第12話 行商人タリバン
俺は屋敷から追放され暗い森の中を歩いていた。
白瀬さんを連れて。
「ごめんね、巻き添えにしちゃって」
「大丈夫。私の意志で来てるから」
白瀬さんは笑顔でそう答える。
俺にはもはや屋敷から出る以外の選択肢はなかった。
真堂に無理やり追い出されずともそうなっていただろう。
でも屋敷から出ると白瀬さんと離れることになる。
それだけは嫌だった。
「……来てくれて嬉しかった」
「……うん。一人にさせたくないし、一人で……いたくない」
「……そ、そっか……」
部屋であんなことをした後だ。
俺も、たぶん白瀬さんも変に緊張している。
そんなふうに言ってくれるのは嬉しいのだが今はどう反応していいかわからない。
会話より、木々の葉擦れや動物たちの声が聞こえる時間の方が長く感じる。
「それにしても、ほんとに何も見えてこないね」
白瀬さんは話題をそらすように今の状況を話す。
屋敷を出て30分ほど歩いているが一向に景色が変わらず森の中を歩いていた。
悪い意味で雰囲気のある道で一人じゃなくて本当によかった。
「これからどうしていこっか?」
「——そ、そこを動くなっ!」
突如左から声がした。
振り向くとそこにはナイフをこちらに向ける男がいた。
「お前らっ! このナイフには毒属性の魔法が付与されて……ってあれ」
男が持っていたナイフは本当に毒に侵されるように溶けていった。
「あっヅ! フーッフーッ! うぁぁあ……」
毒を盛りすぎて自分まで毒された……わけではなかった。
隣の女の子はつまらないものを見るかのように何かしらの魔法を放っている。
「し、白瀬さんその辺で!」
「え? あー……そうだね」
目の前にいた男はその場で悶え苦しみ、泣いて助けを求めていた。
明らかに敵意がないと分かると白瀬さんは解毒の魔法を腕にかけた。
「ほんっっっとうにすみませんでしたぁっ!」
その男は土下座をして地面に頭を擦り付ける。
こちらの世界でも最高の謝罪は土下座のようだ。
元勇者たちの影響からだろうか。
「実は私、行商人をしているタリバンというものでして……」
タリバンと名乗る行商人は俺たちを襲おうとした理由を語り始めた。
どうやらこの近くを通る人は滅多にいないらしい。
出るとしても魔獣か盗賊のような野蛮な者たち。
自分たちもその類だと思われて先ほどのことをしたのだと言う。
もっと安全な道を辿るのが普通らしいのだが、彼曰く街道を経由して目的地へ行くよりこちらの方が近道らしい。
「いやぁ、貴方たちのような人でよかったです。一応魔獣避けの魔道具を使ってはいたんですがどうにもこの辺りは不気味で」
「いえ、こちらこそすみませんでした……護身用のナイフを溶かしてしまって」
「全然! ……ところで話は変わるのですが、今お困りだったりします?」
「えっと……」
確かに困ってはいる。
これからのこと全てが。
「この時間にこんな所を歩いているものですから、もしやと思いまして」
「ま、まぁそうですね」
「もしよかったらですが―—共に街まで参りませんか?」
流れるように俺たちはタリバンさんの馬車に乗り街まで向かうことになった。
正直まだ信用はしていないが、白瀬さんがいるのでもし何かあっても問題ないだろう。
「とーやくーん。らくだね〜〜」
白瀬さんは積んである柔らかそうな荷物を枕に仰向けになっていた。
歩き疲れたのは同じだがこうした雰囲気の彼女を見るだけでも疲れは癒えていく。
ただ人様の商品であろう荷物を枕にするのは良くないぞ白瀬さん。可愛いけどね。
「ははは。存分に寛いでいてくださいな。私も助かってますから」
前で馬を引いているタリバンさんは上機嫌だ。
俺たちは馬車に乗せてもらう代わりに彼の護衛をすることになった。
ただ護衛とはいっても特に何もしないらしい。
何でもこの付近に頻出する狼は魔力の大きさで敵を襲うか判断するという。
その点白瀬さんがいれば何も問題はなかった。
「そういえば聞いていなかったですが、どこまでお連れしましょうか?」
「実は……この辺り全く分からなくて」
「……ほう。でしたらここから一番近いフェルロッドの街にしましょうか」
「フェルロッド?」
「はい。フェルロッド——冒険者の街です」
冒険者の街、か。
それはなんとも響きがいいな。
疲れて怠かった身体が急に軽くなる。
「お二人にも丁度良い所なのではないかと」
「え?」
「む? 冒険者の方ではないのですか?」
「いや、そういうわけでは——」
「私たち実は勇者なんです!」
寝転んでいた白瀬さんは手を挙げ勇者宣言をする。
まぁ彼女はさておき、俺は名前負けの落ちこぼれ勇者ですが。
「…………勇者」
タリバンさんは俯いて何かを考え込んでいるようだった。
「どうしました?」
「……いえ。それは、あの伝説の勇者様の?」
伝説……。
どこの世界でも勇者は名前通り伝説を生み出しているのか。
あまり期待されても困るから勇者という設定に——
「はい! あの伝説の!」
だめだ。
白瀬さんは完全に持ち上げられることに快感を覚えている。
勇者ではあるけど決して俺たちがあの伝説の勇者様ではないからね。
「そうですか。いえ、初めてお会いしたもので何と言えばいいか……」
