第16話 死神レヴ

「いつでもいいよ」


 Aランク冒険者との対戦で俺たちはギルドの外へ出た。

 周囲は冒険者たちの野次馬で溢れている。

 というかまさかこんな出たすぐの所で戦うのか?

 周りには他の建物や通行人だっているのに。


「ここには何も入れないし出れもしない」


 レヴが人差し指を立てると周囲にドーム状の壁が可視化された。

 なるほど、それなら思う存分やれる。


「つまり君たちを生かすも殺すも私の自由ってこと」


 自分の首を手で横に切るような動きを見せる。

 この人本当に死神だったりします?


「刀也くん」


 白瀬さんがすぐ隣に立ち俺の右手をそっと握ってきた。


 ……えっと?


 いや白瀬さん今はそんな──。


「頑張ろうね」


 彼女は真剣な目つきで真っ直ぐ前を見ていた。

 何を浮かれているのか。

 俺の目的の為に一緒になって戦ってくれてついてきてくれて、俺の可能性を誰よりも一番に信じてくれている。

 俺はそれに応えなければならないはずだ。


「じゃあ先にいくね」


 彼女は握っていた手をそっと離しゆっくりと前に歩み出る。


「頑張って」


「その言葉だけで──なんでもできそう!」


 彼女は一瞬で加速しレヴの所まで駆ける。

 走りながら赤く光る剣を魔法で生み出す。

 その刃が届くギリギリの所で、相手の首を払うように横に斬りつけた。

 鋭い斬撃音と共に爆音が響き、剣を炎が纏う。

 だが斬られたように見えたレヴは、するりと宙を舞い白瀬さんの背後に回った。


「いい切り込み方だけどまだまだ」


 白瀬さんは横に向いた体を元に戻す勢いで回転する。

 火の粉を撒き散らしながら剣を地面に突き刺し、その力を利用し跳躍した。


「はぁあああーーっ!」


「素手で私に──」


 しかし振り上げた両手からは青い剣が即座に生成される。

 レヴの体目掛けて縦に一刀両断。

 激しい波が襲うような音で彼女は切り裂かれた、かと思ったがすんでのところで横に躱される。

 誰もが惜しいと思った瞬間──。


「そこだぁああ!」


 隣にいた無色透明の何かが二つの剣でレヴの元へ襲いかかる。

 しかしレヴの体にその刃は届かなかった。


「…………」


 白瀬さんが生み出した無色透明の自身の水分身。

 そこから生み出された両手剣の火と水の属性魔法は体に触れる直前で消失した。


 何があったんだ……?


