第19話 二人の時間
『じゃあ明日よろしくな』
明日、フィンのパーティーと俺たちでダンジョンに潜ることになった。初心者同士での攻略と親睦を深めるという名目で。今になって思えば俺たちの力に頼りたいのは見え見えだったが。
しかし……その時は何も考えられなかった。
「──刀也くん? 大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫」
気づいたら二人で宿に来ていた。
彼女と何か話し合っていたように思うがあまり覚えていない。
「何か少し変」
「……うん。ちょっとまだ信じられなくて」
「……良かったね」
白瀬さんは俺の顔を見るように腰を低く構え柔らかく微笑む。
火球を出した後に何度も確認し何度も試した。俺が火属性間法を使えていたのは間違いない。そのうえ火球だけでなく他属性の基本魔法も全て使えるようになっていたのだ。
どうしてこんな突然……。
思い当たるとしたらあの戦いだ。
レヴに放った禁忌の魔法──
一瞬で気絶するほどの力。あの魔法が俺の身体に何かしらの影響を及ぼした可能性は高い。
眠っていた俺の真なる力が目覚めた……とか。厨二チックだがそうとしか。
……ん……? 眠って……。
そういえばあの時眠って何かを──。
「そうだ。俺は転生して……」
「転生?」
「うん。倒れて眠ってた時に現実世界にいて」
「転生の夢?」
「いや……あれは夢じゃない。俺は実際にトラックに轢かれて…………死んだ」
「……」
「いやでも大丈夫だから。身体も心も特におかしなところはないし気にして──」
言い終わる前に白瀬さんは俺を抱き締めた。
「生きてて……よかった……っ!」
「…………うん」
そう……だよな。
俺……生きてるんだ。
異世界だから現実ではないけど。
……嫌なことが何度もあった。
あっちの世界でもこっちでもたくさん……たくさん──。
一人ではどうしようもなくて、時には逃げて、当たり散らして……絶望して。
いっそこのまま消えてしまった方が楽なんじゃないかと思う日もあった。
それでも。
俺の為に泣いてくれる人がいる。
笑って一緒に、そばにいてくれる人がいる。
俺という存在が消滅していたら白瀬さんとも出会えていないんだ。
異世界なんて……とずっと思ってた。
でも。
俺を、続けさせてくれてありがとう。
「うん。生きてて……ほんとうによかった」
彼女の涙に釣られるように目から涙が流れる。
それからしばらくの間互いに身体を震わせ嗚咽を漏らしていた。今まで溜め込んでいたものが溢れるように。
白瀬さんの前ではどうしても恥ずかしい自分を見せてしまう。
それでもいいと思えるのは、もう彼女が特別な存在だからだろうか。
「白瀬さんありがとう。でももう大丈夫」
そう言うと彼女は抱き締めていた身体をゆっくりと離す。
「うん。私もすっきりした。ありがとね」
白瀬さんは白い歯を見せて自然な笑顔を見せた。
彼女も彼女で溜め込んでいたものがあったんだろう。
「あ、あの……刀也く──」
落ち着いたところで部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「俺がなに?」
「ううん。私見てくるね」
白瀬さんは立ち上がりドアを開けるとそこには小さな少女がいた。
「突然失礼してすみません。 私ここでお手伝いをしている宿主の娘のケーナって言います。あの……お客様お腹空かしてたりしませんか?」
どうやら試作のパンを作りすぎたようで欲しい人がいないか見回っていたらしい。
お代は結構との事だった。
正直助かる。俺たちの資金は真堂から貰ったものだけだ。忘れかけていたが今までと違い生きる為に自ら稼いでいかなければならない。宿代も飯代も冒険にかかるお金も全て。
その為にも明日から頑張らないといけない。
「今日だけで色々あったね」
静寂の中、彼女の小さな声だけが耳に届く。
俺たちは貰ったパンを食べた後明日も早いということで灯りを消し寝床に入った。
「うん」
彼女の話していることが何一つ頭に入ってこない。
なぜなら……同じ一つのベッドで寝ているからだ!
どうしてこうなった──いや理由はわかってる。
魔法を発動してから俺は心ここに在らず状態だった。
だとしても部屋の確認くらいはしとけよ俺……。というか白瀬さんはこれでOKしたってことですよね?
「なんか……緊張する」
白瀬さんは布団の下にある俺の手を握ってきた。
えっと……?
「なんでだろ。刀也くんといると緊張するのに、刀也くんと手握ってると少し安心するかも」
俺は心臓バックバック動いてますけど!?
でも確かに安心感はある。柔らかくて小さな手、指先が冷えているのがわかる。俺の手が比較的暖かいからか白瀬さんは求めるように密着させてくる。これはまずい……。
「そ、それはよかった」
心の声を何とか抑え口にする。
ふとコツンと硬いものが背中に触れた。感触的におそらく彼女の頭だろう。
徐々に外堀を埋めてくる作戦ですかやりますね白瀬さんは序の口かもしれませんが私のレベルではもはやラスボスとの戦闘で後がない所まで来ているくらいにエマージェンシーなんですよ。
駄目だいつもと違う刺激を受け過ぎて頭がおかしくなってる。
「こっち向いて」
白瀬さんは俺の耳元に近い距離で囁く。
やばいやばいやばい。心臓の音が耳まで聞こえてくる。
これは明らかに、あれだよな……?
前は突発的なものだったが今回は違う。現実では恋人はおろか友達ですらまともにできなかったような男だ。その位置にいるやつが階段を何十段も飛ばして余裕なわけが無い。
屋敷で……あんなことをした俺は本当に俺なのか……?
だけど無視するわけにはいかない……よな。
よよよよし! い、いいい行くぞ。
覚悟もままならないまま俺は目を閉じて身体を180度回した。
「ふふっ。暗くて何も見えないね」
「……だね」
はーーーっ!
よし乗り切った。
とりあえず五段くらいは登れたか? 心は置いてけぼりだが。
だけど本当に何も見えない。
「明日から頑張らないとだ」
白瀬さんは握っていた手に力を込めた。
な、なんだ……。明日のことか。
これだから脳内お花畑の未経験ネットヲタクは困る。若干気落ちはしている。いや若干どころではない。
でも、彼女の言う通り明日からダンジョンに潜るんだ。
浮かれていられるのも今だけかもしれない。
しかし、今の俺には──。
「うん。俺も──やっと魔法が使えるようになった」
先ほどまでうるさかった身体は既に落ち着きを取り戻した。
望み続けていたものをやっと手に入れた、その悦びに頭が染まり切っている。
「まだまだ、これからだけど……でも、何かを頑張れるってとこにはきたのかなって」
異世界にはどんな危険が待ち受けているのか分からない。その為にも力が必要だった。
「でも無理はしちゃダメだよ」
白瀬さんは握っていた手を離し、俺の頭の上にそっと手を置いた。
「うん。白瀬さんには迷惑かけるけど何かあったら──」
「全力で助ける」
暗闇で見えないが彼女の声色には温かさが乗っていた。
「じゃあ明日も早いから寝るね」
白瀬さんと再び背中合わせになる。
「うん。おやすみ」
胸が高鳴っている。先ほどのものとは違うまるで冒険を楽しむ彼女のように、これから待つ何かしらに心がワクワクしている。
やっと始まるんだ。俺の異世界生活が。
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