「でも最近こちらへ来たので何も強くないですし何もこの世界のこと知らないんですよね……」
無理に期待させて面倒な仕事とか押し付けられる前に弱いアピールします。
「ふむ。これからどうしていこうというようなことはお決めで?」
「実はそれもまだ……。とりあえず生きる為に資金を集めないとなんですが」
「でしたら尚フェルロッドが良いかと。冒険者は危険がつきものですがその分報酬も大きい。勇者様であれば稼ぎやすい職業といえるかと思います」
なるほど。
商人だからそういうお金の知識は相当にあるはずだ。間違ったことは言っていないだろう。
だが……。
「ちなみに危険とは言っても治安はさほど悪くなく宿屋飯屋も充実している。そして何といってもこの辺りでは珍しい、地下迷宮——ダンジョンがありますから」
「だ、ダンジョン!?」
寝転んでいた彼女は勢いよく状態を起こし目を輝かせている。
「白瀬さんってそういうの好きなの……?」
「え? だってダンジョンだよ! あの私たちがいつも画面で操作してるあのダンジョンだよ!!」
白瀬さんが前のめりになって俺に近寄る。
近い近い。
彼女がファンタジーに食いつくタイプとは思っていなかった。
まさかその辺りも俺の過去に影響されたのだろうか。
ヒーローって言ってたくらいだもんな……あり得るかもしれない。
「ダンジョンの難易度はそこまで高くないようで、冒険を始めたばかりの初心者も多いと聞きますな」
「ほほう~。だったら刀也くんにも丁度いいね!」
「でも突然ダンジョンっていうのは……」
ゲームではなくここはリアルだ。
はい! 今から冒険に出て敵と命をかけて戦いましょう!
と言われて頷けるほど勇気も力もない。
「魔法中心のこの世界で一度冒険者として魔法に触れてみる、というのは悪くないと思いますぞ?」
確かにそうだ。
これから半年以上この異世界で生活する。
自分と白瀬さんの身を守れるだけの力は必要だ。
「ちなみに何か魔法について教えてもらえたりする場所とか、人っていたりしますか?」
「魔法についてですか……基本は魔法学校で教えてもらうというのが常識的ではありますな」
「そうですよね……」
「他にも親や高等魔法士、冒険者から教えてもらうというのも良いかと」
なるほど。
つまり今までのぼっちで消極的なだった俺を捨てろと。
何でも意欲的に飛び込んでいける勇敢な男になれと。
まあそこまで変わらなくてもいいだろうが、多少は積極的になる必要性はある。
恥じらいなど気にしていては弱小の魔物や盗賊にやられてしまうのだから。
……ええ。何だってやってやりますよ、やってやろうじゃないですか。
何せ現実と違って命がかかってるんでね。
「あぁ。そういえばフェルロッドには小さな図書館があると聞いたことがありますな。冒険者の街だから魔法の専門書も多く置いてあるとか」
「はいフェルロッドで大丈夫です」
「「え?」」
「フェルロッドで決定です」
隣と前にいる人は目を丸くさせていた。
***
「——勇者殿。着きましたぞ」
気づいたら寝てしまっていた。
これからのことが決まって安心したのだろうか。
白瀬さんも同じように今起きたようだ。
荷台から降りると強烈な紫外線で目をやられる。
夜はとうに過ぎ、人が活動する時間帯になっていた。
「それじゃあ私はこの辺りで」
「はい——本当にありがとうございました」
フェルロッドの街まであと数分という所で別れることになった。
タリバンさんは隣の王都まで行くようだった。
正直冒険者としてやるより毎日遊んで暮らせるような王都にこそ行きたい。
だが生活の為だ。
異世界も何だかんだで現実を忘れさせてはくれないらしい。
「……あとこれは助言のようなものですが」
「何ですか?」
「あまり勇者とは口外しない方がよいかと」
勇者を名乗らない方がいいということだろうか。
まぁ、元から名乗るつもりも必要もなかったが。
「勇者と聞くと凄い人物だと思われますからな」
「そ、それは……確かに」
明らかに俺たちがまだ未熟者であると見抜かれている。
俺はまだ納得しているが隣の白瀬さんはやや不服そうな顔をしていた。
「あまり期待されて喧嘩を吹っ掛けられてはいくら命があっても足りないでしょうから。ハッハッハ」
笑ってはいるが笑い事ではなさそうだ。
冒険者の街というだけあってやはり気性の激しい者もいるのだろう。
また人身売買用に捕まってオークションにかけられる等の可能性も否めない。
このことに気づいただけでも一つ命が助かったかもしれない。
「そうですね。ほんとに何から何までありがとうございます」
本当にタリバンさんには助かった。
あの森でずっと歩き続けていれば間違いなく身体も心も冷えて頭を抱えていたことだろう。
街のこと、冒険者のこと、勇者について。
改めて俺と白瀬さんの冒険が始まる。
「では、また」
そう言ってゆっくりと馬車は動き始めた。
「はい。また!」
「…………どうか間違わぬように」
これからフェルロッドで、いや
——この世界で待ち受ける命運に俺は大きく揺れ動くことになる。
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