「危なかった。君中々やるね」


 戦闘で巻き起こった土煙を落とすようにパシパシと服を払うレヴ。


「でもそれじゃ私には勝てない」


 明らかに優勢だったように見えた。

 レヴが何かしたようには見えなかったが。

 周りもどうしたのかと戸惑う様子だ。


「で、でも……レヴの相手の女の子も中々やるじゃん。可愛いし」


「そうだよな。だって二属性魔法持ちだぞ。初めて見たよ。あんな可愛い子」


「その上早くて威力の高い想像発動。Bランク以上か? 見た目も」


「だがやっぱレヴには敵わんか……力は」


 周囲はざわつき出した。

 まだ始まったばかりだが歓声や拍手で溢れている。

 おいお前ら強さ褒めてるようで見た目褒めてるだろふざけるな! 可愛いけど。


「面白い魔法使うね。それ」


「え?」


「こんな感じか」


「!!」


 すると白瀬さんと同じようにレヴは自身の分身体を生み出した。なんか黒いけど。


「それじゃ君の相手はこれね」


 レヴは白瀬さんからこちらの方向に視線を向けた。


「ちょっとまっ──」


「──お待たせ」


 先ほどまで遠目で見ていたレヴが突如目の前に現れる。


「なっ」


「何で君から話しかけたのにぼーっと見てるだけなの?」


 そうだ。

 俺はずっと見ていただけだ。

 立ち入ってはいけない、彼女たちがまるで別世界のいるかのように俺は……。

 今の実力で白瀬さんやレヴに敵うはずがない。そんなことは最初からわかっていたのに。

 一緒に頑張ろうって言った白瀬さんの言葉を無視して。

 ──俺は何やってんだよ。


「やっぱりやめとく?」


 傍観者である意識を捨てろ。

 これはレヴに勝つための戦いじゃない。

 俺がこれから生きるための戦いだ。

 加護を知るために、俺の可能性を探る為に無様でも何でも抗うしかないだろ。


「やるに決まってる」


 さっきまで向こう側にいた冒険者たちはぞろぞろと俺の近くまで来ていた。


 ──やりづれえぇ……。


 白瀬さんが大活躍したからだろう。期待の眼差しが向けられている。


「じゃあいつでもどうぞ」


 にこっと微笑みその場で彼女は動こうとしない。

 周囲の冒険者は皆俺の一挙手一投を逃そうとしない。

 だけどそんなことは関係ない。

 俺が今やれることをやるだけだ。

 まずはいつものように両手を突き出し、イメージ──想像発動で水属性の球体を想像する。


「…………」


 何も変化はない。

 通常通りでもはや清々しいくらいだ。

 案の定周囲は不安げな声を漏らしている。

 寧ろそういう目で見られていた方がやりやすいまであるな。

 お楽しみはこれからだ。


「えっと……確かこの辺に」


 俺はズボンの後ろポケットに入れていた四つ折りの紙切れを取り出す。

 そこには四属性の基本魔法の詠唱が書かれてある。

 図書館にいた時に覚えやすいようにメモにしていたのだ。


「それ何?」


 突然左耳辺りに声がした。

 レヴは音もなく背後に瞬間移動していた。


「──っ!」


 咄嗟に距離を置く、がさっきまで持っていたメモが消えていた。


「へぇ。勉強熱心だね」


 レヴはいつの間にか俺からメモを奪い取っていた。


「か、かえ──」


「いらない」


 手元に最初からあったかのようにメモが俺の手に握られていた。


「私も舐められたものだなぁ」


 ……何だ……これ……?


 世界が突如ぐにゃりと歪む。

 地震……か?

 しかし周りの冒険者たちを見ても特におかしな様子はない。

 攻撃を受けたわけでも自分の身体がおかしくなったという感覚もさして感じられない。

 この空間だけに発生している事象なのか……?


「そんな魔法さえできない人に……」


 目の前の彼女はゆっくりとこちらに歩み始める。

 違う、地震ではない。


 彼女の強烈なプレッシャーに俺の身体が畏怖しているんだ。


「教えられるものなんてないから」


 一瞬視界から消えたかと思うとすぐ目の前まで来ていた。

 腹部全体に衝撃が走る。


「う゛っ!」


 身体に穴が開いたのかと思うほど何が起きたのかわからない。

 時が巻き戻されるかのように、見えていた景色が高速で遠くなっていく。

 俺はレヴの拳を腹で受けて宙を飛んでいるんだ。

 勢いを制御できない、このままでは──。


 しかし、身体はポンっと柔らかいものとぶつかりつき返された。

 後ろを振り返るとレヴが展開した魔法の壁があった。


「その壁は衝撃を吸収するから安心だね」


 またしても目の前にレヴが現れる。

 先ほど受けた衝撃が後になって甦る。

 拳の痛みがものを考えられないほど頭を埋め尽くす。


「ほら、大好きな魔法使わないの?」


 痛い、逃げたい、やめたい、身体中が熱い。

 お腹が焼けているようだ。

 …………でも。


 ──やるしかない。


「奔流する大地よ。我が紅き血を認め、生ける炎となりて我が元に凝縮せよ! 火球ファイアーボール!」


「………………」


 何で発動しないんだ……?


