第20話 チヲクダサイ

「……ほんとにここで大丈夫なのか……」


 俺と白瀬さんは朝早くからダンジョンがあると言われる場所の前で待ち合わせをしていた。

 並び立つ2mほどの高さの白い壁、そして中央にある大扉。

 ここがフェルロッドのダンジョンの入口らしいのだが。


 ──誰もいない……。


 周りに人の気配はない。朝早くから来すぎたのだろうか。

 それともダンジョンとはいうもののこの世界ではマイナーな文化だったりするのだろうか?

 憧れの対象としてゲームやアニメに頻出してきたがそもそも想像の域を出ないものだ。

 異世界人に「ダンジョン? はっはっは! お前いつの時代に生きてんだよ」とか言われた日には目も当てられない。

 もう少し異世界の流行りというものを確認すべきだったかもしれない……。


「…………イ」


「……ん?」


「え?」


「白瀬さん今何か言った?」


「いや何も?」


 でも確かに今何か──。


「…………サイ」


「やっぱり声が」


「……」


「…………チヲ…………クダサイ」


「今聞こえたよね!?」


 彼女の方を見るとこちらに背を向け小刻みに震えていた。


「白瀬さん? どうか──」


「ワタシハナニモミテナイキイテナイヨ」


 身体も声も震えていて露骨に動揺している。


「もしかして……怖いのとか苦手?」


 高速で頭を上下させこれでもかと頷く白瀬さん。

 今の声は白瀬さんのものではない。でも彼女の近くから聞こえてきたのは確かだ。


 だとしたら何処から?


 恐る恐る辺りを見回してみるがおかしな所は……。


 もしかして……。

 俺は木箱が並べ積み上げられた所まで歩み寄る。


「……チヲ……クダサイ」


 間違いない。声は木箱の奥からだ。

 でも、待てよ。


 チヲクダサイ?


 ちを…………血…………血をください!?


 血を欲する生物というと一つしかない。吸血鬼だ。

 まずい。ここはダンジョン入口付近だ。魔物がいてもおかしくない。


「……ン……血……?」


 木箱の奥からゆっくりと人影が現れた。

 ちょうど陰になっていてよく見えないが、ボサボサの頭で黒い髪の女性のような雰囲気だ。俺は目を合わせないように背を向ける。


「……血……ソコ」


 その女の声の先は明らかに俺だった。


 やばいやばいやばいやばい!!

 振り向かなくてもわかる。はっきりと背中から感じるおぞましい気配。

 もし吸血鬼だとしたらどうする。今の俺で勝てるのか?

 というか白瀬さんはどう──。


 耳を抑えて身体を小さくしていた。

 駄目だ、今の彼女では頼りにならない。


「血、血……」


 女はゆっくりとだが確実に俺との距離を狭めている。

 でも何故だか俺の身体は石になったように硬直して動かない。

 何をしているんだ。このまま女に血を吸われてゲームオーバーでいいのかよ!

