第17話 得られた光と傷
***
「……ここは……」
気づいたら見覚えのある場所にいた。
家から15分ほど歩いた所にあるコンビニ。
その少し手前にある公園の近くを、歩いている俺がいた。
「……俺は……死んだのか……?」
遠くから自分を見つめる、まるで幽体離脱しているかのように。
こちらに向かい歩き始める俺を見て急いで隠れる。確か同一人物に会うと死ぬという話があった。
となると……俺は悪霊にでもなったのだろうか?
最悪な転生後の姿に肩を落としていると女の子の叫び声が聞こえた。
「……何か…………聞き覚えが……」
小さな女の子は公園を慌てて飛び出す。
気になって追いかけると、そこには俺と、道路にいる子犬の姿があった。
女の子は急いで助けようと道路に出る……が既に子犬は奥の歩道にいた。
──やばい。
そう思った瞬間、一つの身体がトラックに吹き飛ばされた。
「…………は…………?」
俺だった。
小さな女の子を助けようとして俺は死んだのだ。
現実世界で。
「……そうだ。俺はこれで……」
──異世界に転生したんだ。
…….。
………………ん。
…………ゃくん………………とうやくん!
『倉道刀也くん』
***
「はっ!」
脳に直接送られたかのような声で目が覚めた。
「……よかっ……よかった……っ!」
白瀬さんは数分間俺を抱きしめたまま思いのままに泣いていた。
そう……か。俺はまだ生きてる、のか。
「私と結紀さんで懸命に治癒魔法をかけたんですよ〜感謝してくださいねっ」
「……本当にすみません。……ありがとうございます」
戦闘で受けた傷は何事も無かったように癒えていた。
話を聞くとどうやらここはギルドの中の一室ということだった。
どうにも癒えない負傷者たちを優秀な治療魔法が使える者が診る所のようで、俺は白瀬さんと受付嬢のネリアさんに看病されていたようだ。
突然、頬を掴まれぐいっと顔を回される。
白瀬さんは俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「もう……絶対あんなことしちゃだめだからね!」
俺は別にレヴに重症を負わされたわけでない。
自分自身で倉道刀也という存在を傷つけたんだ。力を誇示しようと、舐められたままではいけないと。
誰かを助けるわけでも守る為でもない。ただただエゴの追求の為に。
馬鹿だ。馬鹿野郎以外の何者でもない。
「ごめん。本当に……ごめん。……もうしない」
「よし! 反省会終わり」
「……」
「もう終わったんだからそんなテンションだめ」
「だめって……」
「そうだよ。確かにあの魔法はよくない。でもね」
そう言って彼女は先ほどまでの暗い顔とは真逆の表情を見せた。
「あんな凄い魔法初めて見た。それを刀也くんが出したんだよ。 もっと喜んでなきゃだめ」
「……」
そう……あの時 、初めて魔法と呼んでいいようなものを出した。
本来の魔法の使い方では無いのはもちろんわかっている。
どんな入り方でもいい。自分や白瀬さんを守れるような魔法、それを知れただけでも未来を信じて歩いていけるはずだ。
「刀也くんはまだまだたくさんできることあるよ。きっと一人でも……」
「え?」
彼女の顔には少しの陰りがあった。
「ううん、何でも──」
「白瀬さんがいるから頑張れるんだよ。だからまだ時間はかかるかもだけど……そばにいてほしい」
白瀬さんがいなければ今日まで頑張れてはいない。
彼女は今日の俺の魔法を見て圧倒されたのかもしれないが、あれは悪い意味でのチートのようなもので使うべきではないし俺の実力じゃない。
恥ずかしいけどそばに居てくれなくては困る。
「うん。私も……力になるね」
白瀬さんは納得したように微笑む。
そうして俺たちは再び熱い抱擁を──。
「……あのー、私もいるんですが……」
そうして俺たち三人は顔を熱くさせるのだった。
なんでネリアさんまで照れているんだろうか。こういう時こそネタに走ったり茶化してほしかったんですが……。
