第14話 図書館の少女ティア

「何……してるの……?」


 突然声がしたせいか彼女は勢いよく頭を俺のデコに直撃させた。


「いッ!」


 人生で初めての頭突きだった。

 背中の鈍い痛みと前頭部の鋭い痛みでの波状攻撃。

 しかしそんなことを気にしている余裕はない。


「……何……してたの?」


 声の主はゆっくりとこちらに近づく。

 頭を抑えながら上を見れば、白瀬さんが光を失った瞳で見下ろしていた。


「い、いや! あれにはわけがあって」


「わけ? わけがあったらあんなことになるの?」


「そうなんだ! たまたまああなって……」


 本当に奇跡の偶然が重なっただけなんです……。


「…………したの」


「え?」


「…………ちゅーしたの…………?」


「してないしてない!」


 そんなことできるはずがない。

 こんな若輩者で肝っ玉もない男に。

 そもそも白瀬さんという存在がありながらそんな事には……ならない、うん。ならないです。


「……ほんとに?」


「ほんとに!」


「私はしようと思っていたけど」


「「は?」」


 突然何を言い出すんだこの子は。

 状況がややこしくなるから変なことは言わないでほしい。

 というか全く頭痛がってないな。石頭なのか?


「助けてくれた人には礼儀を尽くせと習ったの」


「「いやいやいや!」」


 大丈夫かこの子……。

 でもおかげで助かったかもしれない。

 相手が被害者のように振る舞えば俺は社会的に終わっていた。

 この子の将来が若干心配ではあるが。


「……刀也くんもそうなの?」


「はい?」


「刀也くんもしようと思ってたんじゃないの?」


「いやいやいや! そんなわけ!」


「嘘」


「ほんとだって!」


 ただあのまま誰も来なければどうなっていたかは分からない。

 もちろんしようとは思ってないですけどね!


「だってこんなに可愛いんだよ!」


 白瀬さんはビシッと彼女を指さす。


「ま、まあ確かに」


 可愛いものは可愛い。

 それだけは事実であり可愛くないなどとツンデレキッズみたいなことは言わない主義だ。相手にも失礼だし。


「ふーーーん?」


「だから違うって!」


「――館内ではお静かに、と言いましたよね?」


 振り返るとそこにはさっきの司書がいた。

 今度は両手に持っている本が勢いよくパラパラとめくれている。

 空気が凍りついたかのように俺たちの動きは止まった。


「「……すみません……」」



***



 有無を言わせないような圧に屈し、三人は静かに長机に座った。

 三十秒ほど俺たちの周りを巡回するとようやく納得したのか一階へと降りていった。もう次はないだろう。


「ところで、私に何か用なのか?」


「あ、あぁ。その詠唱の本を探してて」


「これか。……っていつの間にこんなに溜まってたんだ?」


 持ってきた本人が首を傾げている。

 もしや天然ちゃんか?


「それで何属性が欲しいんだ?」


 属性……。

 そうか、詠唱は属性ごとに分かれているのか。


「初心者でも使える魔法書ならなんでもいいんだけど」


「お前、まさか自分の適性が分からないのか?」


「適性?」


 確か屋敷で公爵に見てもらった時もそんな話があったな。

 あの時は向き不向き程度に思っていたけど。


「そう。誰でも必ず一属性は適性があるんだ。まあ適性がなくても他属性の魔法も使えるけどな」


「適性の属性だったら何か変わったりするのか?」


「そりゃ色々あるぞ。まずすぐに使えたりする」


 大雑把だな……。


「消費魔力も少なくできるし効果も大きい。でも一番なのは強力な魔法が使えるところだな」


「強力な魔法?」


「適正がない属性魔法は少ししか使えないけど、適性属性なら頑張れば上位の魔法も使えたりするんだ」


 なるほど。

 適性が無いとその属性の上位魔法が使えなかったりするわけか。


「……何となくわかるかも」


 白瀬さんは考え込むように口を開いた。


「私も色々な属性試してみたけど水が一番使いやすいんだよね」


 白瀬さんの水属性魔法は最初から芸術作品のように凄みがあった。

 おそらく適性属性なのだろう。


「ちなみに俺の適性って分かったりする?」


「うーん。私には分からない」


「そっか……」


 俺が今まで生み出そうとしていた属性は火と水だ。

 俺の適性はそれ以外なのかもしれない。

 それだけでも十分ここへ来た甲斐がある。


「ただギルドなら分かると思うぞ」


「ギルド?」


「冒険者ギルド。そういえばお前らは冒険者じゃないのか?」


「ううん。私たちは勇者だ…………よ」


「…………」


 おいおいおいおい!