 右手に握りしめていたメモを再度確認する。

 間違いない。火球の詠唱はこれで合っている。

 図書館でも何度も確認したから覚えている。

 詠唱発動はその詠唱さえ言葉にすれば発動する魔法のはずだ。

 しかも火球は火属性魔法の中で最も発動させやすい魔法の一つ。

 いくら俺の魔力が低くても適性がなくても発動しないはずが──。


「君、面白いね」


 レヴは観察するように俺と距離を置く。

 もう一度だ。

 確か詠唱系の本ではイメージがあればなお発動率は高まると書いてあった。

 大地、そして俺に流れる血液を想像しつつ、それらを一つの火の球に結集させるようなイメージを……。


「……奔流する大地よ。我が紅き血を認め、生ける炎となりて我が元に凝縮せよ! 火球ファイアーボール!」


「………………」


 静まり返っていた野次馬冒険者たちの笑い声が聞こえてくる。


「あいつ何なんだ?」


「一回ならまだしも二回詠唱しても何も起きないのは本物だな」


「あんな魔力ねえやつ初めて見たぞ! 逆におもしれえ」


「雑魚すぎだろ。何でレヴと戦おうとしたんだか」


 四方八方からこちらに向けた笑い声や、罵倒の声が聞こえてくる。

 最悪な光景も予想はしていた。

 だけど実際目の当たりにすると心が持たない。


「もうやめる?」


「……まだ……まだだ」


 このままで諦められるはずがない。

 それから火だけでなく水、雷、風と全ての基本魔法の詠唱を試みた。


 何度も何度も…………。


 だがいくら声に出そうともイメージしても、魔法が発動することはなかった。

 笑い声はいつの間にやら消え去り、ギャラリーも次第と数を減らしていた。


「あいつ諦め悪すぎだろ」


「レヴもよくあんな奴と付き合ってられるよな。さっさとやっちまえばいいのに」


「まあ弱い者いじめになるからな。やりづらいんじゃねえの?」


 想像発動も詠唱発動も俺には出来ないのか……?

 じゃあ俺は一体どうすればいいんだよ。

 ただの無力な一般人のままでいろって……?


 ──もうやめる?


 やめたらどうなる。

 そうだ、白瀬さんがいるじゃないか。

 あの時も誓っただろ。

 力がなくても与えられるものはある。


「私が本物の魔法見せてあげる」


 は? 本物?


「奔流する大地よ。我が紅き血を認め、生ける炎となりて我が元に凝縮せよ。火球」


 目の前を燃え盛る火の球が覆う。


「……は」


 一瞬にして熱さと強烈な痛みが身体を支配する。

 しかしそれは何事もなかったかのように消えた。

 本来であれば悶え苦しむはずのものがやってこない状態に違和感を覚える。

 時を巻き戻したかのようなそれはレヴによる治癒魔法だった。


「……何で……?」


「君に魔法は向いていない」


 そう言って周囲の魔法でできた壁が取り払われた。


 力の差を見せつけられた。

 魔法とはこういうものである、と。

 俺は魔法士としてやっていくべきではない、と。

 そうだよ。こんな無理してやっていく必要が……。


 ──本当に必要ないのか?


 いくらAランクといえど下級魔法の火球であの威力。

 冒険者じゃなくて一般市民や子どもですら使えるレベルだ。

 今のままで白瀬さん、いや自分自身を守れるわけがない。


 ──苦しい。


 欲しいのに手に入れられない。

 …………力…………。


 力…………力……チカラ、力!  力ッ!!



 ──そうだ、まだあるじゃないか。



「加護」


「ん?」


「加護を俺に教えてくれ」


「君のような人に教える必要はない。それに──」


 彼女は冷たく言い放つ。


「今の君では絶対加護を手に入れることはできない」


 レヴは見限るように俺に背を見せて離れていった。


「……そうか、わかったよ」


 加護持ちが言うのだからそうなのかもしれない。

 でももういい。

 どうなろうとも。

 ただ一つだけ。


 馬鹿と見下す奴らに、相手に、自分自身に一泡吹かせたい。


 屋敷にいた時に見つけた一つの黒い本。

 そこに赤黒く書かれてあった魔法。

 その時は詠唱付きの魔法を知らなかったからよく覚えていた。


「──愚かなる魂に罪を与え、真なる怒りは黒き業火を宿す」


 己自身の生命力を魔力と交換し、真なる魂の炎となって現れる。


「滅せよ──」


 誰もが使えて、誰もが使わない最恐の禁忌魔法。


地獄炎魂カタストロフ・フレア


 俺の手から青黒い小さな火が放たれた。

 上下左右に荒ぶりながらゆっくりと前に進む。

 次第にそれは速く大きくなり、数十人を飲み込むほど巨大な炎に変わった。

 巨大な炎は大きな建物一つすら凌駕するほどの大きさである。

 ただ俺には心配する余裕も体力も失われていた。

 急激に視界が朧気になる。


 しかし、突如として巨大な黒い炎が消失した。


 あれは…………鎌だ。

 鎌が断ち切ったんだ。


 でも──心地いい。


「つまらない」


 目の前で視界を覆う彼女は冷たい眼差しでそう言った。

 暗闇が俺を覆い尽くす。


 ──魔法が使えてよかった。


 それだけが心に刻まれたまま、俺は意識を失った。

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