微妙な間を繋ぐようにネリアさんが話し始める。
「……実は倉道さんに一つお話したいことがありまして」
「なんですか?」
「……その……魔法の……」
「適性が無かったとか?」
「え……。どうして……?」
「そんな言いづらそうにしてたら分かりますよ」
「その……適性がなくても色々できることは──」
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です」
レヴとの決闘の時点で凡そ俺に魔法適性がないことはわかっていた。
「適性がなくても頑張れるってこと、見せてやりますよ」
落ち込んでいる暇はない。
周りと同じような正規ルートでの成長はおそらく無理だ。
あらゆる可能性を探し出して検証しろ。
大丈夫。自分がこの世界において無力だということはもう知っている。
身体の痛みも消えネリアさんに感謝を述べてからその部屋を出た。
どうやら二階の部屋にいたようで、階下には冒険者たちが集まっていた。
気付かれるのは面倒なので静かに降りていくが、それは全く意味を成さなかった。
「おう。お前さんだな。レヴに挑んだやつはぁ」
小太りの中年くらいの冒険者だ。酒を飲んでいるからかすごい臭う。
明らかに歯止めがきかなさそうだが……仕方ない。
何をどう言われても覚悟は──。
「すっげえじゃねえかよう。あんなどでけえ禍々しい魔法見たことねえ」
予想だにしない反応で面食らった。
その声が届いたのか周囲の冒険者たちもぞろぞろとこちらに気付く。
瞬間的に身構えるが彼らもまた予想していた反応ではなかった。
「おい。お前あいつの魔法耐えきれるか?」
「いや無理無理。レヴが鎌使うほどだぞ。あんなやべえ魔法見たことねえ」
「最初は下らねえやつと思ってたが温存してたとはな。まあ気づいてたが」
「嘘つけよ」
……なんだ……これ。
屋敷にいた時やレヴと戦っていた時の周りの目ではない。
好意的な視線。
拍手をするもの、口笛を吹くもの、俺たちの話題で言い争いになっているものなど全部が温かいものだった。
「よかったね」
白瀬さんが優しく微笑む。
「……うん」
恐らく彼らは禁忌の魔法について知らないのだろう。勘違いもされている。
決して俺だけの力でできたことではない。
……でも。
嬉しい。
自分の起こしたことが彼らの今の笑顔に繋がっている。受け入れてもらえている。
いつぶりだろうか。こんな心が満たされていくような気分を感じたのは。
白瀬さんが隣にいるときとはまた違う温かさ。
今は、この温かさだけを感じていたい。
「おう、姉ちゃんも凄かったな。うちのパーティ実は空きがいてなぁ。うちに入ってくれねえか?」
唐突すぎるだろ。
これはいわゆる異世界版のナンパってやつだろうか?
しかしパーティ、か。ここはギルドだもんな。
俺もいつかパーティを作って仲間を持ったりするのだろうか。
「え……。いや私は……」
「足でまといにはなんねえ。姉ちゃんここ来るの初めてだろ? 俺たちがダンジョンのいろはってもんをなぁ、教えてやるよ」
「でも……」
白瀬さんが俺の服の裾を掴む。褒めてくれたのは有難いし嬉しかった。
だがそれとこれとは全く別の話だ。
「それでも足りないってんならぁ……俺たちがいつでも相手になってやるぞぉ。へへっ」
「お前ふざっ──」
「やめなよ」
さすがに見過ごせず言葉をぶつけようとしたが、前方から何者かの声がした。
「っ……。めんどいやつが」
「バッカス。彼らが嫌がってるだろ」
声の主は俺より少し背の低い男の子だった。
こっちの世界で言うと中学生……くらいだろうか。
「あぁ? どこの誰が嫌がってるってんだぁ?」
「見ればわかるだろ。……この男が迷惑かけたようですまないね」
「い、いやそんな。君が謝るようなことじゃないよ」
やけにしっかりしてる中学生だな。俺より賢いかもしれん。
というかこんな若くても冒険者になれるんだな。
「君たちは恋人なんだろ?」
「……へ?」
「……うん、私たちは……付き合ってる」
……はい?