 いやありかもしれない。血を吸われるという感覚を味わってみたい気も……。


「血ォヲヲォォオオオオオオ!」


「いやぁあああああ!」


 やっぱり嘘です嫌です吸わないでください死にたくないそれ以外ならなんでもするから許して──。


「血を……ください?」


 勢いよく振り向くと、女——というより女の子が首を傾けていた。


「え……」


「す、すみませんっ! 血を……くださいなのかあげますなのか、忘れてしまって……」


「はい?」


 女の子は青白い顔をみるみるうちに赤くさせ、挙動不審になっていた。

 何なんだ一体……。ひとまず命は無事そうで助かった。


「……ぉ、お騒がせして、しまって……すみません……」


 正体が分かりようやく落ち着き始めた俺たちは彼女と向かい合っていた。

 これから冒険だというのに既に体力をだいぶ削られてしまった。

 吸血鬼(仮)の女の子も落ち着き……いや、あからさまに気力を失っている。


「あの、吸血鬼じゃないんですか?」


「吸血鬼……とは何でしょう……?」


 女の子はまたも首を傾げた様子だ。

 吸血鬼とは違うのか。まあどこから見ても普通の人にしか見えないが。


「血をくださいとか言ってたので」


「ぁ……それはおばあ様に、そう言えば助けてくれるって……言われまして」


「うん、やめたほうがいいと思います」


 確かに可愛い子が血をあげますとか言ったら一部の人間は助けてくれるだろうが。

 それは助けられてるわけじゃないんだよなぁ……。

 ティアの時といいこの世界での教育者は変人が多い気がしてきた。


「ということは何か困っていることが──」


「あるんですっっ!」


 こちらに身を乗り出して即答する。

 テンションの落差が激しいのよ。


「実は、もう…………お金がなく……て! ……うぅっ」


 女の子は耐えきれずにしくしくと泣き始めた。

 お金がないのは、うん。辛いよね……。


「刀也くん」


 白瀬さんは何かを伝えるように頷く。

 女の子のこんな姿を見て放っておけるわけないよな。


「あの、僕たち──」


「ありがとうございますっっ!」


 まだ何も言ってないよ。あとテンションほんとどうなってんだ。


「申し遅れました。私……ヨミ……です」


 どうやら普段のテンションは低空飛行のようだ。


「……」


「……え、終わり?」


「いや! あの……もしよかったら買って……くれませんか……?」


 買う? 何か売り物があるのだろうか。

 だが周りには特に何かあるわけではなさそうだった。

 しかし、彼女が小さな小包から何か取り出したかと思うと瞬く間にその場が光り輝き始めた。


「こ、これは!?」


「……は、はい。これ……売り物で……いつも誰も……買ってくれなくて……」


「いや一瞬光って……」


「ぁ……それは、この魔道具の袋の力……ですね」


 この世界には魔道具なるものもあるんだな。

 手のひらサイズほどしかない袋から一瞬で様々な物が生み出されていく。

 数十種の武器と防具。それもボロボロなどではなくどれも丁寧に磨き上げられたような優れものに見える。

 ただ正直──。


「ちなみにそちらの袋って売ってたりします?」


「……ごめんなさぃ……これ、一つしかなくて……」


「いや全然大丈夫です! そんなに気落とさなくても大丈夫だから!」


 見るからに肩を落としている。

 ティアといいほんと将来が心配になる子が多いな。俺が言える立場でもないんだけど。


「私たち武器とか防具って何もつけてなかったよね」


「そういえば……」


 屋敷では何もつけなかったしそれが普通だと思っていた。

 恐らく魔法でだいたい解決出来るだからだろうが。

 でも俺みたいな魔法に自信がないやつは武器とか防具はつけておいた方がいい気がする。


「ちょうどダンジョンにも行く──」


「ありがとうございますっっ!」


 両手で俺の手を掴み涙ながらに喜ぶヨミ。もはや可愛くなってきたまであるな。


「冒険者初心者におすすめの武器防具とかって……」


「ん……? 防具はもう……つけてると思います……?」


「え?」


「透明で触れない、ですが、ダンジョン3Fの……モンスターの攻撃を凌げるくらいには……物理攻撃も魔法攻撃も耐性がある防具……です」


「俺たちに?」


「……はい……? 誰かが知られないようにつけたんですかね。.....お優しい」


 知らぬ間にそんなものを身につけていたとは。恐らくクロノさんの計らいだろう。

