第18話 Eランクパーティー

 俺は逃げるようにギルドを飛び出した。

 周囲の反応が冷たく変わっていくのを目にしたくなかったからだ。

 勢いよく扉を開くとなにか柔らかいものと衝突した。


「きゃっ!」


「わ、わるい」


 目の前には三人の男女がいた。

 ぶつかったのは真ん中にいる大きな胸を持つ茶髪のサイドテール女子だ。

 こういう展開がまさか自分にも訪れるとは思っていなかった。

 ただ、何で今なんだ……。

 今の心の持ちようではさすがに嬉しがることはできない。


「刀也くん!」


 白瀬さんが後を追いかけてくる。

 彼女はいつでも優しい。今回もきっと俺を支えてくれるのだろう。

 だがまだ自分の中で向き合いたい。向き合ってどうすべきかを考えたかった。


「ごめん」


「おい、ちょっと待ってくれ」


 俺がその場から離れようとすると一人の男に腕を掴まれた。


「お前ら昼間レヴと戦ってた奴らだよな?」


「……まぁ」


 赤髪の男は先ほどの冒険者たちのように目を輝かせた。


「やっぱり! 凄かったよな。二属性魔法も凄かったが、最後の黒い炎にはなんというか男の心にグッと来るものがあった。あれは俺が小さかった頃に周りに馬鹿にされながらも己の中に眠る最強魔法を自作していた時のような──」


「フィンきもい」


 茶髪女子は目を細めながら突っ込む。


「きもいってなんだ! 冒険者なら誰でもわかるだろ!」


「いや私にはわかんない」


「はぁ? それでもお前冒険者かよ」


「あんたよりは強い、冒険者ね」


「おーけー、なら早速今から──」


「別に。ぜんぜん凄くないよ」


 今にも喧嘩を始めそうだった二人は俺の一言をきっかけに静かになる。


「いや凄かっただろ」


「俺は……そんな憧れられるようなやつじゃない。結界が解除した後に魔法を放ったんだ。周りの人や施設のことすら考えずに……力を見せつける為だけに俺は──」


「なんでそんなこと気にしてんだ?」


 男はさも当然かのような態度で疑問を投げかける。


「……え?」


「別にいいだろそんなこと」


「そんなことって」


「──そんなの日常茶飯事じゃない」


 茶髪女子も男と同じような態度で言う。


「またえらい優等生が来たものね。冒険者なんて荒くれ者が集う場よ。特にこの辺りはね」


「だからってやっていい事とよくない事はあるだろ」


「確かに悪いことはある。それで、あんたはどうするのよ」


「どうするって……」


「泣いて悲しんで隣の子に慰めてもらって落ち込み続けるの?」


「……いや……そんなこと」


 ないとは言いきれなかった。

 というか初対面でも俺と白瀬さんはそういう関係に見られているのか。


「その程度で一々凹んでたら冒険者なんて務まんないわ。力があるならもっとシャキッとしなさいよ。今のあんたは、あれね」


 そして彼女は思い出したかのように人差し指を立てて言う。


「──ダサい」


 なっ!?

 だ……ダサい……だと。

 人生で一度も言われたことがなかったせいか頭の中で言葉がループする。


「今のお前は──ダサい!」


 男は真似をするように人差し指を立てて大袈裟に言ってきた。ちょっとうざい。


「ちなみにあんたもダサいわよ。あとウザい」


「はぁ?」


「──皆言いすぎです!」


 か細い叫び声が彼らの後ろから聞こえる。

 薄い水色のショートヘアでパッツン前髪をした小柄な少女だった。

 ただ威勢よく出てきた割には恥じらうように顔が赤くなっている。


「ペレッタちゃんもフィンくんも言いすぎだよ。あとフィンくんウザい」


 フィンと呼ばれた男は石像のように固まった。


「すみません……。うちのパーティーがご迷惑をおかけして……」


「いや、別に大丈夫ですよ」


 この三人はパーティーだったのか。

 良かった。真面目そうな人が一人いてくれて。


「そうよ。事実を言っただけだし」


「ペレッタちゃん?」


「シュナ……何よその目は」


「明日の晩ご飯、抜きにするよ?」


「……いや」


 なんだ?


「いやいやいやいや! それだけは!」


「じゃあさっきの事その人に謝って」


 その言葉に続き勢いよくこちらまでやって来ると泣きそうな顔で手を取ってきた。


「ごめん! さっきのは謝るわ」


 どんだけ晩飯食べたいんだこいつ。


「なんでダサいとか言ったの?」


「……そ、それは……」


「な・ん・で?」


 シュナという少女は小柄ながらも圧がすごいようだ。


「かっこよかったから!」


「…………」


 へ?