白瀬さん?
つつつつ──付き合ってる!?
俺と白瀬さんが!?
嘘…………だよな?
しかし白瀬さんは紅潮させて俺に目を合わせようとしない。
……え……?
俺が思ってなかっただけで、実際はそういう関係になっていたのか?
まじで……?
「んだよ。……まあお前さんが相手ならしゃぁねえなぁ。くっそぉ……」
バッカスという男は酒樽を浴びるように飲みながら離れていった。
「あの男も悪いやつじゃないんだけどね。酒癖は悪いんだけど」
「いや来てくれて助かったよ。ほんと」
「そういえば自己紹介してなかった。僕はロイド。一応C級として活動してる冒険者だよ」
「そ、そっか」
C級か。
どれくらいの強さなんだろうか。そこそこ戦えそうな雰囲気ではあるが。
中学生から中年のおじさんまでとは、冒険者業界受け皿が広すぎるぞ。
「俺は倉道刀也。で、隣の子は白瀬結紀。俺たちはまだF級だけどよろしくね」
そうして俺は子供ウケの良さそうな顔をしながら手を差し出す。
「……何か勘違いしてる? 一応僕は成人してるよ」
「……え」
「とはいっても二十歳だからまだまだだけどね」
まさかの年上。
「す、すみません……勘違いを」
「ふふっ。いいよぜんぜん。皆よく間違えるし。あと敬語もなくていいからね。……にしても」
ロイドは手を合わせ子供のように輝いた目を向けてくる。
「トウヤとユウキ本当に強かったよ! それでまだ冒険者始めたばっかりなんだよね?」
「ま、まぁ」
名前呼び……。距離の詰め方が凄まじいな。
白瀬さんと家族以外に初めて呼ばれたけど、なんかむず痒い。もちろん嬉しくはあるんだけど。
「これからどんどん強くなって、もっと活躍していくんだろうなぁ」
これが羨望の眼差しというやつか。悪くない気分だ。
でもC級冒険者にここまで言わせるとは……。俺はともかく白瀬さんって本当に凄いんだな。
「それこそ──英雄のように」
ロイドは遠くを見つめるように呟いた。
英雄、か。この世界にもそういう讃えられるような存在がいるんだな。
「──ロイド!」
突如和やかな空間を壊すような声が遠くから響く。
一斉に冒険者たちの声が聞こえなくなった。
「お前そいつの肩持ってんじゃねえぞ」
「……グラッド」
ロイドは険しい顔を浮かべた。
「そこの女じゃなく、レヴに戦いを申し込んだお前」
大柄な男は俺を指さし鋭い目つきで言葉を吐き出す。
「何を浮かれてやがる。 自分で何をしたのか分かってないのか?」
「何って……」
「あの時レヴがいなかったらお前の魔法は誰が止めた」
あの時レヴがいなかったら……?
「あの時はレヴがいたからトウヤも打ったん──」
「お前には聞いてねえよ」
……そうだ。
なんで俺は今まで気づいていなかった。
「レヴがいたから魔法を使った。そうだろうな。だが、
自分のことしか頭になかった。
「それが相手を油断させる作戦だとしてもだ。お前は街を、人を傷つけたら責任を負えたのか?」
俺は、無関係な街を人々を危険にさらしたのだ。
許されるような行為ではない。
「それとも何か、俺たちに恨みがあるのか?」
「そんなこと……」
嘘だ。
俺はあの時周りを見下して何がなんでも認めさせてやろうと思っていた。
「まあいい。被害はレヴのおかげで何ともなかった。だが」
そうしてグラッドは席を立ち上がり言い放つ。
「俺はお前を冒険者とは認めない」
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