 ありがとうクロノさん、落ち着いたら手紙でも出しますね。

 ただこの謎の防具を持ってすらレヴにはなにも意味をなさなかったんだよな。

 どんだけ強いんだ。


「……おすすめの……武器はこれ……です」


「これは」


「……魔法剣……です」


「魔法剣?」


「はい。持っているだけで、魔法を発動させやすくて。……魔法を剣に宿すと……元々の魔法単体能力よりも……大きな力になります」


 武器というから魔法には全く関係しない物理的なものと思っていたがこういうのもあるのか。それなら──。


「それくださいっ!」


「ありがとうございますっっ!」


 こら二人で同調するんじゃない。


「じゃあ俺もそれ一つお願いします」


「……はい……」


 なんで俺の時だけテンション低くなるんだよ。

 もっと欲しいですっ! って言えば明るく返してくれるんでしょうか。

 やはり異世界は男の子に対して世知辛いようです。


「あの……助けてくれたお礼で……もう一つ差し上げます」


「ほんとですかっ!?」


「…………は、はい。……なんでも……」


 テンション低いままなんだよね。

 彼女も白瀬さんも俺の異様に明るいテンションに戸惑うのやめてもらっていいですか。

 そうして俺たちは彼女の計らいで短剣を貰うことにした。こちらも魔法剣同様に魔法を発動させやすいようだが性能は劣るということらしい。サブとしては使えるだろう。


「……ほんとに……ありがとうございましたっ!」


 ヨミと別れると、彼女は飛ぶようにどこかへ行ってしまった。

 魔法剣は銀貨一枚。

 正直銀貨二枚だけでは数日で終わるレベルなので、短剣の分をもう一枚ずつこっそり小包に入れてあげた。

 それでも心配だがまたどこかで出逢えるだろう。



 ***



「──おーい! トウヤ! ユウキ!」


 声がした方向にはフィンたち三人がいた。

 辺りを見渡すと他の冒険者たちもぞろぞろと扉の前を目指してやってきている。


「お前らいつからここにいたんだ?」


「三十分くらい前から」


「なんでそんな早いのよ……」


 ペレッタはさも当然かのように冷たい視線を向ける。


「ダンジョンの扉が開く時間がこれからなんですよ。すみません、お伝えし忘れてしまって」


「いや全然い──」


「おい!」


「え?」


 フィンは驚いた様子で俺たちを指さした。


「お前らいつの間にそんなもの持ってたんだ!?」


「何が?」


「その剣だよ!」


「あぁこれはさっき女の子から買ったやつだよ」


 そんなに驚くほどのものなのか。皆当たり前のように持っているものだと思っていたが。


「よくそんなもん売ってたな。つーかよく買えたな」


「そんな貴重なものなの? 銀貨一枚で買えたけど」


「「「銀貨一枚!?」」」


 三人は演技派俳優以上のリアクションをしてみせた。


「魔法剣なんて……金貨数枚は余裕でするくらいだぞ」


「……まじか……」


 銀貨が十枚で金貨一枚。金貨数枚というと余裕で一ヶ月は働かなくても暮らせる。

 でもどうしてそんな安く売られていたのだろうか。


「その女の子とやらは今どこに!!?」


「確かあっちの方に──」


「よし行くぞお前ら!」


「でももう売ってなかったよ」


 三人は足を躓かせ演技派ですらしないようなずっこけをしてみせた。


「それを先に言え!」


「いやあんたらの行動が早すぎるんだよ」


 金貨数枚と言われ逸る気持ちも分からなくはないけど。


「その女の子? は旅人さんとかなんでしょうか?」


「いや、いつもここで売ってるみたいに言ってたけど」


「え? そんな子見たことないような……」


 シュナは嘘をつくようなタイプではない。周りも少し頭を悩ませたが同じような反応だった。


「…………まじか」


「……と、刀也くん……」


 白瀬さんが分かりやすく身体を震わせている。


「ダンジョンの近くだから変なことがあってもおかしくないけどな」


「変なこと?」


「あぁ。変なものが見えたり聞こえたり、いるはずのない化物がいたり、とか」


 え、異世界でもそういう霊体験的なものがあるのか……。

 現実でも体験したことはないけども。


「そうね。何せ、ダンジョンではたくさん……」


 ペレッタはいつにも増して真剣な顔で言った。



「──人が死んでるもの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る