 普通に言っちゃったよ!

 白瀬さんは身体をぷるぷると震わせ冷や汗をかいたようにこちらを向く。

 どうする。

 いくら相手が善人だろうと彼女が周りに言い振らせば関係ない。

 冒険者の町全体で俺たちがターゲットにされあの焼き鳥のように串刺しにされて焼かれてもおかしくない。

 今からでも何か突っ込んだりお茶を濁すような言い方で――


「……勇者……?」


 目の前の彼女は何故か目を丸くしてぱちぱちさせていた。


「本当に勇者なのか?」


「え……いや……」


「やはりそうだと思ったんだ!」


「…………え?」


「何か普通の魔力と違う気がしていたんだ。勇者ということなら納得納得」


 彼女はうんうんと顔を縦に振る。


「そういえば自己紹介がまだだった。私はティア。勇者と出会えて嬉しいよっ」


 ティアと名乗る女の子は嬉しそうに手を差し伸べた。

 この反応なら、ひとまずは大丈夫そうだ。


「お、おう。それはよかった……ってあれ」


 ティアは俺とではなく白瀬さんと手を握り合っていた。

 ま、まぁそうですよねぇ。分かってました分かってました……。


「私は白瀬結紀。よろしくね。で、隣の人が倉道刀也くん。私と同じ勇者だよ」


「え?」


 え? ってなにかな?

 俺は白瀬さんの護衛でも付き人でもないんですよ。

 というか何気に白瀬さんさっきの事あったのに親しげなんだな。

 まあ悪いやつではなさそうだけど。教育に不穏さを感じるだけで。


「俺も一応勇者だから、よろしく」


「なんか違う」


 思ったことをそのまま口に出すのはよくないよティアちゃん。


「あと言っとくけど、俺たちが勇者だっていうのは誰にも言うなよ」


「なんで?」


「何でもだ。勇者がいるってなると変に目立つし誰かに狙われるかもしれないだろ」


 ティアは納得していないといった様子だ。

 この世界で勇者がどういうふうに思われてるかは知らないが、特に困っていることもないので言わない得だろう。


「とにかく困るから言わないでほしい」


「まぁ分かった。言ってほしくないなら言わない」


「そうしてくれると助かる」


「その代わり、私とも……仲良くしてほしい、です」


 さっきまで堂々としていた彼女は恥じらいながら手を向ける。

 その代わりってなんだよ、別に交換条件じゃないんだから。

 でもまあこのまま別れてそれで終わりって関係は悲しい。

 それに、そんなふうに可愛くお願いしてくるのはずるいと思うんだ。


「……お、おう。よろしく………………あれ」


 またしても白瀬さんと手を握り交している。

 いやさっきまで俺の前にいたよね!?

 男の子は異世界でも世知辛いようです……。



 ***



 詠唱の本を数時間ほど読んで過ごした後、双方用事があるということで別れた。

 ティアは詠唱を覚えるという用事らしいが。

 俺は全属性の基本的な詠唱が載ってある本を借りた。

 属性の中でも火と水はクロノさんの教え通り基本属性のようで適性がなくとも下位魔法は使いやすいとのことだった。

 それでも俺にはまともに扱えなかった。

 勇者という立場だから期待されていたのだろう。

 でも正しい手順を踏むことさえできれば俺にだって出来る方法がある。

 その為の知識は手に入れた。

 後は、試すだけだ。


 そして今、俺と白瀬さんは一つの扉を開けようとしている。


「じゃあ、いこっか」


「うん」


 冒険の始まりを飾るに相応しい場所――冒険者ギルドに足を踏み入れた。


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