第13話 冒険者の街
冒険者の街フェルロッドに着いた。
真っ先に目に飛び込んできたのは景観の良さだった。
寂れた少しマシなスラム街のような所をイメージしていたが全く違う。
西洋風の綺麗な建物群、整備された石畳の道、見栄えを意識したように街の中央や端に並ぶ木々や花壇の数々。
普段引きこもりのインドアな俺ですら散歩でもしたくなるほど空気が心地良い。
「ねえ、これからどうする?」
白瀬さんの瞳に星が光っている。
同様に浮かれているようだ。
「そうだな。まずは……」
***
「なんでここなの……」
白瀬さんの瞳に明らかな陰りがある。
俺たちは図書館に来ていた。
「お昼も食べたし次はここでしょ!」
来る前に軽く露店で腹ごしらえをした。
焼き鳥のような串付きで、柔らかく肉汁を多分に含んでいてボリューミーだった。
「図書館なんていつでも行けるじゃん……」
「この地に足を踏み入れた時呼ばれた気がしたんだ。一際高くそびえ立つこの建物に……。何かがきっと待っている。俺たちの今後を左右する何かが!!」
なぜ俺がここまでハイテンションなのか。
それは図書館に来ているからである。
一人ぼっちでいる人間なら分かるだろう。
情報がいかに大事であるかということに。
かつては人伝いでしか情報を入手できなかった時代もあった。
だが本ができてからは違う。
一人でも、いや、寧ろ一人の時にこそ本を読み、先人たちの知恵を受け継ぐことができる。
それはまさしく今大きな問題を抱えている俺にとって最大の転換点に――
「ごめん。よくわからないや」
「そう。俺もまだ分からないよ。でもここからきっと変わる。俺達の冒険が今ここから始まろうと――」
「――館内ではお静かにお願いしますね」
背後から見下ろすように司書らしき男性が笑みを浮かべていた。
恐らく心の中ではドス黒いものが渦巻いている。
何故か右手に持っていた本がパラパラと勢いよくめくれている。
――まさか違反者には罰で制裁を!?
「す、すみません……」
「何かお困りですか?」
そう言うと男はぱたっと本を閉じ眼鏡をくいっとかけ直した。
どうやら制裁はないらしい。助かった。
「あ……えっと、魔法についての専門書はあったりしますか?」
「勿論! ……いえ失礼」
先ほどの俺のテンションを凌ぐような声量だった。
館内ではお静かにお願いします。
「魔法系統の書物は二階で主に取り揃えております」
「ありがとうございます……!」
「……冒険者の方、ですか?」
「えっと…………そうですね」
タリバンさんの教え通り勇者は名乗らないようにした。
余計な問題や手間を増やしたくない上、親元である召喚主から離れてしまっているんだ。
一般の冒険者と言っても差し支えないだろう。
「そうですか。頑張ってくださいね」
司書の人はニコッと笑い軽くお辞儀をした。
何がスラム街のような所だ。
正反対すぎるほどに街も人も穏やかじゃないか。
本意でなくとも敬意を持ち接してくれている。
そこまで冒険に乗り気ではなかったが、応援してくれる人がいるというのは何とも嬉しい。
「それじゃあ楽しそうな本見て回ってくるね」
白瀬さんは俺を気遣い一旦別れることになった。
楽しそうな本が何かは気になるが。
さて、何から見ていこうか。
冒険者の街のせいか魔法専門の蔵書数が見てわかるほど多い。
まずは俺が何を問題として解決したいのか、だよな。
俺はうまく魔法を発動できないでいる。
全く発動しないわけではないがイメージ通りのものが現状作れていない。
そのためには――。
「魔法の成り立ち、か」
一冊の本を手に取った。
専門書というよりはイラスト付きで子どもにも読めそうな薄さと内容のもの。
ペラペラとページをめくってみる。
ちなみに文字は日本語ではないけど読める。
クロノさん曰く転移特典らしい。
『魔法発動には二種類の方法があります。一つは想像発動――』
この想像発動っていうのは俺たち転移者がずっとやってきた方法だよな。