 数秒間時が止まったかのように沈黙が流れた。


「……あんたの魔法がすごくかっこよくて……でも、今見たらなんか落ち込んでて。かっこいい魔法使うのに何でそんな弱そうなのかなって……思ったのよ」


 恥じらうように髪をいじるペレッタ。


「……ふふ」


「何がおかしいのよ」


「いやごめん。その通りだなと思って」


 ここでは今の俺は彼女のようにダサく見えるのだろう。

 グラッドという男の言い分は分かるし俺だって同じような考えでいた。

 今もさほど変わってはいないし迷惑をかけた相手には相応の何かを返すべきだと思っている。

 ただどう捉え生きていくかはそいつ次第だ。

 落ち込むのもペレッタのように気にしないでもいい。

 俺は今まで悪い事をすれば謝って落ち込むというのが当たり前だと思っていた節がある。

 でもそんなものは何も生み出さない。

 何より白瀬さんが心配してしまう。

 同じ気持ちにさせれば彼女まで傷つけてしまうかもしれない。

 それだけは嫌だ。


「俺ダサいな」


「そうよ。あんたは──」


「気づかせてくれてありがとう。ペレッタ」


「え……」


 何故か彼女は顔を背けたまま動こうとしない。


「もしかして……そういう趣味をお持ちだったり……?」


 シュナは恐る恐るといった様子で俺に質問した。


「そういう趣味?」


「……貶されて喜んでいたように思ったので」


「いやいやいや! そういう意味で言ったんじゃなくて!」


「そ、そうですよね。すみません……」


 危うく変人扱いされる所だった。

 俺は至って変な嗜好は持ち合わせていない。

 だがもう既に彼女に引き気味な視線を向けられている気がする。


「でも安心しました。さっきよりも表情が明るくなって」


 どうやら初対面の相手にもわかるくらい暗い顔をしていたらしい。

 ずっと気遣われていたのかと思うと有難いと感じる反面、恥ずかしさがこみ上げてくる。


「ほんとに……大丈夫?」


 白瀬さんは心配そうに俺の顔を覗き見る。


「うん。ごめんね」


「ううん。刀也くんが平気ならそれが一番だから……」


「……うん」


 そうして俺たちは目を合わせ、徐々に互いの顔が近くなって──いや待て。

 何だこの雰囲気。どうしてこうなった。


「お、おおおお二人はそういうご関係で……!?」


 シュナは興奮気味に問いかける。


「い、いやちが——」


「そうだよ」


 ——そう!?!? またですか!?


 白瀬さんは俺の手を握り赤面している。

 二回目ということはもう間違いなくそういう関係だということで差し支えないですよね……?

 落ち着け。紳士らしく己の本能を抑えるんだ。

 まずは、深呼吸。

 すーっ……。はぁーっ…………だめだ落ち着かん。


「——お熱いところすまない」


「いや熱くないです!」


 俺が突っ込みを入れた先にはロイドがいた。


「あまり落ち込んでなさそうでなによりだよ」


「ま、まぁ……」


 突然の訪問により抑えたかった動悸が静まりつつある。助かった。

 ロイドは静かに笑うと寂しそうな顔をうかべた。


「ギルドのごたつきに付き合わせて申し訳ない」


「いやいや。今回は俺が引き起こしたことだから……」


「…………グラッドはああ見えて情に厚い男なんだ」


 情に厚いかは知らないがあいつは間違ったことは言ってないと思う。


「実は過去に同じように期待されて……惜しくもいなくなってしまったのが何人かいたんだ」


「……」


「だからか同じようになってほしくないんじゃないかな。迷惑な話だよね」


「……いや」


 実際の所どうなのかは分からない。

 でも竹田のように嫌味を言っているふうには聞こえなかったのは確かだった。


「ただ中々そうも言ってられないんだけど」


「?」


「最近魔獣が増えてきててね。……正直トウヤやユウキみたいな優秀な冒険者たちがいなくなると、面倒な仕事が増えちゃうんだよね〜。あははは……」


 なるほど。

 つまり俺達にも冒険者として面倒な仕事の協力をしてほしいということか。


「でも僕が良くしてるのはそういうことじゃないよ!? 単純に友人として仲良くしたいだけだからっ」


 ロイドは慌てふためいている。

 いつの間に友人になったんだろうか。嬉しいけど。


「無理にとは言ってないし何をするにしてもトウヤたちの自由でそれで——」


「俺たちも冒険者としてここまで来たんだ。だから協力とかはできるかはわからないけど——」


「よろしくっ!」


 ロイドは目を光らせて俺の手を取った。

 あの……期待しないでくださいねほんとに。

 俺魔法とか一切使えないので。


「協力とか気にしないでいいから。これから一緒に頑張ろうね」


 彼は嬉しそうにギルドの中へ戻って行った。

 あの様子を見ると協力してほしいというよりも本当に俺たちと仲良くしたいだけのようだ。

 これが異世界版陽キャの風格ですか。

 今みたいに言われたらどんな仕事でも受けてしまうな。

 でも、せめてネリアさんやギルドに迷惑をかけてしまったぶんは頑張ろう。


「——というわけでトウヤ、俺たちのパーティーに参加してくれないか?」


 何がというわけなんだ。

 そして当然のように名前呼びをしないでほしい。なんかドキッとするから。

 というかパーティーって言ったか?


「いや私たちのレベルに合わないでしょ」


 ペレッタは冷静に突っ込みを入れる。


「そこをなんとか!」


 フィンはまるでプロポーズをするみたいに90度頭を下げ片手を差し出してきた。


「全然いい……けど。寧ろ迷惑かけると思う」


「なんで?」


「その……俺魔法使えないから」


「「は?」」


 ペレッタとフィンの波長が合う。


「またまた〜」


「あんな魔法使っておいてそんなわけないでしょ」


「……」


 残念ながらそんなわけがあるんだ。この世の中には。


「……え」


 ペレッタの目から段々と色が消えていくのがわかる。


「いや嘘に決まってる! 俺たちから逃げる為の口実だ!」


「フィンくん! 迷惑かけないでって言ったよね?」


「お願いします晩ご飯だけは!」


 お前も晩ご飯優先かよ。

 どれほどのご馳走が並べてあるのか寧ろ気になってきたぞ。


「ねえ、ほんとに?」


 ペレッタはまだ信じられないといった様子で迫ってくる。


「試しにやってみてよ」


 こうなれば仕方ない、か。

 ただ彼らも理解はしてくれるだろう。

 少し胸が痛むが数分の沈黙を許してくれ。


「……はい。出ない」


「いや、普通に出てるけど」


 いや何を言って。




 …………………………………………。



 は?



 俺の手のひらの上で、小さな火の球が揺らめいていた。


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