな。


「何でも──してくれるんだよな?」


 フィンは質の悪そうなヤンキーのように詰め寄る。


「あ、あぁ……」


「分かった。じゃあトウヤさん行きますか!」


 いや俺頼りかよ。こいつだけは舎弟にしたくない。


「いやでも白瀬さんが──」


「私がここで待っといてあげる」


 任せろと言うように胸に手当て白い歯を見せるペレッタ。


「でもそしたらペレッタが危険じゃ」


「私のこと舐めてるわね?」


「いやそういうわけじゃ……」


「わたしはこのパーティじゃ一番強いのよ。一層じゃ敵無しだもの。それに彼女だって有り得ないほど強いのはあんたも分かってるでしょ」


「でも」


「……仲間なんだから、少しは頼ってくれていいじゃない」


 いつも強気な姿からは似合わない寂しそうな顔を浮かべている。


 仲間、か。


 ずっと白瀬さんしか信じてこなかったが、俺には今三人も仲間がいる。

 それに、ゴブリンにやられて助けを求めてきた人はきっと俺の力を信じて相談してきたんだろう。

 ここで断れば、それこそ助けられたものを助けられなくなる。


「分かった。白瀬さんは任せるよ」


「トウヤも……気をつけてね」


 唐突の名前呼びと素直に心配してくれる気持ちに思わず胸が熱くなる。

 群れから外れ孤独に生きてきた時には絶対に味わえなかった思い。


 信頼されているというのはこんなにも心地いいものなんだ。

 もっと早くから知っておけば良かった。



 ***



 ゴブリンの住処──通称ゴブリンタウンと呼ばれる所まで来ると情報通り二人の女性冒険者が拘束されていた。

 10匹ほどのゴブリンが何やら食事をしていた。

 何を食べているかは分からないが少なくとも人間のではなさそうでほっとした。


 作戦は背後から叩く、それだけだったがフィンたちの魔法ではあと少し距離を縮めなければならない。

 気づかれぬようそっと忍び足で近づいていく。


「もうそろそろいけます」


 フィンは小声で呟く。

 俺とシュナはゆっくりと首を縦に振る。

 だが背後から勢いよく近づいてくる足音によってこの作戦は不意に終わった。


「ゴブリンだ!」


 暗闇で死角になっていた所から五体のゴブリンが俺たちを襲う。

 その様子に気づき、前方で食事をとっていたゴブリンたちも臨戦態勢に入った。


「ちょっとやべえな!」


「トウヤさん! 行ってください!」


 二人は背後から現れた敵に対処するだけで精一杯だ。あとは俺が何とかするしかない。

 前にいるゴブリンたちは襲いかかってくるわけでもなく拘束されている女性二人を人質に取っている。無駄に知能がある所はやはり同じか。

 これだけ背後にも前にも数がいて襲ってこないっていうのはなんだ?


 もしかして……俺の魔力に勘づいている、とか?

 いやいやそれはさすがに自惚れすぎだ倉道刀也。

 でも仮にそうだとしたら、普通にしても彼女たちを助けられはしない。そうでなくてもあの防御体制ではさっきのように魔法を放つだけじゃ厳しそうだ。


 どうする。どうすれば助けられる。


 ふとレヴの顔が浮かんだ。

 レヴ・フォーリア、とてつもない強さで俺と白瀬さんを蹂躙したAランク冒険者。

 彼女ならどうする?

 いや俺がレヴのようになれるわけがない。でもあの時と比べれば全然絶望的な感じはしていない。

 なぜ? どうして俺はそう思った?


 何かこの状況を打開できる策が──。


「トウヤ! さすがにもう持たねえ。なんとか、して……くれっ!」


「トウヤさん」


 二人はゴブリンの足止めで相当に疲れきっているはずだ。

 それでもシュナは俺を見てにこっと笑顔を作る。


「大丈夫です。たぶんトウヤさんならできます」


 今までの俺を見てきていれば彼女はそうは思わないかもしれない。

 シュナは命懸けで俺を頼ってくれている。彼女の、皆の思いに応えたい。


「ありがとう」


 大丈夫。その言葉を信じて俺は全神経を研ぎ澄まし一つの魔法に意識を集中させた。

 俺ならできる。Aランク冒険者がなんだ。魔法適性がないからどうした。これしきのことで怯んでいたら勇者の名折れにもほどがあるだろ。

 異世界から来たやつはこんなもんじゃないはずだ。


「やぁ」


 俺は瞬時に元いた場所からゴブリンの背後に姿を見せる。


 瞬間移動。

 どれだけの難易度の魔法かは知らないがこの身体の抵抗感的にかなりのレベルだ。

 それでも負けない。こいつらが気付く前に仕留めろ。


 魔法剣に雷属性を付与させ即座にゴブリン目掛けて振り下ろす。

 それとほぼ同時に瞬間移動し同じくもう片方のゴブリンに剣を下ろした。


「「ギェャァアアアアッ!!!」」


 ほぼ同時に二体のゴブリンの断末魔が空間に響き渡る。


「……はぁ……はあ、うまくいった!」


 数年ぶりに激しい運動をしたような重い疲労感がのしかかる。

 だけど、そんなことはどうでもいい。


 今の俺でも人を助けられる。それさえあればどんなに辛くても地面に足をつけて立っていられる。


「あ、あぁあっ。ありがとうございます……!」


 人質の女性は恐怖から解放されたことで溢れてくる涙を抑えながら俺に感謝した。


 ──心配、応援、 信頼、感謝。


 人間関係を続けていく上で当たり前に交わされるようなもの。

 今まで遠ざけていたものなのに、今は心からそれらに満たされている。



 悲しい思いは充分にしてきた。

 もう……いいよな。弱いままの倉道刀也はもう。



 これからは皆を──白瀬さんを守れる刀になる。


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