それ以外にも発動できる方法があるのか。
『もう一つは詠唱発動です。文字通り詠唱によって発動させる方法です。詠唱だけで魔法を発動できる人も多いですが、想像発動と組み合わせて詠唱すれば発動率は高まります』
魔法発動の為の詠唱か。
よく考えれば詠唱しない方が違和感があった。
異世界で誰も詠唱を唱えずポンポン魔法発動してたら怖いし。
そういえば屋敷で見た本にも載ってあったな。あれも詠唱だったのか。
『想像発動は詠唱発動より難易度は高いですがその分効果も高いです。想像が明確
かつ再現出来るほどの魔力を有していれば効果は絶大です』
どれだけイメージしてるかとそれに必要な魔力があるかで効果量も変わると。
『魔法に慣れていないうちは詠唱発動で自信をつけて、次第に想像発動に移行していくのが基本です』
どうやら俺たちは最初から応用編をやらされていたと。
まあ分からなくもない。
国に大きな影響を与える勇者が冒険者と同じような詠唱発動をしても何も意味はないからだ。
でもこれでまだ戦える。
知識は力だ。
国は守れないが二人くらいなら俺だって守れるかもしれない。
やっとスタートラインには立てたのかもしれない。
「……あれ、ないな」
早速詠唱が載ってある専門書を借りようと棚を見るのだがそこだけごっそりと抜けていた。
そんなに人気だったりするのだろうか。
まあ基本的に覚えないといけないから初心者には必須だよな。
そういえばさっきどこかで塔のように積み上げられたものがあったような……。
辺りを見渡すと、長机の一角にその塔があった。
間違いない。俺が探しているのはあれだろう。
ただ手前に女の子が座っている。
図書館で声をかけるのはよくないよなとか「女の子に声かけるとかきもいんだけど」だとかいろいろ否定的な声が飛び交う。
だが悩んでいても理想が遠くなるだけだ。
勇気を持て倉道刀也!
「あ、あのー……すみません」
「な!? あ」
「あ」
驚き席を立ち上がった反動で机の上の塔が崩れる。
彼女に降り注ぐその刹那、俺は守るように飛びかかった。
「うっ……ぐ……っ……」
降りかかる本の火の粉の一部を背中で受ける。普通に痛え……。
だけど彼女に当たらなくてよかった。
「すみません、だいじょう……ぶ」
目の前には美少女の顔があった。
予想だにしていない状況で思わず胸の音が激しくなる。
ミディアムほどの長さをした穢れを知らない綺麗なストレートの金髪に、宝石のように輝く丸い碧眼。
彼女から漂う清涼感のある香りと少し幼げな顔つきがより神秘さを際立たせる。
「ぁ……ありがとう。助けてくれて……」
白い頬が少し色づいている。
二次元でしか見たことのない金髪美少女が目の前にいる。
何故か彼女は俺の目をじっと見つめたままだ。
俺も意地で目をそらせない。
「は、はい」
だがもう夢の時間は終わりだ。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
そうして離れようと腰をあげるがその瞬間筋肉痛のような痛みが背中に走る。
反射的に前に倒れ込んでしまった。
「っ」
この状況は非常にまずい。
目と鼻の先に彼女の顔がある。
というか彼女の顔の全体像が見れないほどに近い。
彼女の吐息音が聞こえてくる。
少しでも腕の力を弛めてしまえばその瞬間最悪なことになってしまう。
だが背中の痛みが残っているせいかすぐに引き下がれない。
「……ん……」
……ん?
何かを決心したかのように目を閉じる彼女。
何をしているんだ……?
それに徐々に物理的距離が縮まっているような……。
いや明らかに縮まっている。
俺は何も動いていないはずだ。
待て待て待て!
何をしているんだこの子は!?
このままだとほんとに――
「――何……してるの……?」
それは一番想定したくない最悪の状況だった。
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